優也の過去 前編 ねじれ
「……俺が朱莉の事迷惑だとか邪魔だとかいらないとか! 紬にびっちでやばい奴とか! そんな事言うと思うか!!!」
夏休み前の学校、俺は友人―いや、もうこいつは元友人だ、を怒鳴っていた。
「え、あ、いや……」
「今言ったことも、お前が朱莉と紬に行った悪口も全部嘘っぱちだ、そんな事実どこにもない、俺はそんな風に思ったことない! 朱莉も紬もそんな女の子じゃないし、迷惑とか邪魔とかなんて一度も思ったことない!」
なんだよ、なんでそんな酷いことが言えるんだよ、クラスメイトに、何も知らないのに! お前たちは朱莉の事も紬の事も何も知らないのに!!!
「……は? でもお前……」
「朱莉が迷惑なわけあるか、むしろ頼ってくれて、一緒に居てくれて嬉しいぜ、俺は! それに朱莉は話してて面白いし、気づかいも出来るし、俺が困ってたら朱莉も手伝ってくれるし、心配してくれるし……それに地味じゃなくて顔も可愛いし! ちょっと人見知りなところも含めて、朱莉はすごく可愛くて魅力的な女の子なんだぞ!!! 朱莉はめっちゃ可愛くて魅力的なんだからな!!!」
「え、いや、その……」
「それに紬も! 紬はな、えっちとかびっちとかじゃなくて本心はすごく純真でまっすぐで男をとっかえひっかえ悪女ムーブなんて出来ない性格なんだ! 確かになんか露出凄い服着てる時もあるけど、遊びに行くときの私服はすごくおしとやかだし、お菓子とか作ったりするの得意だし、結構な照れ屋だし!!! それにかなり初心で天然で……紬はビッチじゃなくてもっと純粋で、天然で、家庭的で可愛い女の子なんだからな……そこに俺は惚れたんだし!!!」
「……あ、その、えっと……」
「むしろそんな事言うお前の方を軽蔑するわ、朱莉とか紬をそんな風に思ってたお前こそ、俺はどうかと思うわ……ごめん、海の件なしで。俺はお前らがどう思おうが、朱莉と紬と夏休み一緒に過ごすから……だから海はかってに行ってこい!!!」
困惑するそいつにべしっと言葉を投げつけて、俺はその場を一気に立ち去る。
もう気分が悪い、朱莉の事も紬の事もこんな風に悪く言われて気分が悪い!!!
めっちゃ気分が悪い、話すんじゃなかったマジで!!!
朱莉が俺の邪魔? 朱莉のせいで俺が時間無駄にしてて、朱莉のせいで俺の価値が下がる?
……そんなわけあるか、むしろ逆だよ、逆!!!
朱莉はあんな可愛いし魅力的なのに俺のそばにいるからそれが薄れないか、良い人と出会えないんじゃないか……俺はそっちが心配だよ、朱莉の魅力を俺が打ち消してないかの方が心配だよ!
朱莉を俺が拘束してるんじゃないか、朱莉の自由を奪ってるんじゃないか、俺のせいで朱莉が……あ、そうだ朱莉だ! 今日朱莉と帰る予定だった、あんな話してて時間とられちゃった。
朱莉怒ってるかな……それなら帰っていっぱい遊ばないと!!!
朱莉の好きなこといっぱい遊んで、それでそれで……
「おい、優也君! 何したの優也君!!!」
帰ったとのことを色々考えていたら後ろの方からどこか怒ったように俺の事を呼ぶ声が聞こえる。
「あ、あれ? どうかした、紬?」
振り返ると、鋭い目つきをした紬がずんずんと俺の方に近づいて来ていて……あ、ヤバい、さっきの話聞かれたかな?
紬が好きなのはその通りなんだけど、でもあんなところで言うのはちょっと、というか本人に直接言いたいというか……取りあえずあの話は聞いてて欲しくない!
「どうしたじゃないよ、優也君! 君朱莉ちゃんに何したの?」
「……あ、朱莉? 知らない、って言うか探してるんだけど? どこ行ったか知らない、紬?」
良かった、話は聞いてなかったみたいだ……でもなんで朱莉の話?
別に朱莉には何もしてないし、むしろ朱莉がどっかに行ったんだけど?
「とぼけないで! だって、朱莉ちゃんさっき……さっき! さっきね、朱莉ちゃんが!」
「え、朱莉がどうかしたの? なんかあったの朱莉に!? 大丈夫だった、何があったの!? 朱莉に何があったの!?」
強い口調で、俺に身体をグイっと寄せながらそう言う紬に少しドギマギしながら、でも頭の中には朱莉の心配が駆け巡る。
何々、何があったの!? 紬がこんなに心配してるんて……なんかやばいことでもあったの!? 朱莉になんかあったの!?
