朱莉の過去 後編 優也の好き

 ―優也はにとっての私は邪魔な存在なんだ。迷惑で、いなければいいって、私なんていらないって……優也は私の事嫌いなんだね。


 ―そりゃそうか。私と優也は正反対な性格だもん……明るくて友達の多い優也に、暗くて地味で人見知りな私。優也がいないと何もできなくて、すぐに優也に泣きついちゃう私……そりゃ迷惑だよね、こんな私じゃ。こんな何もできない私と一緒じゃ、優也の価値も下がっちゃうよね、優也がダメになっちゃうよね……優也も嫌だもんね、こんな私じゃ。ごめんね、優也……本当にごめんね。


 ―ずっと好きだったんだけどな。優也の事大好きでずっと一緒に居たくて……でももうダメだね。優也も周りもみんなそう思ってるなら……私はいない方が良いんだ。世界が私を嫌いなんだ、いらないんだ……だから部屋に引きこもる。私の部屋で私の世界に引きこもる……私に優しい世界に。



 ☆


「朱莉~? どうしたの、今日は優也君と遊ぶんじゃなかったの? あんなに楽しみにしてたのに……朱莉、なんで帰るなりお部屋に引きこもっちゃったの?」

 部屋に引きこもって大好きなマンガを読む私に、部屋の外からお母さんが声をかけてくる。

 ごめんね、お母さん……でも。


「そ、その中止なった! 今日優也と遊ぶの無しになった!」

 お母さんに心配はかけたくなかったからそう嘘をつく。

 お母さんにはその……絶対心配してほしくないから。

 優也のお母さんとも仲がいいし……だから嘘、つかないと。


「ほーん、そっか。珍しいけどそう言う日もたまにはあるか」

 そう少し心配そうに、でも納得した様に言ったお母さんはそのまま私の部屋の前から去っていく。


 ふー、これでしばらくは……

「朱莉、電話! 朱莉に電話よ、紬ちゃんから! 朱莉に話があるんだって!」

 安心、なんて思っていると、今度は少し楽しそうにお母さんが私の部屋をノックする。


 え、紬ちゃん?

 紬ちゃんが私に何の用かな……ま、まさか優也と付き合ったから私にそれを報告して、私はもう負けヒロインって……で、でも優也は紬ちゃんの事も……わ、わかんないや、何の電話だろう?


 でもその……優也と付き合ったって話だったらヤダな。

 やっぱり私は……優也の事、大好きだもん。まだ優也の事好きだもん。


「もしもし、朱莉です……どうしたの紬ちゃん?」


【あ、朱莉ちゃん! 要点だけ言うね、今すぐ優也君の部屋に行け! 優也君の部屋に行って、そこで優也君の帰りを待ってろ!!!】

 色々怖い考えも頭によぎる中で、おそるおそる紬ちゃんからの電話に出ると、開口一番そんな声が聞こえてくる。


「……なんで? なんで優也の家? なんでそんな……だって、私は優也に……優也に……優也は私の事……」


【……朱莉ちゃん、優也君に何言われたか知らないけど優也君が朱莉ちゃんの事悪く言うと思う? 優也君は朱莉ちゃんの事……と、取りあえず部屋に行けばいいから! 取りあえず優也君の部屋で待機してなさい!】


