第16話 過去の二人は楽しそうに過ごし、咲綾ちゃんはデートのためにおしゃれする

《過去の話》


 太陽が燦燦と照り付け、むんむんと暑い空気が漂う7月のある日。

 こんな日には身体も心も暑さでまいっちゃいそうになるけど、でも俺の心は雲一つない晴れやかな青空みたいに澄み渡っている。


「うーん、やっとテスト終わった! 今回は出来も良さそうだし最高にハイ! ってやつだ!」

 帰宅する人、部活に行く人でまばらになった教室の隅っこの自分の席で身体をうーん、と伸ばしながら俺はそう呟く。


 今日でテストは終了、これで1学期の主要行事はほぼ完了、来週から夏休み!

 それに今日は先生が休みで部活ないし、この後はゆっくり……


「ぴょこーん……ね、ねえねえ優也。そ、その、今日私の家来ない? 久しぶりに優也と遊びたいんだけど……ど、どうかな? 今日お父さんお母さん居ないし」

 家で休もうかな、なんて思っていると、ひょこっと机の下からおずおずとそう聞いてくる声が聞こえる。


「ふふっ、ぴょこーんって何だよ朱莉。まあそれはそうとして、朱莉の家で遊ぶのは俺も賛成かな! 良いよ、ぜひ遊びましょう!」

 机の下から子供のアザラシみたいに少し恥ずかしそうに顔を出す小学校からの幼馴染の西塚朱莉にそう言って手を伸ばす。

 そう言えば最近朱莉とあんまり遊んでなかったし、今日くらいは一緒に遊ぼうかな!


「ぴょこーんは登場のBGMだよ、優也……えへへ、一緒に遊んでくれるなら嬉しいな。そ、それじゃあ優也一緒に帰ろ……おわっ!?」


「大丈夫か朱莉!?」


「うん、大丈夫。ちょっと足がずきゅーんってなっただけだから……えへへ、ありがとう優也。優也の手、ひんやりしてて今の季節にピッタリ……ふふふっ、こうしたらもっと気持ちいい……えへへ」

 立ち上がろうとして倒れかけた朱莉の手を掴む。

 すんでのところで手を掴み返した朱莉は掴んだ俺の手をそのまますりすりと自分のもちもちほっぺにすり合わせて……おいおいおい。


「朱莉、ここ教室だよ、家じゃないよ。他にも人いるよ」


「えへへ、優也……あえ!? あや、うよ……あやや!」

 緩んだ顔ですりすりとほっぺを手で撫でていた朱莉が、俺の言葉にキョロキョロと周りを見渡して、可愛い奇声をあげながらうずくまる。

 その顔は羞恥に真っ赤に染まっていて……もう、相変わらずの恥ずかしがり屋だな、朱莉は。あんまり周りの人も気にしてないけどね。


「だ、だってぇ、優也が手握ってくれたんだもん、そんなのお家だと思うちゃうもん……学校じゃこう言う事出来ないもん、は、恥ずかしいもん、こんな……二人の時なら大丈夫だけど他に人がいると……ぷえっ」


