第25話 私だけのお兄ちゃん

「……今日ね本当は豊君とデートだったんだ。豊君といっぱい遊ぶつもりだったんだ……でもね、断られちゃったんだ」

 ギュッと俺に抱き着いた冬華がぽつりぽつりと言葉を出す。

 断られたって……フラれてって事?


「違う、デリカシーなさすぎバカお兄……豊君を学校まで迎えに行ったらね、友達と一緒に居たの。豊君の高校の友達と一緒に居て、それで私が迎えに行ったら色々その友達に言われて……このちっこい子がお前の彼女か、とかお前幼女趣味あったのか、とか豊が犯罪者に、とか……そんな事、色々言われたの」


「結構酷いこと言うね、その人たち。それは冬華が可哀そうだ」

 本人の前で言う事ではないだろ、絶対に……いや陰口でもダメだけど。

 まあでもこう言う事言いたくなる年齢ってのはわかる……俺も昔、朱莉と紬がそう言う事言われたの聞いたし。


「うん、悲しかった……でも豊君は一緒に来てくれると思ってた。でもね、違った……『彼女なんかじゃない! こんな子知らない』って言って私の手をパーンてして、そのまま友達と帰っちゃって……だからね、私ね、私ね……」


「我慢しなくていいよ。俺は冬華のお兄ちゃんなんだから」


「……うわぁぁん、ヤダ、私やだよ、豊君の事大好きだもん、大好きでもっと一緒に居たいもん……だから嫌いになっちゃヤダ、私と一緒に居てくれなきゃヤダ、ヤダヤダヤダヤダヤダ……うわぁぁん……」


「よしよし、よしよし。頑張ったね、それは辛かったね、冬華は頑張ってるよ。よしよしよしよし」


「ううう、お兄……!」


「大丈夫、お兄ちゃんはどこにも行かない。いつでも冬華の味方だよ、だから大丈夫」

 くるくると頭を胸に押し付けながら、わんわん悲しそうに涙を流す冬華の背中をポンポンと撫でる。


 我慢しなくていいのに、もっと早く行ってくれれば良かったのに。

 俺は冬華のお兄ちゃんなんだから。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん! んっ!」


「はいはい、お兄ちゃんはここにいますよ……ぎゅー」

 ぎゅっと抱き着きながらお腹の上で泣く妹を俺もギューッと抱きしめた。



 ☆


「落ち着いた?」


「うん、ありがとお兄……ありがと」

 しばらく泣き続けて目を赤く腫らした冬華が俺の制服で涙を拭きながらそう答える。

 ぐしゃぐしゃの制服は洗えばいいとして、問題は冬華の彼氏さんの事だね。


「それじゃあ冬華、話だけどその彼氏さんは冬華の事、嫌いになってないよ」


「……でも彼女じゃないって、こんな子知らない、って言われた。手もパーンってされた」


「それは彼氏さんが恥ずかしがってるだけだよ。友達に囲まれたから恥ずかしくてそう言っただけ、彼氏さんは冬華の事嫌いになってないよ」


「でも、でも! やっぱり心配だし、それにそれに……」


「でもじゃない、大丈夫だよ。そうだ冬華、バナナケーキ食べる? これ食べたら少しは落ち着くよ」

 カバンをゴソゴソあさって、さっき先生から貰ったバナナケーキを冬華に手渡す。

 これ本当は朱莉用だけど、まあこの調子だと今日もいけないし大丈夫だろう。


「だって、豊君……え、あ、ありがと……ん、美味しい。優しい味で安心する……これお兄が作ったの? お兄が私のために作ってくれたの?」


「ううん、俺の担任の先生が作ったやつ。家庭科の先生だから料理上手なんだ、美味しいでしょ?」


「そっか、お兄が作ったんじゃないのか、ちょっと残念……でも美味しい。ありがと、お兄……全部食べていいの? これ全部食べていい?」


「うん、全部食べていいよ。牛乳でも入れてこようか?」


「いらない、コーラあるから大丈夫。それじゃあ全部貰うね、お兄」

 少し表情が和らいだ冬華はパクパクとバナナケーキを頬張り始める。


「それでさ、さっきの続きだけど、男の子ってのは好きな女の子をからかいたくなるというか、好きな女の子にはいじわるしたくなると言うか……そう言う習性があるの。あと、友達周りではカッコつけたくて、見え張っちゃうとかそう言う事よくしちゃうんだよね……でもそれってその子が好きだからやってるんだ」


「……そうなの? お兄もそんな感じなの?」


「まあ俺もそんな感じ。だから彼氏さんは冬華の事嫌いじゃないよ、むしろ大好きだと思う……だって仲良しだったじゃん、ずっと。それに冬華は可愛いし良い子だし、彼氏さんが嫌いになるなんてありえないし! だから大丈夫、安心しなよ……ほら、冬華スマホ鳴ってるよ?」


