第30話 朱莉と優也

 一度過ぎ去った過去は変わらないし、人も変われない、関係も戻らない。

 一度狂ってぎしぎしになった歯車は、不協和音を奏でながら、それでもその役割通りに命尽きるまで狂ったまま動き続ける。


 だから俺は色々諦めて、これが運命だと受け入れてこのまま過ごしていこうと思っていた。諦めて、新しい道を探そうと思っていた。


「ヤダ、優也嫌いになっちゃヤダ、あの時みたいに……私の事、捨てないで。私の事嫌いとか邪魔とか……あの時みたいに嫌いになっちゃヤダ、私から離れちゃヤダ……ヤダよ優也……私の事、いらないって言わないで。嫌いって言わないで……ヤダよ、優也……ヤダ……」


「……朱莉?」

 でも縋るように俺にしがみついたまま、胸の中で泣きじゃくる幼馴染は。

 幼い子供のように目を腫らして顔をぐしゃぐしゃにしながら、狂ったようにヤダヤダと泣き続ける朱莉の姿は昔のようで、引きこもる前の朱莉のようで。


「ヤダヤダヤダ、優也、ヤダぁ……嫌いになっちゃヤダ、ずっと私といてよ、邪魔とか言わないでよ……何でもするから、優也のために何でもするから……だからヤダ、嫌いにならないで……」


「……朱莉」

 だから俺も記憶のカギをもう一度探し始める。

 忘れていた記憶の箱を開くためのカギを探して探して探して……




 うん、やっぱり見つからない。

 

「優也、ヤダ離れないで、私とずっと一緒に居てよ……嫌いにならないで、優也……」


「……朱莉、俺は……」


「ヤダ、ヤダ、ヤダ! ヤダヤダヤダ、優也、やめて、優也……」


「まだ何も言ってないよ、朱莉。安心して、怖い話じゃない、だから話を……」


「ヤダ、優也……だって絶対私の事、だって優也、私……ヤダ、ヤダ……やぁ!?」


「朱莉、ちゃんと話聞いて! 俺の話ちゃんと聞いて! 俺の目を見て、ちゃんと話聞いて!」


「ふえっ!? ゆ、ゆうやぁ……ヤダ、ゆうや……ううっ……」


「ダメ、朱莉。俺の方見て……うん」

 俺の話を聞くのを拒否するように、ぐるぐると胸の中で暴れる朱莉の肩をぐっとつかんで、まっすぐ朱莉を見つめる。


 赤くなった目をくらくら動かしながら、それでも俺の方をぎゅーっとまっすぐ見つめていて……うん、やっぱり朱莉だ。


 変わってしまったとか思ってたけど、でもやっぱり変わらない……昔からずっと変わらない臆病で、優しくて甘えたがりな……そんな西塚朱莉だ。

 やっぱり人は変われない……だから俺もちゃんと伝えないと。


「ゆ、優也どうしたの……早く、その……」


「朱莉……あのな、朱莉。俺は朱莉の事、嫌いとか邪魔とか言った覚えもないし、思ったこともないよ。そりゃ一時期嫌いになりかけてたけど……でも、朱莉の事を本当に嫌いになった事なんてない。朱莉は大切な幼馴染だから。可愛くて、甘えん坊で、俺の事を頼ってくれて、遊ぶと楽しくて……そんな朱莉の事、嫌いになるわけないじゃん、邪魔だと思うわけないじゃん」


「嘘! 嘘嘘嘘、嘘! そんな事ないもん、絶対言ったもん……優也、嫌いだって、私のそういう所が嫌いで、邪魔でいない方が良いって……そう言ったもん、優也そう言ったもん!」


「ううん、言ってないよそんな事。むしろ好きだったもん、朱莉のそういう所。昔から俺は朱莉のそういう所が好きだったから」


「嘘だ嘘だ嘘だ! 絶対嘘、絶対嘘だもん……だって優也はあの時嫌いって、だから私はこうやって自分に嘘ついて、優也に……ねえ、優也嘘だよね!!! 優也私の事嫌いって言ったよね、私のそういう所嫌いって……言ったよね!!! 言ったよね、絶対に言ったよね……ねえ優也言ったよね!!! 言った、って言ってよ、私の事嫌いって……じゃないと、私、なんで……」