「ふふっ、恥ずかしいなら気をつけてね。俺もちょっと恥ずかしかったし……それじゃあ帰ろ、今日はまだ冬華も咲綾ちゃんも帰ってないしお昼も一緒に食べようよ」


「そ、そうだね……ゆ、優也は今日はお弁当? それとも何か作ってほしい?」


「今日はお弁当だよ。あ、もしかして朱莉はお弁当ない感じ?」


「ううん、私もお弁当。それじゃあ今日はこのまま私の家だね……えへへ、お弁当も一緒だよ優也。その後デザートにかき氷作ってあげるね」


「お、それは嬉しいね! 新しいかき氷機、去年買ってたもんね」


「うん、それ今年も使うの。シロップも氷もいっぱいあるから何でも使っていいよ、美味しいかき氷食べ放題だよ、優也……冬華ちゃんにもあげようね」

 そう言ってまだ少し赤い顔でニッコリ微笑む。

 かき氷、あれで作るとすごくふんわりなるから大好き、冬華も大好きって言ってた。


「えへへ、私も大好きだよ。それじゃあ一緒に帰ろ、優也」


「うん、帰りましょ。外は暑いから倒れないようにね」


「むー、そんな貧弱じゃないよ私は! 私も強いからね!」

 少し唇を尖らせながら、それでも楽しそうな表情でルンルンと軽いステップで廊下を歩く朱莉の後ろを追いかける。


 外から聞こえるのは大きなセミの鳴き声、青い木々の揺れる音。

「もう、優也何してるの? 早く帰るよ?」

 そして半袖の幼馴染の腕に浮かぶ玉の汗……もうすっかり中2の夏も真っ盛りだ。



「……んっ」


「……ん? 朱莉どうしたの?」

 学校を出てしばらく歩いた人通りの少ない道に入った時、隣の朱莉がギュッと俺のカッターシャツの裾を掴んでくる。


「……んんっ」


「本当にどうしたの? そこ掴まれると歩きにくいんだけど?」


「んーんっ」

 歩きにくいから離してもらおうと思ったけど、でももじもじと揺れる朱莉の小さな手は俺のカッターシャツを離してくれなくて。

 相変わらずりんごみたいにほっぺを赤く染めてギュッと裾を掴み続けていて。


「もう、離してよ朱莉」


「ヤダ」


「なんで?」


「だって、その……ホントはギュッとしたいけど、ここまだお外だし。誰かに見られたら恥ずか死んじゃうし、だからその、これくらいは……」


「ん? 朱莉?」


「……ん~、もうバカ! ばか優也! ばかばかばかばかばか優也!」

 もごもごと口をまごつかせた後、小学生みたいに可愛く罵倒しながらぽこぽこと俺の身体を叩いてくる。


「もう、何朱莉?」


「うるさい、ばか! ばか優也……これくらいいいでしょ、服ギュッとするくらいいいじゃん……ぽこぽこ」


「別に悪くはないんだけど。歩きにくいからさ」


「……それくらい我慢しろ、ばか優也。お家帰るまでだけだから」

 ふにゃふにゃとした声とパンチで俺を叩きながら、上目遣いでそう言って。


「わかった。家までだけだよ」


「えへへ、最初からそうしとけば……」


「お~い、お二人さん! 相も変わらず仲良しですね~、羨ましい~!」


「ぴやっ!?」

 俺の裾をもう一度掴もうと朱莉が手を伸ばしたと同時に背中の方から聞き覚えのある声、そして奇声をあげてササっと俺から離れるいつもの朱莉。


「にゃはは~、そんな警戒されると悲しいよ~朱莉ちゃ~ん! 私だよ、私長岡紬! 二人を見つけたから~。ちょっと声かけたの!」


「あ、紬ちゃんか……ちょっとびっくりしちゃった、ごめんね、紬ちゃん」


「も~、ホント悲しいよ~朱莉ちゃん! ところでところで、お二人はどちらへ? 今お帰りの時間ですか?」

 悲しい、とは言いながら全然そうは見えない表情の紬がコテンと首を傾げて聞いてくる。紬もいつもこんな感じだよね。


「うん、今帰りだよ。紬は私服ってことはもう家帰ったの?」


「はい、そうだよ~。紬はもう帰宅済み~、近年まれに見る高速移動~」

 そう言ってササっと露出の多い服で反復横跳びのような動きをする紬。

 何というか、やっぱり紬はどこか大人っぽくて、それに色々……おっとっと。この話は今することじゃないな。


