二章――疑惑! ボランティア同好会――

ゆるふわガールは運命を信じます


「あの、ウンメイ? 感じちゃってもいいですかとは?」

「はい、そのままの意味です」

「……あ、電子書籍マンガの話?」

「マンガてなんですかぁ? 物語があるとすればそれはスズネと先輩のお話ですよねぇ」

「……」


 なんだろうか、妙に話が噛み合わないような。飴玉みたいな眼はキラキラとしたものを輝かしてきて、イタズラ好きな小動物っぽく見えてきた。

 しかし、落ち着いて話をしてあげたいところだが、俺は次の玖球駅くたまえきで降りなければならない。


「あの、俺は次、降りなきゃだから」

「そうなんですかぁ、それではスズネも降りないとですねぇ」


 あ、おんなじ玖球町の子だったのか。じゃぁ、もうちょいだけこの子と話せるのか。

 俺とおそらく「すずね」ちゃんという名前だろう彼女は電車を降りた。


「ええと、君も玖球町だったんだよね?」

「あれぇ〜、ホントだここ玖球ていうんですねぇ。初めて来ましたよぅ」

「……Why?」

「スズネは先輩が降りるって言うから降りただけですよぅ?」

「いや、何やっちょるんやってんの君?」


 あまりにもなにも考えてなさそうなホワホワァな返答に思わず、真顔で方言ツッコミを入れてしまった。


 とにかく、ホームで話し続けるのも目立つので駅外に出たいのだが、彼女、どうにも突発的にこっち方面に来たようだった。とりあえず、駅員さんにお話をして超過分のお金を払えば大丈夫ですよと言ってくれた。フワフワァなマイペースさを崩さずに「わかりましたぁ。あ、ここはICOCAイコカ使えないんですねぇ。では現金でぇ」と彼女は万札一枚をお財布から取り出していた。え、君もしかしてボクよりお金持ち?



 *



「ええと、コーラにしたけどいいかな?」

「え、先輩からスズネに? うわぁぃ、ありがとうございますぅ」


 とりあえず話をするために駅外の自販機で適当にコーラを二本買ってベンチにちょこんと座って待っている彼女に渡す。ものすごく嬉しそうにホワワァンとした笑顔で受け取ってくれた。何をもってホワワァンなのかは自分でもわからんが他に言葉が思いつかんかったのだ。


「えと、まず君の名前は「すずね」さんでいいのかな?」

「うわぁ先輩よくわかりましたねぇおめでとうございま〜すぅ」


 なんか、最新ゲーム機の抽選が当たったみたいに大げさな拍手してくれちょりますけど、君が自分の名前を連呼してたからね。そりゃわかりますってなもんです。


「スズネはぁ「知念ちねん 鈴音すずね」ていいますよぅ。クラスは一年B組さんでぇ、鈴の音と書いて「ス・ズ・ネ」ですぅ、一生覚えておいてくださぁい」


 キレイな人差し指をコーラの缶に這わせてスズネこと知念ちねん鈴音すずねさんは自己紹介をしてくれる。水滴のついた指で自分のほっぺたをプニッ、ツンと突く仕種は自分の可愛いをわかっているて感じがする。


「へー、知念て事は出身は沖縄なのかな?」

「気にするのはそこなんですかぁ。んー、残念ながらご先祖は沖縄の人らしいですけど、スズネは広島と山口のハイブリッドな女の子ですよぅ。それよりぃ、先輩の名前の方も教えて欲しいですねぇ」

「あ、俺の名前知らなかったんだ」


 てっきり、俺の事を知ってるからここまで追いかけて来たのかなって思ったけど、うーん、自意識過剰だったかしら。


「スズネはあの満員電車で助けてもらって先輩にドキドキフォーリンしちゃったんですよぅ。あー、そう考えるとスズネは先輩のことなんにも知らないんですねぇ」

「ドキドキフォーリン?」


 なんのこっちゃわからんけど、満員電車での出来事で俺に興味を持ったらしい。それだけでここまで追いかけて来るのもなかなか凄いもんだが、確かに名乗ってないのは公平じゃないかもね。では改めまして。