「もう、お兄……ホントだ……!」

 俺の言葉にぷーと鳴き声を漏らした冬華がスマホの画面を見てパッと顔を輝かせる。


「ね?」


「うん! ちょっと電話するね!」

 ぴょんと跳ねるようにそう言って俺から少し離れて電話を開始。


「もうあんなことしないで!」とか「バカバカ豊君! カッコつけないでよ心配だった!」とか「嫌いになったと思ったじゃん、バカ!」とか言ってるけど、その声はさっきまでと違ってすごく幸せそうで、嬉しそうで。


 良かった、仲直りできてるみたいだ。

 それなら邪魔者の俺は一旦……

「待って、お兄! 豊君がお兄とも話したいって!」


「俺と?」


「うん……豊君、お兄に電話代わるね」

 外に出ようとした俺を引き留めて、冬華が強引に自分のスマホを渡してくる。


「電話代わりました、兄の優也です」


【お、お兄さんですか! い、いつも冬華さんから話は聞いてます……じゃなくていつも冬華さんと仲良くさせてもらってます!!!】

 電話越しから聞こえてきたのはどこか聞き覚えのある、緊張した声。


「そんな緊張しないでください、俺の方が年下ですから」


【で、でもその……家族の方に挨拶するの初めてで緊張して……】


「大丈夫ですよ、緊張しなくて……そうだ、また俺と一緒に食事でもどうですか? ご飯でも食べながら冬華の可愛いところでも……痛っ!?」


「お兄、変なこと言わないで!」

 豊さんを食事に誘おうとしたら冬華に足を思いっきり蹴られる。

 痛いな、蹴ることないだろ蹴ること。


【……少し羨ましいです】


「……ドMですか?」


【ち、違います! そうじゃなくてそう言うやり取りが羨ましいな、って……なんか兄妹、って感じですごく羨ましいんです。僕といる時の冬華はお兄さんといる時とはまた違いますから。だからそう言うやり取りできるの兄の特権、みたいな感じで羨ましいです】


「そうですか……あんまり意識したことないですけど」

 こういうやり取り、当たり前だと思ってたけど、外から見たらそう見えるのか。

 チラッと冬華の方を見ると、少し赤らんだほっぺを膨らませて、でも嬉しそうにタッタカステップを踏んでいて……冬華は彼氏さんの前だとどんな感じなんだろう?


 俺には見せない感じで、もっと甘えて……


「……何、お兄? 私に何かついてる?」


「ふふっ、何でもないよ……それじゃあ豊さん電話ありがとうございました。豊さんと話せて、俺嬉しかったです」


【それはこっちのセリフです、お兄さん! 冬華からよく話は聞いていましたが、やっぱり素敵なお兄さんですね! 本当にまたご飯行ってみたいです、その時は年上として、未来のお兄さんとして僕が奢りますから!】

 電話越しの豊さんからででーんと張り切った声が聞こえる。

 未来のお兄さんは少し早い気もするけど……でも嬉しいな、それなら俺のお願いも聞いてもらおう。


「その時は本当に甘えるかもしれません。それじゃあ、一つ、俺のお願いも聞いてくれますか? 俺豊さんより年下なので名前で呼んでほしいんですけど……俺お兄さんじゃなくて黛優也、って言います」