 ドンドンと俺の胸を叩きながら大声で俺を罵る様に。


 でもその大きな声は繊細で、悲しみに押しつぶされそうな、一歩間違えると壊れてしまいそうなそんな声で……ごめん、朱莉。俺はお前に嘘はつけない……だから正直に言う。


「嫌いなんて言ってない! そんな事、朱莉に言うわけないだろ、俺が朱莉に嫌いとか邪魔とか……そんな事言うはずないだろ!!! 俺が朱莉にそんな事! 絶対に言わない、だって朱莉は俺の大事な、大好きな……」


「嘘だ、嘘だ! 嘘嘘嘘嘘! 嘘嘘! 嘘!」


「嘘じゃない、言ってない! 言ってたとしても……そのえっちな朱莉に対してだ。そのパンツとか見せてエロゲする朱莉は少し嫌いになりかけてたけど……でもそれでも俺は朱莉の事をそんな風に……あ、朱莉?」


「……え、嘘……嘘だ、そんなはず……嘘、嘘、嘘……嘘だよ、嘘嘘嘘嘘そんなの嘘だよ、それなら私……噓噓噓噓噓噓嘘、嘘だよ、嘘だよ……」


「朱莉? 朱莉?」

 正直に話した俺の言葉を聞いた朱莉がさっきまでの涙でぐしゃぐしゃ真っ赤な顔から一気に血の気が引いた真っ青な顔で呪詛のように嘘という言葉を繰り返す。

 狂ったおもちゃのように何度も何度もくるくるの信じられない目で繰り返す。


「嘘だ、間違えたの? 間違えてたの? 嘘、嘘だよ、だって優也はだって……嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘……ごめんなさい、ごめんなさい優也! ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、私、優也に……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 そして今度は青い顔をまたまた涙で真っ赤にしてごめんなさい、と謝り始めて。

 怯えた様に、悲哀に満ちたそんな青い声で俺に謝り続けて……朱莉!


「朱莉! 朱莉……朱莉!!!」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい、優也、ごめんなさい……ごめんなさい、優也、ごめんな……んっ!?」


「……朱莉、落ち着いて、朱莉は悪くない。朱莉は悪くないから……だから大丈夫、落ち着いて……大丈夫、朱莉悪くない。朱莉は悪くない。朱莉は絶対悪くないよ、朱莉は良い子だよ。朱莉は自慢の大切な幼馴染だよ」


「ゆ、ゆうやぁ……で、でも私のせいで、ゆうやに迷惑、それに、嫌いに、それに、それに……」


「大丈夫、迷惑なんて思ったことない、嫌いなんて思ったことない。だから大丈夫、朱莉は悪くない、朱莉は悪くない……朱莉は悪くないよ、だって……こんなに心があったかいんだから」

 ずっと謝り続ける朱莉の身体をぎゅっと抱きしめ、優しく言葉をかける。

 激しく、強く、でも優しく……子供のころ、朱莉とよくやったことだ。

 小さいころ、寂しかったり心細かったり怖かったり……そんな時にこうやって二人で抱き合って言葉を交わし続けて、互いを励まし合った。


 あの時から朱莉も俺もいろいろ変わったけどでも……何も変わってない。

 目の前にいるのはあの時のまま優しくて、可愛くて臆病で甘えたがりの朱莉だ……何も変わらない朱莉なんだ。

 だからそんなに自分を卑下しちゃダメだよ!


「でも、だって……私勘違いして、ゆうやに色々……だって、ゆうやが好きだと、またきて、くれる、って……ごめんなさい、ごめんなさい、私がいたから優也は……」


「謝らなくていいよ、朱莉は何も悪くない。悪いのは俺の方だよ、朱莉に気づいてあげられなかったもん」


「ち、違う! 優也は悪くない、悪いのは全部私だよ! 私がこんなことしたから、私が優也に、私に嘘ついたから、だか……こんな……ううっ、ゆうや、ゆうやぁ……ごめんなさい、ごめんなさい……本当にごめんなさい……」


「落ち着いて朱莉。そんなに泣いたら可愛い顔も甘えたがりの前髪も台無しになっちゃうよ……それじゃあ、誰も悪くないね、俺たち両方。朱莉も俺も悪くない、どっちも悪くない! だから大丈夫、深呼吸深呼吸! 大きなおめめが涙で蕩けちゃってるよ、また可愛い朱莉になってよ」

 自分でも認めてるけど、朱莉は可愛いんだから!


 大人しくて全然目立ってなかったけど、クラスの中でもトップレベルでずっとかわいかったんだから!