「ちょっと、紬ちゃん……あ、電話切れた」

 少し乱暴な紬ちゃんの言葉とともに、つーつーと冷たい機械音が廊下に響く。


 ……優也君の部屋か。

 紬ちゃんはああいってたけど、でも私は本当に聞いたし、優也が私の事邪魔だって、嫌いだって……優也は私の事そう思ってるんだもん、私なんていらないんだもん。

 絶対だもん、間違えないもん。


 ……でも、少しでも希望があるなら。

 少しでも優也との関係にまだ希望があるなら……行ってみようかな、友達が言ってくれたんだもん。紬ちゃんは……私の友達だもん。



「……全く……私だって本当は……もう……諦めたくないけど、でも……」



 ☆

「あら、朱莉ちゃん! ごめんね~、まだ優也帰ってなくて!」

 少しだけ希望を込めて、でもやっぱり絶望的な気分で優也の家のインターホンを押すと、優也のお母さんが優しく私の事を出迎えてくれる。


 いつもと変わらない、優しくて、癒されて安心する声で……この声を聞いていると、さっき聞いたことも嘘みたいに思えてくる。


 ……でもあれは本当に聞こえたことだし、でも……

「い、いえ、今日は私、優也と約束してまして。そ、その……ゆ、優也のお部屋で待たせてもらってもよいでしょうか?」


「うん、もちろん! 優也もすぐ帰ってくると思うし、朱莉ちゃんも優也の部屋でゆっくりくつろいどいてよ! そうだジュース飲む? 朱莉ちゃんの好きなメロンのカルピス、最近お中元でもらったんだけど!」


「いえ、その……だ、大丈夫です、おおおお母さん! その、私は待たせてもらうだけでいいですか……そ、そのお構いなくです!」


「ふふっ、そっかそっか。それじゃあ優也が帰ってきたらジュースも持って行ってあげるね! あ、そうだ……優也のベッドの下だけは……覗いちゃダメだぞ!」

 口元に手をやりながら、そうおどけたように言う優也のお母さんに「ありがとうございます」とぺこりと頭を下げて、2階の優也の部屋に向かう。


 ☆


「こんこん、優也……って今はいないから大丈夫か。お邪魔します」

 こんこんと一応ノックをして優也の部屋の中に入る。

 部屋を開けると、いつもの優也の部屋。

「えへへ、優也の匂い、それに……えへへ」

 男の子の部屋、って感じで少しごちゃっとしているたくさんの思い出が詰まった優也の部屋。


 この部屋で一緒に勉強したり、ゲームしたりマンガ読んだり、冬華ちゃんと3人でこのベッドでお昼寝したり、一緒にお泊りして優也のお母さんに怒られるまで一緒におしゃべりしたり……懐かしいな、全部楽しい思い出だ。


 優也との思い出は本当に楽しくてキレイで美しくて、思いだすだけで幸せになるような思い出ばっかりで……だから優也が私の事嫌いとか邪魔とか言われたのが本当に信じられない。


 優也と一緒にずっといれると思ってたのに、私は優也の事大好きなのに……この部屋を見てるやっぱり信じたくなくなるけど、でも優也は絶対に言っていて、まっすぐな曇りのない瞳であの人を見ながらそう言っていて……やっぱり怖いな、優也と会うのやだな。


 優也は優しいから私といる時は絶対に優しくしてくれるし、無理にでも楽しそうにしてくれると思うけど、でもその表情も声も何もかも優也の気遣いで。

 私のせいで優也が無理な気遣いして、優也に色々無理させていて、本当は嫌で邪魔なんて思ってるのに仲良くして……私そんなの耐えられない。


 優也には無理せず、自分らしく自分の人生をしっかりと歩いてほしい……私なんかに構わず、自分の好きな事で……私は優也の事好きだから。

 優也の事は大好きだから……だから大好きな優也には我慢なんてして欲しくなくて。

 優也には私なんかじゃなくてもっといい人がいるし、優也もそれを望んでいるんだから……そこに私はいちゃダメなんだ。


 優也の幸せを願って、優也の事を考えてお望みどおりに私は退散しなきゃいけないんだ……これが大好きでいつも助けてもらっていた優也の恩返しになるから。

 昔から頼りになって、私と一緒に居てくれた優也への最高の恩返しになるんだから……私がいなくなることが優也への最高のプレゼントになるんだから。


 だから私は今日で優也の前から姿を消します……でも、その前に。

「ごめんね、優也、今日までありがと……でもね、最後だけ優也の事感じさせて。大好きな優也の事、もう一度感じさせて」

 今日で優也と会うのは最後になるから。


 だから最後にもう一度だけ、優也のベッドに寝転ばせてください。

 優也のベッドで、私たちの思い出の詰まったこのベッドで私は最後に優也を……


「優也、優也。大好き、優也大好き……やだぁ、離れたくないよ、やっぱり一緒に居たいよぉ……やっぱり私、優也と一緒に居たいよ……ずっと一緒に居たもん、ずっと好きだったもん……優也が嫌でも、私はやっぱり……」