「……い、良いんですか?」


「はい、お願いします! 呼んで欲しいです、俺の事名前で」


【は、はい、わかりました! そ、それでは……また会いましょう、優也君!】


「ありがとうございます、豊さん。できれば敬語も外してもらえればもっと嬉しいですけど、十分です。本当にまた会いましょう、豊さん」


【それは考えます……はい、絶対会いましょうね! あ、最後にもう一度、冬華に変わってもらっていいですか?】


「了解です。冬華、豊さんが代わってだって」

 名前で呼んでくれた豊さんの言葉通り冬華にスマホを渡す。


「……! ばか、変なこと言わないで! じ、事実って……うう、ばか! 豊君のばか! 金曜のデート覚えてろ! 夜電話するから! じゃあね、ばか豊君! 大好き!」

「何~?」と言ってスマホを受け取った冬華の顔が徐々に赤みを帯びて行って、最後には真っ赤な顔になってぷつっと電話を切る。


「何言われたの? あんまり悪いことじゃなさそうだけど?」


「うるさい、何も言われてない! お兄は気にしなくていいの、カップルの会話だから!」


「そりゃそうか。それじゃあこの後どうする? まだ歌いたい?」


「……うん、まだ歌いたい! お兄と一緒に歌いたい!」


「OK,了解! それじゃあ一緒に歌おっか!」

 ニコっと可愛く微笑んだ冬華に俺もグッとガッツポーズをした。



「ところで豊さんってどんな顔してるの? さっき店員さんにも言われたし気になるんだけど」


「え、そ、それは……お、教えない! だってその……お兄と顔とか雰囲気が似てる人無意識に好きになったから、だからその……」


「ん?」


「教えない! 会った時のヒミツ!」




 ☆


 その後、冬華とデュエットしたり、一人で歌ったりでかなりの曲を歌って。

 気付いたら入ってから4時間近くが経過していた。

「ふ~、結構歌ったな。ていうかもう8時だ、お母さんたち怒ってるだろうな」


「連絡したから大丈夫だよ。お兄は心配しなくて大丈夫……ねえ、お兄、ちょっとお話いい?」


「良いよ、別に聞かなくても大丈夫」


「ありがと、お兄……それじゃあお兄、ちょっと私の話聞いてね……んっ」

 少し照れたようにはにかんだ冬華はそのまま俺の胸にぽーんとダイブしてくる。


「もう、どうしたの冬華? 今度は何?」


「お兄のここ固くて温かくて好きだから……ふふっ、ドクドクしてる。お兄の心臓の音、すごく聞こえる」

 腰に手を回した冬華が噛みしめるようなふわふわした声を俺の胸に摺り寄せる。

 もう、本当にどうしたの?


「えへへ、お兄……あのね、お兄にありがと、ってちゃんと言いたくて。豊君と仲直りできたの、絶対にお兄のおかげだから……だからありがと、ってちゃんと言いたくて。ありがとう、お兄」


「ふふっ、何だそんな事か。自然に解決した気もするけど、そう言ってくれるなら良かった」


「ううん、お兄がいなけりゃ絶対もっとケンカなってたもん。だから本当にありがとうだよ、お兄……あともう一個、聞いてほしい話があるの」

 くすっと笑った冬華が俺の背中をさらにギュッと抱きしめる。


「あのね、お兄……その今日お兄とデートしたのは豊君とケンカしたってのもあるけど、でも……お兄とデートしたっかったてのも本当だよ。だって最近のお兄、なんだか私に冷たかったから」


「お、そんな事言ってくれるの嬉しいねぇ……って冷たく? 俺が?」


「うん。昔はもっと私に構ってくれて、もっと一緒に遊んでくれたのに最近は咲綾ばっかりで全然私に構ってくれてなかったから……本当の妹は私だぞ、って、咲綾じゃなくて私が本当の妹だぞ、お兄は私だけのお兄ちゃんなんだぞ、って……だからお兄とデートしたかった。お兄と久しぶりに遊びたかった」

 ぐりぐりと身体を押し付けながら。

 耳まで真っ赤にしながら少し照れたようなこすれた様な小さな声でそう言って。


「……それはこっちのセリフ。冬華だこそ俺に冷たかったじゃん。いっつもなんか俺の事キモイとか言ってさ。そう言うの無かったらもっと仲良くできたと思うけど」


「……そ、それはだって……こ、こんな年になってまでお兄ちゃんと仲良すぎるの友達にちょっと変って言われたし、なんか恥ずかしくなったから。だから豊君と付き合ったし、ちょっとお兄に冷たくしちゃった……でも寂しいし咲綾ばっかりで耐え切れなくった。私も昔みたいにもっとお兄ちゃんと仲良くしたいと思った」

 寂しそうな声でそう呟いて……もう、そんな事気にしなくていいのに!


「なんだ、そんなこと思ってたのか……別に恥ずかしいことじゃないよ、豊さんも良いことって言ってたじゃん? だから別に兄妹仲がいいことは恥ずかしいことじゃないよ」


「……ホント? 私がお兄にべったりでも困らない? お兄と遊びたい、甘えたい、とか言っても困らない? 帰った後、一緒にゲームしたいとか言っても良い?」


「べったりはちょっと困るかもだけど、遊ぶとか仲良くするのは賛成だよ、ゲームもしよう。俺も冬華と仲良くしたいし……だって冬華は俺の血のつながった唯一の妹だからな」

 いくら咲綾ちゃんと仲が良いと言っても、冬華が本当の妹なことには変わりはないし。だから冬華ともできる限り仲良くしたい。


「……お兄! えへへ、お兄……ねえねえ、お兄、私の事好き? お兄も私の事好き?」


「うん、好きだよ。咲綾ちゃんと同じくらい冬華の事も好き」


「もうまた咲綾! お兄の本当の妹は私! お兄は私だけのお兄ちゃん!」


「ハハハ、ごめんごめん。ちゃんと冬華の事好きだよ」


「もう、お兄はしょうがないな……えへへ、お兄、お兄……ねえお兄、私の事好きならもっとぎゅーって抱きしめて。私だけのお兄って、私の事大好きだって伝わるようにもっと強く抱きしめて」


「ふふっ、冬華は甘えん坊だな。ほら、ぎゅー」

 甘えるような蕩けた声で身体をくねらせる冬華の小さな体をぎゅーっともっと強く抱きしめる。

 ホントまだまだ子供で……可愛い妹だな。


「えへへ、お兄……私もお兄の事大好き。豊君と同じくらい……本当に大好きだよ、お兄ちゃん」



 ★★★

 いつも書き過ぎちゃうんですけど、どれくらいの文字数が皆さん嬉しいですか?

 感想や☆やフォローなどしていただけると嬉しいです!!!

 


 追記:最初タイトルつけ忘れてました☆


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