親愛なる野郎はゆるふわガールに興味あり



 学校に向かう坂が見えてくる。俺と美咲花はどちらとも言わずにそろそろと距離を取り始めた。俺はどっかでブラッとしてから教室に行くかなと歩みを緩めていると、スズネちゃんが俺と美咲花を交互に見つめて首を傾げる。


「はて、二人とも急にどうしたんですかぁ?」


 スズネちゃんが疑問に思うのは最もだろう。ついと、いつもの学校での俺達に戻ろうとしてしまった。俺はスズネちゃんに軽く説明をする事にした。


「あのね実は俺ら、いつもは一緒に登校しないんだよね。電車本数の関係上いっしょの電車にはなっちゃうんだけど、今日はたまたま一緒になっちゃっただけでさ」

「え〜、なんでそんなことをしちゃうんですかぁ。今までおしゃべりしながら登校してたのに急に距離を取るなんて不自然ですよぅ?」


 うん、そうね。スズネちゃんから見ればなんでそんなめんどくさい事をするんですかて思うよね。でもね、普段の俺達は別々の車両に乗っていても駅着いてから鉢合わせしないようにしようとはしてるし、本来はここで別れるのも稀なんだよね。最近は教室でも話なんてほぼほぼしないなんて言ったら「どうしてですかぁ」て言われちゃいそうだ。


「わたしはお先に行くから、あとは二人で好きなように登校しなさいよ。じゃあね」

「あぁっ、えぇ〜」


 美咲花はスズネちゃんに引き留められる前にササッと小走りで行ってしまった。スズネちゃんは学校まで三人一緒だと思っていたのだろう。どこか寂しそうな表情で眉を八の字に下げ、飴玉みたいな眼をコロコロと動かして、離れていく美咲花の背中と俺の顔を交互に見つめてなにか迷っている様子だ。電車移動の短い時間の中で随分と美咲花に興味を持ってくれたんだなぁとどこか口が緩む自分がいる。


「もしかして、もうちょっと美咲花と話したかったんじゃないの?」

「えぇ、ろうえい先輩はまたエスパーになったんですかっ?」

「ううん、顔を見ればなんとなくわかるかなってね。俺のことは気にしないでいいから、美咲花のところに行っておいでよ」

「でも、ろうえい先輩ともぅ、お話して、でもでもミサカちゃん先輩ともお友だちになりたいチャンスをぅ、ぅ〜んいぃ」


 スズネちゃんはちょっと不思議な声をあげながら数秒間ほど頭を押さえて何か考え込み、俺の方をくるりと向いて頭を下げてきた。


「すみません、もうちょっとミサカちゃん先輩とお話したいというスズネの可愛いセンサーが勝ってしまいました」

「えと、可愛いセンサーが何かはわかんないけど、うん、いっておいで。美咲花をよろしく」

「はい、いってきますぅ。よろしくされましたぁ。スズネちゃんせんぱぁい、待っててくださ〜いぃっ」


 にこやかに蕩ける蜂蜜のような笑顔を俺に向けてから、スズネちゃんはゆるふわパーマな長い髪を翻して美咲花の後を追っていった。


「さてと、俺はどっかでぶらついてから行くとしますかね」


 俺は微笑ましい後ろ姿に心の中で頷きながら踵を返すと――


「あっ」


 ――そこには唖然と棒立っている男子生徒の姿があった。春行はるゆきだ。


「おま、おまっ、いまのアイドルみたいに可愛い女子はいったい誰なんだあっ! 」


 またもの凄く面倒になりそうな予感がしたので、俺は無言でスタスタァと早歩きで逃げた。


「逃げるなっ卑怯ものぉッ!」


 と、やつが追いかけてきたのは言うまでもない。





 *




「なあなあなあなあっ、あの子は誰なんだって、いい加減に観念して教えてくれよう」


 朝からしつこい春行くんは休み時間になるたびにスズネちゃんの事を教えろと言ってくる。教えろと言って軽く教える程、俺もハレンチな男ではない。というか、俺自身もまだスズネちゃんの事はよくわかってはいないのだ、軽率な事は言えん。敢えて言う言葉はこれしかない。