 ……ダメだな、やっぱり私は。

 優也のベッドに入った途端、今までの思い出とか素直な気持ちとかがギュッとフラッシュバックして、想いが急に上がってきて……ホントダメだな、私は。


 優也のためにもう消える予定だったのに、私のわがままでやっぱりまた優也に無理させたくなって……こういう甘えん坊で自分勝手で優柔不断なところが優也も嫌いなんだろうな。こういう所が、やっぱり優也も嫌いなんだろうな。


「……わかってる、そう言うのは分かってる……でも、やっぱり……あれ?」

 優也への想いを馳せながら、でも覚悟しなきゃいけない現実を受け入れようとしていると、ベッドの下に何か硬いものを見つける。


 そこにあったのはR18と書かれたカラフルな髪色の女の子たちで飾られたゲームのようなもので。

 私とは全然違う、派手な女の子が集まってゲームで……やっぱり優也はこういう女の子が好きなんだよね。

 紬ちゃんとかこのゲームみたいに、少しえっちで明るくて、自分の事ハッキリ言えて元気の良い女の子が……うん、わかった。もう、出来たよ、優也。


「おーい、お待たせ朱莉! ごめんな、ちょっと遅くなって!」

 ベッドの下で見つけたそれに覚悟を決めていると元気の良い声で優也が戻ってくる。


 ニコッと楽しそうに笑って、本当に楽しそうに私に向かって笑いかけてくれて……その笑顔を見ていると、さっきの覚悟なんか忘れてやっぱりすべて忘れて甘えたくなった。


 優也の優しい笑顔を見ていると、私の大好きなその顔を見ていると、さっきまでの事なんて忘れて、かりそめの優しさでも嘘の言葉でも無理してても、優也と一緒に居たくて、遊びたくて、甘えたくて……でも、覚悟決めなきゃダメだから。いつまでも優也に甘えちゃダメだから……だって優也は私の事嫌いなんだもん。私の事邪魔だと思ってるんだもん……だから、だから優也とは……優也とは!!!


「ゆ、優也これ! その、えっと……ずっとごめんね、これまでありがとね、優也」


「……ん!? ちょ、待って誤解だよ、誤解! それ友達に借りただけだから、俺のじゃないから! 本当に貸してもらっただけで、だからその……誤解だ! そのゲームやってないし、それにそれに……!」


「……じゃあね、優也。バイバイ」

 わちゃわちゃと手を振りながら驚いたように手をわちゃわちゃと振る優也に、未練を残さないようにくるっと背を向けて、そのまま部屋から走り出す。


「あれ、朱莉ちゃん? どうしたの、優也帰ってきたわよ?」


「お母さん、今までありがとうございました。本当に……こんな私で申し訳なかったです、ごめんなさい。いままでありがとうございました!」


「ん? 朱莉ちゃん?」


「おい、朱莉! 朱莉!」

 追いかけてくる優也も振り切ってそのまま階段を駆け上がって自分の部屋に戻り、ガチャっとカギを閉める。


「朱莉! 朱莉! 誤解だよ、開けてくれよ! 今日は一緒に遊ぶんだろ?」


「……ごめんなさい、優也……もういいんだよ、もう私なんかにそんなことしなくても……」


「朱莉! 朱莉! 変なもの見せて悪かったけど、でもそれやってないから! 大丈夫だって、だから開けて、俺はやってないから!」

 優也が扉をドンドンしながら私の名前を呼んでるけど、それも無視して部屋の中に引きこもって。


 優也の優しさにはもう甘えられないから、もう絶対に優也に嫌な思いはさせたくないから、優也に無理とも邪魔とも思って欲しくないから……だから私はそのまま引きこもって。

 優也が嫌いな私に会わないように、嫌いな私の顔を見ないように部屋の中に引きこもって。



「……明日も来るから! 明日は開けてよね!」


「明日は一緒に遊ぼうぜ! 明日こそは! あと誤解も解きたい!」


「朱莉! そろそろ機嫌直してよ、一緒に遊ぼ! 朱莉あそぼーよ!!! 部屋入れてよ、朱莉のしたいこと何でもするから!」


「……朱莉がいないと俺寂しいんだけど。なんで引きこもったかわかんないけど……俺は朱莉と一緒に……」

 ……でも優也はそんな私の気持ちも知らずに毎日毎日来てくれて。


 私に会うために色々扉の前で話してくれたり、私の気を引くために色々してくれたり……優也は私の事、嫌いなんだよね。だからこんなことされても裏側が見えて迷惑……なんてことは全然なくてすごく嬉しい!


