第17話 咲綾ちゃんは意識してほしい
「……ところで優也さん、今日の服どうですか? 咲綾に似合ってますか、可愛いですか?」
咲綾ちゃんとお出かけの日曜日、俺の方に駆け寄ってきたキャラメル色のジャンスカに真っ白なブラウスを合わせた咲綾ちゃんが、裾を持ってくるりと目の前で一回転する。
少し恥ずかしそうにはにかみながら、でも自信満々にむふふんとしている表情も隠しきれていなくて。
「……うん、すごく似合ってるよ。めっちゃ可愛い」
いつもはもう俺の家になれてしまって、ラフで少し地味な家着が咲綾ちゃんの服装として定着しているけど。
でも今日の服は何というか、いつもの家着の数倍は気合入ってるような、ロリポップで可愛いオシャレな格好で、プリティーでチャーミングな中学2年生にしてもキュートな体格の咲綾ちゃんに良く似合う格好で。
つまり可愛いです、咲綾ちゃんはもとの素材も凄く良いから本当によく似合ってて可愛いと思います!
「えへへ、褒め過ぎですよおに、優也さん、そんな褒めないでください……優也さんとデートだから気合い入れて新しいの買ったんです、色々試行錯誤して買ったんです……だから褒めて貰えてすごく嬉しいです……ゆ、優也さんの服も、すごく似合ってますよ……えへへへ」
俺の言葉を聞いた咲綾ちゃんはてちてちと足踏みしながら、少し色づいたほっぺに手をやってくねくね嬉しそうに身体を震わせる。
そんなに楽しみにしてくれてて、喜んでもらえるなら良かった……って優也さん?
「ふふっ、ありがとね、咲綾ちゃん。それで急にどうしたの、俺の事優也さん、って名前なんかで呼んで。なにかあった?」
「えへへ、もうお兄さんったらぁ、もうダメですよ、そんなところ……ふえ? あえ、えっと……な、何の話ですか?」
「なんで俺の事急に優也さん、なんて呼びだしたのかなって。いつもはお兄さんだし、ちょっと違和感あるから。それに咲綾ちゃんも無理してる感じちょっとあるし」
さっきから言葉に詰まっていつもの呼び方が出そうになってるし。
だからなんか無理してるのかな、って。
「いえ、無理なんかしてません。その……なんか変じゃないですか、二人で出かけてるのにお兄さん、呼びって。だって私たち兄妹じゃないですし、優也さんと私はその、えっと……一人の女の子と男の子なわけですから。だから名前で呼んだほうが良いのかな、って思いまして……め、迷惑でしたか?」
「ううん、迷惑とかじゃないけど。咲綾ちゃんが無理してるならいつも通りでいいよ、って思ってね」
「だ、だから無理はしてないです! その、私は平気ですから……だから今日一日は優也さん、って呼ばせてください」
そう言って少しうるんだ不安げな上目づかいで俺の方を見上げてくる。
その瞳にはなんだか有無を言わせないような迫力と、でも間違えると壊れてしまいそうな年相応の儚さが混在していて……咲綾ちゃんが無理してないなら別に俺はどんな呼び方してもらっても構わないよ。
「はい、それじゃあ……今日はよろしくお願いします、優也さん」
「うん、よろしく咲綾ちゃん。それじゃあ行こっか」
「はい、優也さん……えへへ、優也さん♪」
楽し気に足を弾ませて、少し大股で俺についてくる咲綾ちゃん。
あ、ちょっと歩くペース早かったかな?
「大丈夫ですよ、おに、優也さん。咲綾がお兄さんに合わせますから、ついていきますから」
「ダメダメ、それじゃあ咲綾ちゃん疲れるでしょ? 時間はたっぷりあるんだしのんびり行こうよ」
「……へへへ、それじゃあ優也さん、私のペースでのんびり、行かせてください」
ニコッと可愛く、嬉しそうな笑みを俺に向けてくれた。
「……そう言えば咲綾ちゃん、この前は妹が良いなんて言ってなかった? 本当に俺の事名前で呼んで大丈夫? お兄さんの方が良いんじゃない?」
「え、あ、そんな事言ってましたね……でもそれはそれ、これはこれです。今日はその二人でお出かけ、で、デートなので、優也さんは……い、いじわるしないでください、優也さん!」
「あはは、ごめんごめん」
「も、もう……」
「……優也さんは鈍感なんですから」
☆
「うわー、人やばいな。なんでこんないっぱいおる?」
日曜日の昼間ってのはわかっていたけど人が多い。
今日もお昼時とだけあって、俺たちの目的地のカフェまでの道にはたくさん人がぞろぞろと混雑しあって歩いている。
「咲綾ちゃん大丈夫? ちゃんとついて来てる?」
「だ、大丈夫です! 人混み、あんまり好きじゃないですけど、でも優也さんが私に合わせてくれたおかげで何とか……ぎゅ、ぎゅー」
少しおどおど緊張した様子の咲綾ちゃんは、ふーと小さく息を吐くとそのまま俺の腰元にぎゅー、っと抱き着いてきて……!?