「とっても元気なピッカピカの一年生です」

「朝からそれしか言わねえじゃんかよう、どういう関係かってくらいは教えろよう。あんなに仲良さそうで何もないなんて言わせねえぞ」

「ひとつ聞くがなんでそんなに知りたい?」

「そりゃおまえ、お友だちなら俺をご紹介していただきたく、へ、へへ、えへへへ~~」

「了解、その緩みきった顔をするキサマをハレンチな男と認定した。絶対に教えません。お口チャック発動承認」

「なんでだようっ、俺は誠実に福が来たる男なんだぞうっ、信用しろよう。お口チャック発動撤回要求!」


 それを言うなら誠実が服を着たような男だと思うが、ツッコむのもアホらしいのでスルー推奨スキルも発動。まぁつまりは俺は誠実な男だから信用してねっ、ということらしいがそんな事を言うやつを俺は信用しない。というか、スズネちゃん本人の了承が無いのに紹介なんてできるわけがない。


「そもそも、春行はなんでその子を紹介してほしいんだ? 話を聞いてると朝の一瞬、郎英と話してるのを見かけただけなんだろ?」


 春行のしつこさを見かねてくれたか、宇市郎ういちろうが話に入ってきてくれた。うむ、いい質問をした。春行、なぜお前はそこまでスズネちゃんの事を?


「単純に顔が可愛い好みのタイプッ」

「あ〜、やっぱり紹介しなくてもいいかも知れん」

「言われなくても紹介はせんから安心しんさいね」


 さすがの宇市郎も最低な解答に匙を投げた。俺も諦めろと地元のおばちゃん口調で諭した。


「なんだよ、第一印象が大事なことだってあんだろう。てか宇市郎、郎英がまた別の女の子といつの間にか仲良くなってんだぞ。許されるのか?」

「別に郎英が女の子と仲良くなるのに許す許さないも無いだろう。付き合ってるていうんなら話は別だがな」


 いや、こっちを見て微笑むんじゃないよ宇市郎。別に俺が誰と付き合おうといいでしょうが、君になんの権限があるというのか。ま、まだ別に誰とも付き合おうとは思わないけども。しかし、スズネちゃんに「好き」と言われてるのは彼らには黙っておくとしまして、ここはやはりお口は硬くチャック発動承認。


「ちっきしょう、モテモテマンどもがよう。おい、一丸かずまるなんか言ってやれ」


 今の今まで何も言わずに石像のように微動だにしなかった一丸が、春行に話を振られて渋く重い声を響かせて口を開いた。


「ふっ、俺が言える事はただひとつ、お前らそろそろ飯を食わねえのかて話だ」


 あぁ、鶏村選手の頭の中はいつだって野球か飯でいっぱいだ。ある意味ブレない安心安定の引っ張り打ちプルヒッターだ。

 まぁ、確かにしょうもない話で飯の時間が削られて行くのはご勘弁だ。


「ようし、なら続きは食堂で――」

「――あ、わりい今日は弁当だ」

「右に同じく」


 まだまだしつこい春行くんには悪いが今日の俺は英子マミィの愛母弁当持参なのだ。宇市郎の方は自炊のお弁当らしいけどね。


「このやろう、だったら俺も今日は購買のパンで弁当組に突撃隣のなんとやらだぜ。行くぞ、一丸」

「ああ、たまには昼飯にパンてのも悪かねえな」


 言って、スズネちゃんのご紹介を諦めきれない春行くんは食の選択に関してはイエスマンな一丸を引き連れて購買へとダッシュする。いや、無理せず食堂で食えばいいと思うんだが、絶対に俺が君にスズネちゃんを紹介することはないんだから春行よ、おまえは自力で出会う事を考えるんだな。同じ学校にいるんだ、どっかで会えるかもしれんだろう。たとえば急にそこの教室扉がガラリと開いて


「すみませ〜ん。たのもうぅっ」


 という感じに、飴玉みたいな眼をコロコロとさせて甘くトローリとした蜂蜜声ハニーボイスのスズネちゃんが……あれ?


「あ〜、ろうえい先輩を発見してしまいましたぁっ」


 噂をすればなんとやらとスズネちゃんが二年生教室に元気いっぱいなその姿を現したのであった。









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