「……動揺しすぎ……ねえ、優也君、もし朱莉ちゃんに何かあった、って言ったらどうする? 私がそう言ったらどうするの? 例えば……泣いてた、とか言ったらどうするの?」
そんな俺の様子を見て、少し口を噛みながら紬が聞いてくる。
「それは早く朱莉のところに行ってあげないと! もし泣いてたとかなら励まさないとだし、もし変な事が原因だったら解決しないとだし! それに俺がちょっと遅れたのせいでもあるし謝らないと! 朱莉の事は守る、って決めてるからだから泣いてたらそばに居てあげたい……俺なんかがいて何とかなるかはわかんないけど、でもそばに居たいんだ」
「……そっか……そうだよね、朱莉ちゃんと優也君は……そうだよね、うん」
「……あ、でもその朱莉はあくまで幼馴染で、それで昔から泣き虫でほっとけなくてそれで約束したからであって別にその恋愛感情とかじゃなくて、そのえっとあくまで幼馴染というか、だから朱莉とはそんなに……」
「わかってる、わかってるからそれ以上言わないで……そっか、優也君は……ごめん、ちょっと優也君の事疑って……試した。。朱莉ちゃんなら優也君の部屋にいるよ、『優也帰ってくるの遅い!』ってちょっと怒ってた。ほら、早く行ってあげなよ、朱莉ちゃんが待ってるよ」
どこか寂しそうな笑顔でそう言って似てないものまねでぴょいっと指をさす。
そっか嘘なら良かった、朱莉に何もないなら良かった……あ、でもさっきの言葉ちょっと誤解されてそう!
「あの、紬! 俺はその、朱莉とは本当に幼馴染だけの関係で、だから俺はむしろ紬の……」
「良いからいいから、そう言う事言わなくていいの! ほら、早く行きなさい……んっ」
「!?」
俺の言葉を遮った勢いで背中をポーンと押しだした紬だったけど、でもその直後に少し寂しくなったようにギュッと俺の手を握って……ちょ、え、紬さん!?
「つ、紬、きゅ、急にどうしたの!? そ、その嬉しいんだけど、でも恥ずかしいというか、急にそんな事されてもえっと、あの……」
「……優也君はさ、もし私と朱莉ちゃんが溺れてたらどっち助ける?」
「……え?」
突然の事に動揺して口がうまく回らない俺をよそに、冷静な紬の口から飛び出したのは予想外の言葉で。
二人を助けるってどう言う事、急に何?
「良いから答えてよ……どっち助けるの、私か朱莉ちゃんか?」
「そのそれは……あ、朱莉かな? 俺だったら朱莉助ける、と思う」
「……そっか、そうだよね……やっぱり、私じゃ……」
「で、でも朱莉を選んだのはその、朱莉が泳ぎが苦手で、俺が助けないと絶対に助からないし! それに紬は水泳部で泳ぎ得意だから朱莉を選んだだけで、俺は朱莉じゃなくて本当は……」
「良いいい、もう言わないでそう言う事! 悲しくなるだけだよ、そんな事言っても……ごめんね、変な質問しちゃって。それじゃあ朱莉ちゃんのところへいってらっしゃい!!!」
やっぱりどこか寂しそうで、どこか悲しそうな声でそう言った紬は今度こそ俺の手を振り払って、そのままさっきより強い力で背中を押す。
「あ、あの紬! そのさっきのは誤解で、本当に……!」
「しつこいよ、優也君! そんな話もういいから、大丈夫だから……だから早く朱莉ちゃんのところ行ってあげて! そうするのが、一番の解決策だから……だからバイバイ、優ちゃん」
「あ、つ、紬……うん、またね、紬」
そのままこっちに手を振って、慣れない呼び方で猛スピードで走る紬に言いようのない寂しさを感じながらも、俺はそのまま朱莉の待つ家に帰ることにした。
―悔しいな、私だって優也君の事好きだったんだけどな……私だって優也君の事、大好きだったんだけどな。
―でも私なんか土俵に立ててなかったんだろうな。あの二人の世界に、私が入るなんて出来なかったんだろうな、最初から相手にされてなくて……悔しいな、でも、受け入れるしかないよね。だって優也君は朱莉ちゃんと……おめでとう、って言わなきゃいけないよね。
―告白受けちゃおうかな。この前先輩からされた……そうでもないとおめでとうなんて言えないし、私も優也君の事忘れられないし。
―ずっと好きだったよ、優也君。本当に好きだった……今も好きだけど……優也君と朱莉ちゃんの幸せ、願ってます。幸せになってよね、二人とも。
―でもまだ完全には消えないから、諦められないから……だからしばらくは優ちゃん、って呼ばせてね。
―君と好き同士になった時に、付き合ったときに呼びたかった名前だから……二人で優ちゃん、つーちゃんって呼び合って、それで優ちゃんと一緒に……未練タラタラだけで、でももう少し……もう少しだけ優ちゃん、って呼ばせてください。
☆
「お、お帰り優也。朱莉ちゃん、もう家来てるわよ、女の子待たせるなんて最低!」
何だか少しモヤモヤする別れ方を紬として、すぐに家に帰るとお母さんが少し怒ったように、からかうようにそう言う。
やっぱり朱莉怒ってるか……それなら朱莉の好きなこといっぱいしないとな!
