第19話 咲綾ちゃんには楽しく笑顔でいて欲しい

《土曜日の夜》


 プルルルルルルル

「は~い、もしもし~?」


「あ、もしもし、こんばんは。浜中咲綾です、萌希ちゃんのお姉さんの紬さんでよろしかったですか?」


「うん、そうだよ~。私が長岡萌希のお姉ちゃん、長岡紬だよ~、ってこの挨拶12回目くらい〜! そろそろ確認しなくても大丈夫だよ~?」


「いえ、その……し、心配ですから、ちゃんとあってるかとか」


「ふ~ん、そっか。でも今度からはいらないよ~。それで今日はどんなご相談だい? 私にどんな相談を持ってきたんだい?」

 電話の向こうから聞こえるのはのんびりした少しえっちな声……やっぱり紬さんは経験豊富だ、男の人の事いっぱい知っていそう。


「えっと、あの……明日おに……男の人とデートに行くんですが、その人に私の事好きになってもらいたくて……男の人に好きになってもらういい方法みたいなのありますでしょうか?」

 だから勇気を出して質問する。

 お兄さんに私の事を好きになってもらうために、私にメロメロになってもらうために。


「ほ~、そう言う事ね……全く優ちゃんめ、あいつもモテモテだな……そう言う事ならお姉さんに任せなさい! 紬お姉さんは男の人とはいっぱいお付き合いしてるからね!」


「た、頼りになります!」


「ふふふ~ん、頼りにしてよね~……そうだね~、まずは名前呼びから始めないといけないかな~? まずは名前で呼ぶところから始めてみよ~!」


「な、名前、ですか? 確かにおに……デートに行く人も私の事咲綾ちゃんって呼んでくれてますけど、でもいきなり名前は……」


「大丈夫、大丈夫! 名前くらいはスタートラインだよ! そうだね~、私は優ちゃんって呼んでるし、咲綾ちゃんは優也さんって呼ぶのはどうかな?」


「そ、そうですか。それなら私も優也さん……って紬さん!? な、何で私がお兄さんとデート行くって知ってるんですか!?」


「ふふっ、バレバレだよ、咲綾ちゃん! 友達のお兄さんの事が好きなんて、咲綾ちゃんも隅に置けないな~、なんて思ってた!」


「ぷええ……」

 得意げにそう言われて少し口から魂ふよふよ。

 すごいです、紬さんは洞察力も半端じゃないです。


「ふふっ、まあ優ちゃんの事なら私に任せなされ。名前で呼ぶところから始まって~、次はギュッと抱き着いてみたり!」


「ぎゅ、ぎゅー!? お家ならともかくお外でそれはまずいんじゃ……」


「も~まんた~いだよ~! 優ちゃんは鈍感で~、不意打ちに弱いから! だから優ちゃんには抱き着き攻撃が効果抜群なんだよ~! あとはパンツだね~!」


「な、なるほど。この前も確かに……ってぱ、ぱんつ!? ぱんつ、ですか!?」


「うん、パンツ! 男の子はね~、パンツ大好きだから優ちゃんも多分パンツ大好きなはず! 思い切って見せてあげたらきっとメロメロ、仲良しになれるよ~!」

 そう言ってふよよ~ん、と楽しそうに笑う紬さん。


 な、なるほど、パパパパンツですか……でも見せるのは恥ずかしいですし、それに私はそんなえっちなパンツ持ってないですし……


「う~ん、それなら買いに行こ~! 男の子はね~、女の子のパンツとか選ぶの大好きだし~、自分が選んだパンツを履いているとものすごく喜んでくれるんだ~! 私の彼氏もね~、この前一緒に買いに行ったえっちパンツをお家で履いてたらすっごく喜んでくれて濃厚な夜を過ごしたよ~! 優ちゃんも~、喜んでくれると思うよ~?」


「ふえっ、濃厚な夜って……えっちです! 紬さんはえっちです!」


「ふふふっ、紬お姉ちゃんは最初からえっちだよ~? 取りあえず咲綾ちゃんがやるべきことは①名前を呼ぶ、②抱き着く、③パンツ! だね~! 頑張れ咲綾ちゃん!」


「は、はい! が、頑張りまふ! あ、ありがとうございました、紬さん!」


「どいたまどいたま~! それじゃ~、頑張れ~! ほいじゃ~の~!」

 相変わらずののんびりした声で紬さんとの電話が切れる。


 ……なかなか刺激的な内容でした。

 これをすればお兄さんとそんなえっちな……でも、そんな、まだ私たちには……お、お兄さんそんなとこ汚い……えへへ、お兄さん……ふへへ……お兄さん、大好きです。



「……ホント優ちゃんモテモテだね~、昔から。ホント昔から……ホントモテモテなんだから」



 ☆


《そして現在》


「優也さんに咲綾のパンツ選んでほしいんです……派手なやつでもあみあみのやつでも紐のやつでも黒でも白でも赤でも……優也さんの好きなようにしてください。咲綾の事、好きにしてください」

 肩をちょこんと預けた咲綾ちゃんが少しえっちなランジェリーショップの前で上目遣いで俺の方を見ながらそう言う。


 え、パンツ選んでほしいって……え!?