「俺の名前は「後安ごあ 郎英ろうえい」後に安いで後安、朗報の朗に英語の英で朗英」

「あ、スズネ後安て名字知ってますぅ。岡山県とか和歌山県の名字ですよねぇ。じゃぁ、お父さんお母さんは岡山と和歌山の人ですかねぇ」

「あら、そうなの? へー、初耳。だったら俺もご先祖が岡山か和歌山の出身なのかもね。俺の両親は生粋の山口県人のサラブレッド」

「わぁ、名字が他県ルーツでお揃いですねぇ。これも運命なのかなぁ。ん、シュワッときましたぁ」


 知念さんは楽しそうに笑いながらコーラを一口飲んで顔をバッテンとさせていた。あら、もしかしたら炭酸は苦手だったのかも知れないな。ちょっと悪い事をしたかな。


「ん〜ッ、あぁそれにしても先輩の名前てカッコいいですねぇ」

「そうかなぁ? うちの親が適当に自分達の名前の「太郎」と「英子」をくっつけただけって言ってたからそんなカッコいいと思った事もないや」

「カッコいいですよぅ。ご両親も照れ隠しでちゃんとした意味もあると思いますよぅ。スズネの声に出して読みたい名前第一位ですからぁ」

「うちの両親に限っては無さそうだけど、そう言って貰えるのは嬉しいかな。やっぱ自分の名前だしね」

「じゃぁ、嬉しいついでに「ろうえい」先輩て呼んでいいですかぁ?」

「うん、別にいいけど?」

「やったぁ、ではスズネのことも遠慮なくスズネと呼んでください。知念さんなんて呼んだら減点追試赤点にしますからねぇ。ん〜ッッ」

「いや、追試赤点は簡便かなぁ。というか、炭酸苦手なら無理して飲まなくても」

「ダメですよぅこれは、ろうえい先輩が初めてくれた物なんですからこのコーラはスズネのものです。一口だって誰にもあげませぇん」

「そう、ならいいけど無理しないでね?」


 それから、スズネちゃんは時間を掛けてクピリクピリとコーラを飲みきって「はあぁっ」と長い長い一息をついていた。


「おう、頑張って飲んだねぇ」

「えへへ~、ごちそうさまでしたぁ……はぁ、時間もいつの間にか結構経ってしまって、名残惜しいですけど帰らなければなりませんねぇ」

「あ、ごめんね。長々と話しちゃって、ええと次の電車は」

「いえいえ、いっぱい話せて楽しかったです。帰りはそこのタクシーで帰りますから平気です」


 スズネちゃんはホワワァンとした笑顔でタクシーを指差す。あの、事も無げに言ってますけど、君はやっぱり僕よりブルジョワジー?


「ええとぅ、それでは帰る前にぃ。はい、アカウントIDを交換しましょう」

「ん、あぁ、いいよ」


 スズネちゃんがスマホを差し出してくれたので俺もスマホを取り出し、アカウントIDを交換した。交換を終えるとスズネちゃんは立ち上がりタクシー乗り場へ、とは向かわず俺の方を振り向いた。その顔は笑っていたが、唇は何かを言いたげに震えている


「ん、なに?」

「もしかしたらろうえい先輩がニブニブな可能性もあるので聞きますけどぅ、スズネのドキドキフォーリンて意味をわかっていますぅ?」

「えと、最近女の子の間で流行ってる言葉とか?」

「ハァ~、こんなにスズネの胸をドキドキとさせているのにぃ、それはダメですぅ今のところ唯一ろうえい先輩の許せないとこぉ」

「ん?」

「いいですかぁニブニブ太郎を決め込まれる前にストレートに伝えちゃいますよぅ」


 スズネちゃんは言うなり身体を屈めてソッと俺の耳元でこう囁いた。



 ――――先輩が好きなんですよ――――



 一瞬で身体が熱く震えてゆく囁きだった。離れてゆくスズネちゃんの頬はわかりやすいくらいに紅葉していてその女の子から特別に向けられる好意から逃して貰えそうもなかった。

 俺がなんとか絞り出した言葉は


「俺のことが好きなの?」


 情けないくらいにタンパクなものだった。

 それでもスズネちゃんは満足な笑顔で頷き


「ライクユーじゃありませんからねラァブゥユゥ〜ッ、で・す・よっ」


 両手でハートを作り俺の胸へと当てると頬に両手を当ててタクシー乗り場へと走り出して行った。俺は呆然と彼女の背中を眼で追いかけると、スズネちゃんはタクシーに乗り込む前にこっちに振り向いて片手を大きく振って


「ろうえいせんぱぁ〜いさようならぁっ」


 さようならの挨拶をしてくれた。


 俺のほうはただ手を振ることしかできなくて、生まれて初めて告白してくれた女の子「知念 鈴音」さんを見送った。 



 それから、どうやって家まで帰ったのかはわからないが、自分の部屋でボーッと天井を見上げながら無意識に音楽を聴こうとイヤホンケースを開いた時に、電車の床に落としたワイヤレスイヤホンの片方を回収していなかった事に気づいた。

 だけど、それもなんだかどうでもよく思い、イヤホンケースを閉じた。

 それと同時にスマホが振動し、通知を知らせてきた。



 ――今日はスゴく楽しかったです(ハートたくさん)

 ――これからよろしくおねがいしますねっ(笑顔マークいっぱい)


 スズネちゃんからだ。俺はちょっと考えてから返信した。


 ――うん、よろしくね。


 これも随分とタンパクになってしまったが、今はこんな返信が精一杯だった。今日の夜はずっとスズネちゃんのホワワァンな笑顔と耳に残る囁きが消えないような予感がする。俺はスマホを横に投げて天井をもう一度見上げる。

どうしょうもなく彼女スズネでいっぱいに高ぶる頭をゴツと拳で殴った。

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