「さ、咲綾ちゃん? ど、どうしたの急に?」
「そ、その……ま、迷子になったら困る、ですから! そ、そのこんなに人多いの私怖いですし、それに迷子になったら優也さんとデート一緒に出来ないですし……だ、だから、こうやってぎゅーってすれば絶対に優也さんから離れなくて、それに優也さんで安心するから人混み怖くなくて……だから、その……ぷへぇぇ」
俺の腰に引っ付いて強がった話し方でそうは言うけれど、でも声はどこか震えていて、顔は真っ赤で頭からは湯気が出ていて。
恥ずかしそうにどこかしんどそうにぷえぷえ声が洩れていて。
「咲綾ちゃん、誰に何言われたか知らないけどそんなに無理して頑張らなくていいよ。俺は咲綾ちゃんが普通に楽しくしている方が嬉しいし。それにこの格好は俺も恥ずかしい」
「そ、そんな無理なんてしてないです……そ、そのはぐれないように、するために、ぎゅーって、だから、私はそんな恥ずかしくなくて……ぷしゅー」
「……友達に何か変な事吹き込まれたのかもしれないけど今日一緒にお出かけ……デートする相手は俺だよ。だからそんなに頑張らくなくて良いって……んっ」
「……ち、違います、私は優也さんだから、その……え?」
腰に抱き着いていた咲綾ちゃんをよいしょ、と引きはがしてんっ、と左手を差し出す。
ぷーぷーと泣きそうな赤い瞳の咲綾ちゃんはその手を見てキョトンと目を丸くして、素っ頓狂な声をあげて。
「ほら、はぐれないようにするんだったら手つなご? 昔みたいにこうやって手つないだらはぐれないよ、きっと」
「……優也さんはいじわるです、ずるいです……でもお言葉に甘えます。優也さんの手、ぎゅーってしますね」
ぶつぶつと文句を言うように口を動かしながら、でも俺の出した手をギュッと小さな手で握り返してくれる。
ポカポカ温かくてふよふよ柔らかい、優しい感覚。
「……優也さんの手相変わらず冷たいです、小さい頃から何も変わってないです。あの怖くても安心した、嬉しかった優也さんの手です……えへへ」
「あはは、ありがとう。咲綾ちゃんこそ何も変わってないと思うよ……あんま覚えてないけど」
「えへへへ、優也さん……む、それは私が子供のままってことですか? ずっと子供のままで成長していないって事ですか?」
「そう言う事じゃなくてだね……」
「私だってもう中2なんですよ。冬華ちゃんと同い年なんですよ……だから妹だけじゃなくて、その……ちゃんと女の子としても……」
「ん?」
「な、何でもないです! あんまり子供扱いしないでください、ってことです!」
「してない、してない、そんな事」
「どうですかね、ちょっとぷくーですけど……じゃあ、その言葉信じますよ! 咲綾の事ちゃんと大人の女の子として……えへへ、行きましょう優也さん! 目的地、どこでしたっけ?」
にへへ、と嬉しそうに笑って俺の手を引く咲綾ちゃんのカバンでシナモンロールがふんわり揺れる。
「……待ってよ、咲綾ちゃん。俺が案内するから咲綾ちゃんは俺について来て」
「えへへ、それじゃあエスコートお願いしますね優也さん! 私は大人の女の子ですから!」
☆
「……ここですか? ここが目的地ですか?」
「うん、そうだけど……どうかした?」
二人で手を繋いで歩く事数分、人もまばらになってきたところでようやく目的地のカフェの前に着く……ついたのは良いんだけど、咲綾ちゃんの顔がちょっと怖い。なんかすごい訝しげにこっち見てる。
「いえ、その……これ本当に優也さんが行きたい場所ですか? 本当に優也さんが私とか冬華ちゃんと一緒に行きたかった場所ですか?」
「う、うんそうだよ。俺の好きなアニメのコラボカフェやってるみたいでね、それに咲綾ちゃんと行こうかなー、って! 特典もらうには男女で行く必要があったから! だから咲綾ちゃんと一緒に行きたいな、って!」
嘘です、俺このアニメ興味ないです、見たことないです。
昨日なんかあった時用にちょっとだけネットの評判見ただけです。
「ん~? ん~?」
「ほ、ホントだってぇ」
そんな俺の瞳の奥の嘘が見えるのか、咲綾ちゃんはジーっと俺の方を見つめてきて。
ジーっとジーっと、何も見逃さないように俺の方を見つめてきて。
そのままジッと俺の方を見つめた後、小さくため息をついて今度はキリッとにらんできて。
「……優也さん、ハメましたね。私の事利用しましたね?」
「……え、いや、そんな……」
「嘘つかないでください……これ、朱莉さんですよね? 朱莉さんに頼まれたんですよね、朱莉さんが欲しいんですよね……私の事は利用したんですよね?」
そう言って、ギロっと怖い目で俺の方を睨む。
……その通りだけど、でも利用しようとかそんなことは思ってないから!
★★★
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