「さ、咲綾ちゃん、こう言うのは、えっと……ちゃんと、その何というか、えっと……あの、本当に好きな人というか、付き合ってる人というか……」


「御託は良いんです、優也さん。咲綾は優也さんに選んでほしいんです! 優也さんの好きなように咲綾の事、着飾ってほしいんです。優也さんの趣味に咲綾、合わせますから……だから選んでください」


「きょ、兄妹でパンツ選ぶなんておかしいよ!」


「……私たち、本当の兄妹じゃないです……だから、大丈夫です……お、お願いします、優也さん……そ、その、私のパンツ……お願いします……」


「……咲綾ちゃん」


「え、選んでください……わ、私は優也さんの選んだパンツが履きたいんです……」

 相変わらずの上目遣いで俺の方を見る咲綾ちゃんの瞳はまっすぐで、その真っ黒な目は曇りなくまっすぐ俺の方を見つめていて……でもよく見ると奥の方の怖さや恥ずかしさといった感情が時間差で徐々に浮き出てきていて、顔も徐々に熱さを増して、赤く染まっていって。


「……本当に咲綾ちゃんはここに行きたいの? 俺と一緒にパンツ選びたいの?」


「も、もちろんです……ほ、本当に優也さんに私は、私のパンツを……でも、その……」

 最初に着いたときの勢いはもう無くなっていて、今はいつも通りの少しオドオドしている恥ずかしがり屋の咲綾ちゃんの声で。

 強い言葉で自分を着飾ろうとしてるけど、薄い鉱石のようにその表面はぺりぺりと剥がれかけていて、自分の本音が溢れそうになっていて。


「……長岡紬か?」


「……ふえっ!? な、何でここで紬さんの名前が……か、関係ないです! 紬さんんは何も……!」


「……やっぱり」

 俺が長岡紬の名前を出すと急にあわあわと両手をブルブルと振りながら慌てだす咲綾ちゃん……あんのパンツ大好きビッチな女の子どこまで俺に干渉するんだマジで!


「やっぱりって……わ、私は紬さんには何も……」


「……おおかた、長岡紬にこう言われたんでしょ? 『男の人はパンツ大好きだから一緒に買いに行けば喜んでくれる! だからパンツだ、パンツ!』的な……そう言う事言われたんでしょ、長岡紬に?」


「いえ、別に、そんな……私はその、えっと……じ、自分の意志で……」


「……俺はね、咲綾ちゃんに純粋に楽しんで欲しいだけなんだ。今日の咲綾ちゃん全体的に無理してるって言うか、無理にキャラ作ってるというか、そんな風に見えるから。咲綾ちゃんにはもっと自然体で楽しんで欲しいんだ。無理せずに、自然体で楽しく、ね? 咲綾ちゃんが本当に楽しくて、心から笑顔になれる事しよ?」


「だ、だからわ、私は……その、本当に……全部、自分の……」


「自分の意志で楽しんでる子はそんなに顔真っ赤にならないし、身体も震えないし……それにそんな必死で頑張ってる顔じゃなくて笑顔なはずだよ」


「あうぅ……お兄さん……んっ、おにいさぁん」

 真っ赤な顔でおどおどと身体と言葉を震わせる咲綾ちゃんの頭を撫でながらそう言う。

 長岡紬にどんなこと言われたか知らないけど、でもこうやって無理に自分を偽るのは良くない。人間無理せず楽しい時は楽しく生きなきゃね……それにこんな顔咲綾ちゃんらしくないし。


「だからこの後は咲綾ちゃんが楽しめるところ行こ? ほら、この下の階に咲綾ちゃんの大好きなサンリオショップあるからさ、そこ行こうよ」


「……でも、そこ行っても楽しいの咲綾だけです。お兄……優也さんは全然楽しくないです、咲綾とサンリオショップ行っても楽しくないですし……私は優也さんにも楽しんでほしくて……」


「別に楽しくなくないよ、俺もサンリオ嫌いじゃないし。それに咲綾ちゃんが楽しんでいれば俺も楽しいし。俺は笑ってる咲綾ちゃんが好きだから。だから行こ、シナモンロールが待ってるよ」


「……ひゃい……行きたいです、優也さんと、サンリオのお店!」


「ふふっ、良い返事! それじゃあ行こうか」

 満面の笑みで返事してくれた咲綾ちゃんの小さな手をギュッと取ってそのまま下の階へ向かう。



「……本当に楽しいですか? 咲綾と遊ぶの楽しいですか?」


「うん、楽しいよ。咲綾ちゃんと遊ぶのすごく楽しい、笑顔の咲綾ちゃん見るとすごく嬉しい……あと、これはアドバイスみたいな感じだけど、男の子と遊ぶ時はパンツとかそう言う下着類の話はやめた方が良いと思うよ!」


「……本当ですか? 紬さんは、あの……」


「やっぱり紬の差し金だったんだね……だって、急にそんな事言われてもちょっと引いちゃうし。それにあんまりパンツの現物が好きじゃない人もいるからね」


「なるほど……優也さんはパンツ好きじゃないんですか?」


「俺? 俺はあんまり好きじゃないな……って何?」


「……太鼓の達人です。優也の背中で太鼓の達人です」


「……頭はバチじゃないんだよ、咲綾ちゃん。あんまり頭突きしないで、背中が壊れちゃう」


「……ドンドン、ドンドン」


「たまにはカも入れてよ……」



 ~~~


「優也さ、これ買いませんか? このシナモンのキーホルダー、今日遊びに行った記念で、お揃いで……ダメ、ですか?」


「ダメじゃないよ。可愛いね、このキーホルダー」


「えへへ、嬉しいです……優也さんとお揃い、嬉しいです!」

 そう言った咲綾ちゃんの顔には満面の笑みが浮かんでいて……うん、やっぱり咲綾ちゃんはこの顔が一番!



 ★★★

 明日は昼に短い話+夜に長い話になる予定です。

 感想や☆やフォローなどしていただけると嬉しいです!!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る