ゆるふわガールの運命〇〇


「あの、そろそろ終点駅に着くけど大丈夫?」


 電車に揺られてもう数駅で終点に着くが、なかなか後ろの彼女が言い出してこないのでもしかしてもう目的駅が過ぎてしまったのではと一応確認のため聞いてみた。


「あ、はいそうですね、降りる駅はその、終点の国岩駅なんです。すみません言えなくて」

「あぁ、いいよいいよ。謝る必要なんてないない。言い出すのってなかなか難しいもんだろうしね」


 そうか、それならよかった。乗り過ごしてるんじゃないんだなとわかると俺は後ろで申し訳無さそうに縮こまっているだろう彼女を安心させるように、言葉を選んで話し掛けていた。


「それじゃあ、だいぶ車内も空いてきた事だし前に移動する?」


 あと数駅となる前に言えという話だが、電車内の乗客もだいぶいなくなって満員電車ではなくなり結構空いてきている。一応、座れるスペースもあるといえばある。それに、いつまでも端っこで窮屈にさせるわけにもいかないだろう。


「それってぇ、こうやって密着しなくてもいいって事ですかぁ?」

「うん、そうなるね」

「そうですかぁ……あのぅ、ちょっと前に出るの怖いんでぇ終点までこのままでもいいでしょうかぁ」

「え、あぁ、そっちの方がいいなら俺は構わないけど、窮屈じゃないの?」

「ええっとぅ、端っこて。落ち着きますからぁ」

「そっか、了解」


 この子がこっちのほうがいいと言うなら、このまま端っこにいようか。俺達は終点駅の国岩までそこから特に言葉をまじ合わせずに電車に揺られた。



 *




『ご乗車じょぅしゃぁ〜、ありがとう〜ございぃ〜ます。次はぁ〜終点しゅぅうてん国岩くにぃ〜いわぁっ国岩くにぃ〜いわぁっですっ。お降りの――』


 聞き慣れた独特な運転手さんのアナウンスが終点に着く事を告げてくる。乗客は早足で我先にと出入り口まで詰めてゆく、俺達は少し待ってから、電車を降りた。


「あの、ありがとうございましたぁ」


 電車を降りると同時に、背中に頭がぶつかる感触があった。これは、また頭を下げられたかなとちょっと可笑しくなって笑いながら後ろを振り向くと、そこには頭をぶつけて恥ずかしそうにしている星陰高校の制服を着た女子が立っていた。


(あ、星高の生徒だったのか)


 胸元に流れる濃緑色ディープグリーンのタイを見るに一年生、後輩だっていうのがすぐにわかる。彼女は縮こまった姿勢から上目遣いに丸い飴玉のような茶色い眼で俺を見つめるとまた深々と頭を下げて


「ホントにほんとにありがとうございましたぁっ」


 と、蜂蜜みたいな声を蕩けさせてもう一度、俺に礼を言うと速歩きでゆるふわなウェーブ掛かった長い髪をふわりふわりと揺らしながら階段を駆け上がっていった。


(そんなお礼を言われる事をしたつもりは無いんだけどな)


 俺は階段を駆け上がって見えなくなった彼女に肩を竦めながら、妙に背中に残ってる柔らかい感触が思いだしてしまう。


(しかし……や、柔らかくてなんといいますか)


 いや、その感想はやめないか俺、想像の中とはいえあの子に失礼だぞ……立ち去れ煩悩、ハッ――ああっ! 俺は乗り換えッ!


 よこしまに純真無垢であろう後輩ちゃんを一瞬でも辱める想像をしてしまった罰なのか一番線に俺の乗るオレンジ色のローカル電車が既に入っているのが見えてダッシュで一番線へと急ぐのだった。ごめんなさい神さま煩悩は今すぐ殺すので電車に乗らせてくださいッ! 