そう思って階段をずんずん駆け上がり、俺の部屋の前へ。
静かな部屋の前だけど、でもどこかゴソゴソという音が聞こえて……ふふっ、朱莉俺の事驚かそうとしてるのかな? ベッドとかに隠れてそれで……そう言う事ですか、朱莉ちゃん!
「おーい、お待たせ朱莉! ごめんな、ちょっと遅くなって……ん!?」
そう言う事なら少し付き合おう! と思ってバーンとドアの扉を開けると、朱莉の姿は無く……って事は無くてベッドの上に座っていて。
まだ隠れてなかったのかな、とか思ってたけどその手には友達から借りたエロゲを持っていて……!?
「ゆ、優也これ! その、えっと……ずっとごめんね、これまでありがとね、優也」
「ちょ、まって誤解だよ、誤解! それ友達に借りただけでまだやってないから! 誤解だよ、俺のじゃないし、それにそれに……!」
それこの前友達が持ってきて置いてきたやつだよ、勝手に置いていった奴!
だから俺そのゲームやってない、ていうか中2だからやる気もない! まだそんなゲームしない!
「……じゃあね、優也。バイバイ」
でも、そんな俺の説得空しく、どこか覚悟を決めたようにも見える声で、エロゲを持ったまま朱莉は俺の部屋から走り去っていって。
「おい、待てよ朱莉! 待って、朱莉!」
「……ごめん、優也、ごめんね」
「ちょっと朱莉……っておっとと。お帰り、咲綾ちゃん。俺ちょっと急いでるから!」
「ちょっとお兄ちゃん! 私は、ふゆも帰ってるんだけど! お兄ちゃんの妹のふゆも帰ってるんだけど、私もいるんだけど! お兄ちゃんのふゆもいるんだけど!」
「ごめんごめん、冬華もお帰り! それじゃあちょっと行ってくるから待ってて二人とも!」
「ちょっとお兄ちゃん……どうしたんだろう、お兄ちゃん?」
「……お兄さん、本当にどうしんだろう?」
玄関付近で鉢合わせた冬華と咲綾ちゃんと少しだけ言葉を交わしていると、朱莉はもう部屋に入って、カギをかけて自分の部屋に入ってしまって。
「朱莉! 朱莉! 誤解だよ、開けてよ朱莉! 今日は一緒に遊ぶんだろ?」
「……さい……ても……」
「朱莉! 変なもの見せて悪かったけど、でもそれやってないから! 大丈夫だって、だから開けて、俺はやってないから!」
「……」
部屋の前についた俺が、そう言いながら扉をドンドン叩くけど、でも朱莉からの返答はなくて。
部屋の中からは沈黙が続いて、朱莉が出てくる気配は全くなくて。
「……大丈夫、優也君? その、優也君が気にしなくても別に……」
「いえ、俺のせいなので! 俺が変なもの見せたせいで、だから……だから俺に任せてください」
そうだ、俺がエロゲなんて部屋に置いているから。
それで朱莉が恥ずかしくなって、俺の事を変態だと思って……朱莉はそう言うの詳しくないし、恥ずかしがりやだから、それで俺に嫌悪感を抱いてるんだと思う。
だからこれは俺の問題、俺の責任……俺のせいで朱莉が引きこもっちゃったんだから俺が何とかしないと。
「朱莉、朱莉! 誤解だからさ、朱莉のしたいことしようよ! ゲームでも外で遊ぶのでもお出かけでもゴロゴロでも! なんでも一緒にするからさ、出てきてよ、出てきて遊ぼうよ!」
「……」
「朱莉、本当に俺そのゲームしてないから! 信じて、そんな変態じゃないから、俺は!」
「……」
でも何度呼び掛けても朱莉は部屋から出てくる気配はなくて。
隔絶するように置かれた扉が永遠の距離のように感じて。
「……明日も来るから! 明日は開けてよね、明日は一緒に遊ぼうね!」
……でもそんな永遠なんて存在しない! 存在したらそれにあらがうように永遠を見せればいいんだ!
……こうなったのは俺のせいだから。
だから俺は朱莉の誤解を解いて、それでまた一緒に遊んで……幼馴染の朱莉とまた、楽しい時間を過ごすんだ!
朱莉が出てくるまで、朱莉と一緒に遊べるまで、俺は永遠に朱莉の事を呼び続けるよ……たとえどんな時でも、ずっと。
★★★
過去の話は一旦全部しようと思って今日は優也君の話です。
1話予定だったけど長すぎたので前後編。
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