 優也の声を聞いて、優也を近くに感じて、優也と仲良しで一緒にいる気分で幸せで、優也の優しい言葉を聞いてるとすべて吹っ飛んで大好きな気分が溢れて……でも、優也にとって私は嫌いで邪魔な存在だから。優也が仕方なしにやってるのは分かってるから。


 今は世間体で心配してるけど、多分外に出たらまたすぐ興味なくしてどこかへ行っちゃうし、私に会いに来てくれなくなるし。


 それに外に出たら優也に邪魔で釣り合わない私は優也とは隔絶された生活を送らなくちゃいけなくて、優也ともう絶対に一緒に居られなくなって、私なんかじゃ、もう優也とは……外の世界はもう嫌だ、優也と会えない外の世界なんて絶対嫌だ、みんなが私をバカにして、それに優也と一緒にいれないなんて……絶対に嫌だ、もう一生引きこもってやる! 優也に毎日会えるように一生引きこもって、優也の声聞いて……でも来たくなくなるよね、それじゃあ。

 今は毎日来てくれて幸せだけど……でもいずれ来てくれなくなるよね。


 私の事なんて優也は……そ、そうだ! 今の私が嫌いなら優也に好かれる私になればいいんだ……私が優也の好きな女の子になれば優也は毎日会いに来てくれるよね?

 優也の好きな女の子なら絶対来てくれるよね?


 ……そうだ、それしかない。

 私が優也とずっと会うためには、優也と毎日会うにはこれしか……!



「……朱莉、俺もう限界だよ。そろそろ朱莉に会いたいよ、顔が見たいよ恋しいよ……朱莉はどう思ってるかわかんないけど、俺はもう朱莉がいないと……朱莉がいないと……あ、朱莉……朱莉?」


「よ、よう優也久しぶりだな! ごめんごめん、実は借りたエロゲにハマってな! いやー、すごく濃厚なえっちシーンだった、やっぱり凄いな! その、えっと……お、おなにーが捗った!」


「お、おな……あ、朱莉? その、お前どうした……服もTシャツ1枚で……」


「どうしたもこうしたもないだろ、ずっとこんなんだっただろ、私は? ずっとこんなんだ……そ、そーい!」


「ちょわっ!? あ、朱莉、何して……ぱぱぱぱんつなんて見せちゃダメ!!! 何してるの早く隠しなよ!!! それにズボンは!?」


「ははは履いてない! そ、そのパンツ履いたら邪魔だからな、そのお、おなにーの!!! だから履いてない……そ、それに優也も……わ、私のパンツくらい平気だろ? 私のパンツなんかで……何も思わないだろ?」


「思うわ! だって朱莉だよ、朱莉のだよ! 思うに決まってるじゃん、隠しなさい! 俺以外にこう言う事しちゃダメだからね!!!」


「……嘘つかなくていいのに……ま、取りあえず部屋に入れよ優也! 私はエロゲしてるから優也はマンガでも読んどいてくれ! 今日はましろちゃんを攻略するぞ~!!! アハハハハハ!!!」


「……あ、朱莉? ど、どうしたの本当に?」


「あはは、優也入っていいよ! 部屋で勝手にマンガ読んでたらいいから!!!」

 ……優也はこういう女の子が好きなんだよね?


 こんな感じですこしえっちで積極的で明るくて、元気な女の子が……この私なら優也も嫌いにならないよね? 優也が好きな女の子なら、いくら私でも嫌いにならないよね?


 優也は甘えん坊の私は嫌いでも、この私なら嫌いじゃないだろうし……これなら毎日会ってくれるよね?


 私に毎日会いに来てくれるよね……私の事絶対に嫌いにならないよね?

 毎日優也に会えるよね?


 ★★★

 昨日はごめんなさい。

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