 *




(まにあった〜ッ)


 なんとか電車に乗れて一安心だ。こいつを逃すと何時間待ちぼうけをくらうかわからないのが田舎の恐ろしい所よ。


 俺はさっきよりはマシな程度に混雑しているニ両目へと滑り込み、壁を背にしてひと息ついた。鞄からワイヤレスイヤホンとペアリングさせたスマホを取り出し、お気に入りなゲームミュージックを再生させて焦った気持ちを落ち着かせる。


 電車に揺られる時間はまだもうちょい長いという理由もあるが、先程までの背中越しの柔らかさの名残りを離さない煩悩ノイズを打ち消すために壮大な音楽を流して気持ちを散らしてゆくという理由もある。更に気を紛らわせるアイテムは無いかと考えると意流風先輩オススメの電子書籍が頭に浮かんだ。よし、こいつも読んでおこう。漫画にも集中すれば、きっと邪な煩悩なんて忘れられるはずだ。




 *




 意流風先輩オススメの電子書籍マンガは思いの外面白く、五話目まで集中して読む事ができてしまった。お気に入りなゲームミュージックもファンタジーの世界観に没入させてくれたのかも知れない。そろそろ気をつけておかないと降りそびれてしまう危険性もあるが、もう一話分くらいなら大丈夫だろうと、五話目へと指をフリックさせた。五話目もやはり期待通りに面白い展開になりそうだ。


「運命を信じますか?」


 思わず、電子書籍マンガの台詞を読んでしまっていた。なんでそんな台詞を読んでいたのかはわからない。たぶん、無意識。頭の中の煩悩ぼんのうを消すために両耳をワイヤレスイヤホンで塞ぎ、適当に好きな音楽を聴きながら独りの世界に没入しかかっていた俺の油断から出た言葉だったのかも知れない。まぁ、こんな呟きなんて誰も聞いちゃいないだろうと、再び電子書籍マンガに意識を戻そうとすると俺の耳からワイヤレスイヤホンが外れ床に落ちた。電車に揺られればよくあることだが、決して安くはないイヤホンを落としちまうのは高校生にとっては死活問題だ。いつもの俺なら直様に、落としたイヤホンを回収する。


「はい、信じます」


 耳の近くで響く透き通った声に俺は動きをピタリと止める。なんだ、隣りに誰かいるのか? 俺は眼だけをゆっくりと横に動かして、隣を見た。


 そこには、上着の茶色いブレザー制服を着た女子が俺の横に立っていた。上着と同じく茶色を基調としたテッキングタータンチェックの制服スカート。俺と同じ「星陰高校しょういんこうこう」の生徒だとわかる。首から胸元へと流れる濃緑色ディープグリーンタイネクタイからこの子が一年生だともわかる。俺の直ぐ側で、彼女はこちらを真っ直ぐと見つめてくる。


「……運命、信じます」


 艷やかな唇を震わせて彼女はもう一度、答えた。それは、自意識過剰と感じなければ、俺に向けられた言葉であり、丸い飴玉のような茶色の眼は瞬きもせず、ずっと俺を見つめ続けている。

 緩くウェーブの掛かった長い髪を細い指で梳き直しながら、白い頬を紅葉させて、丸い飴玉のような瞳は潤みを増して、俺が次に紡ぐ言葉を待っているようだった。俺は、眼を一度瞑り、息を小さく吐いてから、もう一度顔を向けて、率直な言葉を彼女に伝えた。



「……あの、ごめんだけど、きみは」


 彼女には確かに見覚えがあったというかなんというか。


「ごめんなさい、その」


 彼女は飴玉のような眼で申し訳なさげに上目遣いに見つめてくる。


「着いてきてしまいましたぁ」


 その甘ったるい蜂蜜みたいな声を震わせるこの子は間違いなく数分前に国岩駅でわかれた星高の一年生、後輩ちゃんであった。


「??? ついてきたとは?」


 彼女の「ついてきた」と言っている意味がよくわからず頭の中が「?」だらけなのだが。

 彼女は少し唇を小さく揉むように動かしながら、飴玉のような眼を何度も瞬かせてキュッと強く眼を瞑ってから、また上目遣いで俺を見つめてきて呟いた。


「その、運命、感じちゃってもいいですかぁ?」

「……ん?」


 やっぱり、この子が何を言っているか、いまいち把握できぬまま、電車は俺の降りる駅へと到着してしまうのだった。



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