 だから悲しい涙なんかで顔をぐしゃぐしゃにするなんてもったいないよ。


「んんっ、ゆうやぁ……で、でも私が……でも、でも……」


「でもじゃない、でもじゃない……ほら、朱莉俺のここ好きだったでしょ? 昔も寂しい時はここに顔埋めて……どう、朱莉?」


「ゆうや、ゆうやぁ……うん、変わんない、好き……大好きな優也の大好きなところ……すごく優しくて、落ち着くところ……ゆうやぁ、ゆうやぁ、好き、大好き……」


「うん、良かった良かった、その調子。元気になるまで、落ち着くまでずっとそのままでいていいよ」


「……ありがと、ゆうや……ありがと……ごめんね」


「謝らなくて良いって。俺は笑顔の朱莉が一番好きだから……だから朱莉が心から元気に笑えるまでずっとこうしてていいよ」


「……うん、ゆうや、ありがと……好き、大好き……優也大好き……」

 ぺすっといつもの場所に顔を埋めて安心した様に、ほわっとしたいつもの声でそう言って……うん、やっぱり朱莉はこうでなくちゃ。

 朱莉に悲しい声も顔も似合わないよ、やっぱり朱莉は元気でいなくちゃ……その朱莉が俺も一番好きだから。


「えへへ、優也……ん、ゆうや……」


「うん、うん……朱莉」



 ☆


「……私、勘違いしてた。ごめんね、優也……私、ずっと優也が私の事嫌いだと勘違いしてた……いつもの私が嫌いだって勘違いしてた」

 しばらくぎゅっと絡みついた朱莉の背中をゆっくり撫でていると、ぽつりぽつりと腕の中の朱莉が声を出す。

 良かった、落ち着いたみたいだ……俺も朱莉がなんであんな感じになってたか知りたい。


「あのね、私聞いちゃったの、優也が友達と話してるとこ……夏休みの前の日にね、その人が私と紬ちゃんの事嫌いだって、嫌だって……それで優也が私の事嫌いだって、私の事邪魔だ、って言ってるところ……でも、嘘なんだよね? 言ったこと嘘なんだよね……私の事嫌いじゃないんだよね?」


「ああ、そんな事あったような……うん、もちろん嘘だよ。俺そんな事言わないもん、朱莉と長岡紬にそんな事絶対に言わない」

 なんかそんな事あった気がするな……そう言えばあれからそのグループのメンバーからは中学卒業までハブられ続けて、口もきかなかったけか。


 あんな悪口いう奴がいるとこだし、野球部とか他の友達は仲良くしてくれたから特に何も思ってなかったけど……そっか、あの話を朱莉は聞いちゃってたのか。

 確かに俺も怒りをぶつけるためにそんな事言ったような……それで朱莉は俺に。


「……それでね、私嫌われたと思って、優也が私の事嫌いだと思って……その時の、優也にすぐ甘えて臆病で引っ込み思案な私の事が嫌いだと思って……だから引きこもった。みんながそう思ってるなら、優也がそう思ってるなら学校行く意味ないって……でも優也は来てくれた」


「そりゃ来るよ。だって仲良しで大切な幼馴染だもん。急に引きこもったら毎日会いに行くに決まってるじゃん……って言うか俺のエロゲが原因じゃなかったんだね」

 俺はずっとエロゲのせいで朱莉が引きこもったと思ってたけど、それは原因じゃなかったんだ……いや、俺が不用意な事言ったのが原因なのは間違いないんだけど。


「うん、それは後押し……それでね、優也は来てくれたけどでも、私は不安だったの、怖かったの……なんで私の事嫌いなのに来るんだろうって、すぐにどっか行っちゃったらどうしよう、って……だから私は頑張ってキャラ変えたの。優也は紬ちゃんが好きだから、えっちなゲームしてるし、えっちな女の子が好きだと思ったから……それなら私の事、好きになってずっと私のところ来てくれると思ったから。だから甘えん坊な私を封印して、新しいえっちな私を生み出した」


「……そうだったんだ、ごめんね、朱莉」


「ううん、優也は謝らなくていい、私の勘違いだから……優也が毎日私のところ来てくれるようになって嬉しかった……それで優也はやっぱりえっちな女の子の方が好きなんだ、って勘違いして、無理した。昔の私は嫌いだからえっちな私じゃないと優也は来てくれないって……でも、違うんだよね? えっちな私は……嫌い、なんだよね?」


