ライバルはお嬢様部?


「ふぅ、後安くんがやる気を出してくれたのは嬉しい誤算だったね。しかし、今年からボランティア同好会の存続が危ぶまれる新たな部が承認されているのは知ってるのかい?」

「存続を危ぶむ新たな部活?」


 はて、ボランティア同好会とぶつかるような部活なんてあるものなのかと首を傾げると、意流風先輩は神妙な面持ちで人差し指を立てて、その部活動の名を口にした。


「その名は「真正しんせい嬢様部じょうさまぶ」だ」

「しんせいおじょうさま部ぅ?」


 なんだか突拍子もない部活名に俺はちょっと半信半疑な眼で先輩を見る。


「ホントにお嬢様部はいるんだ――ん、ん、んうっ。聞き馴染みは無いかも知れないがお嬢様部事態は全国の大学非公認サークル等で存在する部活だ。ニュース番組やネットで一時、話題になった事もある。高校の部活動としてはもしかしたら初めての事例かも知れないがね」


 あぁっ、確かに話題になってたような気がするようなないような。はてしかし、そのお嬢様部とやらはいったい何をする部活動なんだ? というような顔をしていたのだろうか。意流風先輩は頷いて応えてくれる。


「うむ、こっちもよくはわかってはいないんだが、ここまでわざわざ乗りこんできや――挨拶に来てくれた部長の「大和屋やまとや 撫子なでしこ」くんの説明によれば真に正しくお嬢様の精神を体現する部活動らしい。今年の一年生女子のみで設立された全く新しい部活なんだそうな」

「なんか、聞いても頭が「?」にしかならないんですが、なんでその一年生女子のみの部活動がボランティア同好会の脅威になるんですか?」

「正直、私にもお嬢様精神なんてチンプンカンプンだけども、ちょっとだけ活動を盗み――観察したところ、彼女らの活動は地域のゴミ拾いや学校の美化活動とこれまでこちらが慎ましく行ってきた活動とまるまるに丸被りしているんだ。おかげでボランティア同好会が要らない子扱いになってしまう恐れがある。あっちは十人もの部員、こっちはアタシも含めた幽霊部員五人。勝ち目なんて全然見えないんだよぅ、ふえぇ」


 あぁ、ほらほら泣かない泣かない、せっかくの美人さんが台無しよ。はい、ティッシュでお鼻チーンして。


「ありがと――ズビージョッ!――とぅふはぁ〜、スッキリしたぁ。あ、うん、まぁそうゆうわけなので、ちょっとでもいいからボランティア同好会の存続に協力してほしいんだ。こんなこと頼めるの唯一アカウントを交換してる君いがいにはいないんだからね」

「まぁ、そうゆう事ならやぶさかではないです。俺もボランティア同好会が無くなるのは寂しいですし」

「ふゅうぅん、そういうお人好しなところすっごいしゅきぃ」

「ぇ、なんか言いました?」

「い〜や、なんにもう? あ、そうだ後安くんこの漫画けっこう面白いよぅ。いまは電子書籍限定なんだけどボイスコミックにもなっててね」

「いやいや、急に話を変えないで、あぁでも確かに面白そうっすね。まだポイント余ってるからボイコミ版と一緒に本棚に追加しとこうかな」


 こうして、残りの部活動は意流風先輩とくだらないお喋りをして時間を潰し、俺は部活動を終えるのであった。





 *




 部活動という名の先輩とのお喋りタイムを終え、帰宅の途に着くため駅へとダッシュ。なんとか本線電車がやってくる時間に滑り込む事ができた。流石に電車内は下校帰宅ラッシュにぶつかってギュウギュウの満員で座るどころか立つのも精一杯だ、我が家へと帰る在来線への乗り換え駅に近づけば座ることもできるはず、それまでの我慢である。


 しかし、我慢と踏ん張る間にも後ろから更に乗客が押し込まれてくる。こいつは、いつもよりハードな帰宅になりそうだと覚悟していると


(……ん?)


 俺の背中に何か柔らかいものが当たってくるような感覚がある。


「あのぅ、すみませぇん。あんまり押さないでもらえますかぁ」


 すぐ後ろから甘ったるい蜂蜜みたいな声ハニーボイスが背中越しにサワサワと聞こえてくる。これは明らかに俺の後ろにいるのは女の子である。いやちょっと待って、この柔らかな感じは……まさか――ッッ。


「お、おさな、押さな――ぅきゅぃっ」


 後ろの子の願いとは裏腹に満員電車は無情に詰め込まれてゆき、柔らかさは更に俺の背中に密着してくる。小動物のような可愛らしい悲鳴が背中越しにサワサワサワと響いてきて、俺の頭の中はすっごく大変な事になっている。こ、こんなハプニング――


「あ、ごめんなさいごめんなさぁい」


 ――……今にも泣き出してしまいそうな女の子の声、こんなよこしまはよくねぇよな。おい、今は消えちまえ俺の煩悩。あぁ、この子はきっと普段はこんな帰宅ラッシュ時に電車を使ってないに違いないと思った。ここはなんとかしてあげたいとこだけど――う~ん、そうだなあ。


「あの、俺の後ろにいる人」

「えっ、はい、なんですかぁ?」


 急に声を掛けられて、不安そうな声が返ってくる。そりゃそうだこんな窮屈な中で急に目の前の男に声を掛けられるなんて怖い以外ないだろう。だけど、話しかけないと理解してもらえないかもしれないから、そこはごめんね。


「その、俺の背中にくっついたまま歩けるかな。あの、変な意味じゃなくてね」

「ぇ、えぇっ、はい、できると思いますけど?」

「よし、それじゃあ、俺の背中にくっついたまま歩いてきて。すいませ~ん、ちょっと前にいかせてくださ〜い」


 俺は悪いなぁと思いつつ人の波を掻き分けて前へと進む。知らないおじさん達に迷惑そうな顔を向けられるが、ごめんなさいねとしか言えない。いやほんとにごめんなさい。怒らないでくださいよぅ。


「ちょっと身体を回転させるけど一緒に向き変えられる?」

「は、はい、できると思います」

「よし、じゃあ、掛け声いっしょに「よいしょっ」で向き変えよう、はい」

「あ、はい」

「「せーの、よいしょっ」」


 俺は電車の端側まで移動し、壁を背にするように向きを変えた。彼女もうまく壁側に身体を向けられたようだ。よし、ここならこの子も少しくらいは安心していられるかな。


「あ、降りる駅が来たら言ってね、それまでは俺の背中でごめんだけど、我慢してね」

「そんな、あの……ありがとう、ございますぅ」


 か細くもさっきよりは落ち着いてきた甘い声で、背中越しの女の子は頭を下げてお礼を言ってくれたようで、背中におでこがコツンと当たった感触があった。

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