「嫌いってわけじゃないけど……俺は昔の朱莉の方が好きだよ。えっちな朱莉は無理してるみたいだったし、ちょっと色々ぶっ飛びすぎてついていけないところもあったし……だから俺は昔の朱莉の方が好き。昔みたいに俺の事頼ってくれて、俺と一緒に色々遊んで……そんな朱莉が俺は好き」

 えっちな朱莉はパンツ見せて来たり、エロゲしたりオナニーしたり……行動がぶっ飛びすぎてて、ついていけなくてイライラしちゃったから。

 だから俺は朱莉には昔みたいに俺と一緒に居て欲しい……なんか変な願いだけど。


 そんな俺の想いを聞いた朱莉は腕の中でふーと熱い息を吐く。

 思いつめたものを解き放つように、すべて忘れるように大きく甘く息を吐いて。


「……そっか。ごめんね、長い間ずっと嫌な思いさせて……ねえ、優也⋯⋯これからは優也に甘えていい? 2年間甘えられなかった分、優也にいっぱい甘えていい? その……大好きな私が、優也に甘えていい?」

 そうしてゆっくりと顔をあげた朱莉が静かな消えそうにそう言って。

 真っ赤な顔をもじもじと震えさせながら、ふわふわ甘い声で……うん、良いよ!


 俺だってその……もう一度、朱莉と仲良くなりたいし。


「そ、それじゃあお言葉に甘えて……ぎゅー」


「はい、ぎゅー……あ、耳はダメだよ、さっそく噛もうとしてるし!」

 再び顔を俺に埋めて、腰に回した手の力をさらに強めて身体を濃厚に絡ませる朱莉を抱きしめる。

 朱莉は相変わらず耳が好きだな……でもそこはダメ。


「ん、優也のケチ、でも好き……えへへ、優也……優也とこうやってぎゅー、ってするの久しぶり、だね」


「この前もしたし、さっきもしたでしょ?」


「ううん、あれは違う……あれは私じゃないから。だから素の私で、大好き同士でぎゅーってするのは久しぶりだから……だから、すごく嬉しいし、ずっと気持ちいい。やっぱり優也の事……えへへ、幸せ優也」


「そっか、それなら良かった。俺も嬉しいよ、朱莉と仲直りできて……わだかまりとか色々溶けて嬉しいよ」

 ゆらゆらと身体をゆっくり俺に重ねる朱莉の髪の毛をさらさら撫でる。

 昔はよくこうやって過ごしたな……また昔みたいに仲良く過ごせたらいいな。


「えへへ、優也、優也……えへへ」


「ふふふっ、朱莉」

 ……この笑顔と身体の温もりを覚えている限り……俺と朱莉は永遠に仲良しで入れる気がした。




「……ねえ、優也。変な事聞いていい? その、さっき優也……私の事好きって言ってくれたよね? 私の事大好き、って言ってくれたよね?」


「……それがどうかした?」


「……えっとね、それって……その幼馴染、としてって事? それとも……ごめん、やっぱなし! やっぱり何でもない、やっぱりお願い聞いてほしい!」


「……お願い? いいよ」


「……うん。あのね、これから毎日私に会いに来てくれる? 学校に行くのはまだ、怖いから……毎日私に会いに来てくれる? ちゃんと毎日、来てくれる?」


「なんだ、そんなことか。うん、もちろん!」


「ありがと……それともう一つ。えっとね……毎日優也に甘えさせて欲しい。毎日こうやってぎゅーってして、それでいっぱい甘えて、遊んで……消えた2年間を埋めるみたいに優也にいっぱい甘えたい、いっぱい遊びたい……いっぱい優也とぎゅー、ってしたい。優也の事……いっぱい、感じたい」


「……わかった、良いよ。朱莉が満足するまで、朱莉が元気になるまで、俺に存分に甘えていいよ……今もこれからも」


「……ありがと優也。それじゃあ今も……私が満足するまで、話さないから。優也の事、絶対に離さないから……これまでの分、埋まるまでずっとぎゅーってするから」


「……わかったよ、朱莉」

 そう言って俺に抱き着いて、絡めてくる朱莉の身体を何度も、何度も抱きしめ続ける。




「……えへへ、優也、優也……大好き、優也大好き……ずっと一緒に居てね……大好きな優也……」


「……朱莉」



 ★★★

 明日、一生最終回、一旦完結。

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