「こんなところで反復横跳びはやめなされ。ところで紬、今から時間ある? これから朱莉と家で遊ぶんだけど紬も来ない? 良いよね、朱莉?」


「……え、あ、うん! つ、紬ちゃんも来てくれると、その嬉しい、な!」


「……ふふふっ、そうしたいのはやまやまだけど~、私は蓬生姉さまにお買い物を頼まれてますゆえ~! だから参加できな~い、二人でらぶらぶ遊んでね~!」

 ちらちらと俺たちの表情を確認するように見ていた紬がそう言ってニカっと笑う。

 ラブラブって……そんなことはしないよ。


「そ、そうだよ、紬ちゃん……ら、らぶらぶなんて私たち……」


「仲良くしなよ~、ってこと~! それじゃあ二人ともさらば~!」

 ひょこっと手を挙げてそのまま俺たちの家とは逆方向に走り去っていく。

 ……あんな露出多いとちょっと心配なるな、紬の事。


 そんな事を考えていると隣の朱莉にわき腹をつんつんつつかれる。

「……ゆ、優也早く帰ろ。あ、暑くなってきた」


「ははっ、俺も。ちょっと急いで帰ろうか!」


「う、うん……んっ」


「……歩きにくいけどまあいいか」

 歩き出した俺のシャツの裾を掴んだ朱莉を隣に感じながら、セミの鳴き声とアスファルトの匂いの帰り道を歩いた。



 ☆


「おら、優也! おらぁ!」


「ちょ、朱莉強い! やばい、負ける負ける!」


「おりゃ、最後の一発……よっしゃ、私の勝ち!!!」

 クーラーの効いた部屋でドンキ―で俺のカービーを吹っ飛ばした朱莉が小さくガッツポーズをする。


 あの後朱莉の家で一緒にご飯を食べて、かき氷機はおじさんが会社に持っていってたから使えなくて、泣く泣くパピコを二人で分けた俺たちは二人でスマブラで遊んでいた。

 やっぱりこのゲームはいつやっても面白いね……そして朱莉は強いや、マジで勝てない。


 勝者の朱莉は嬉しそうに頬を緩ませて、俺の方を見つめる。

「えへへ、また私の勝ちだ……ねえねえ、優也。私勝ったから優也私の言う事聞いてよね?」


「そんなルール決めたっけ?」


「今私が決めたの。良いでしょ、大丈夫だよね?」


「まあいいけどさ」


「うへへ、それじゃあ何しよっかなぁ……そーい……ふへへへっ」

 るんるん楽しそうに口を綻ばせた朱莉はぴこーんと何かを思いついたように手を叩くとそのまま俺の胸にダイブしてきて……!?


「ちょ、あ、朱莉!?」


「えへへ、優也……んっ、優也の身体大きくて安心する。それになんだかひんやりしてて気持ちいい……えへへゆうやぁ」

 突然ギュッと抱き着いてきた朱莉は俺の言葉も聞こえていないように顔を甘える猫のようにこすりつけてきて。

 背中に手を回して全身で俺の身体に密着してきて。


「ちょ、朱莉、これは何してんの!?」


「えへへ……優也、何でもしてくれるって言ったじゃん、だからギューッてするの。優也も私の事ギューッてしてよ、優也? んっ……」


「いや、でもこれは流石に……」


「幼馴染だから良いでしょ? それに私最近寂しかったんだからね……優也部活とかテストとかで全然私の事構ってくれなくて、一人で寂しかったんだから……だからお願い優也」

 ギュッと俺に抱き着いた朱莉はそういじらしい声で言って、俺の胸にもう一度顔を埋めて身体をゆらゆら揺らして。

 最近妙に女の子っぽくむちむちなった朱莉の身体が揺れるたびにふにふに当たって、なんかもう……ちょっとやばいです!


「朱莉、ちょっともう……」


「ヤダ、離れない。優也もギュッとして」


「……しょうがないなぁ」

 ……どうやら俺は朱莉に甘すぎるところがあるみたい。

 こんな感じでお願いされたら断れないもん、ギュッとしちゃうもん。


「んっ……んあっ、優也……ふふふっ……嬉しいな、気持ちいな……えへへ、優也」

 言われたとおりに背中をギュッとすると骨ばった感覚とともに朱莉から嬉しそうな声が聞こえる。

 まあ、朱莉が喜んでくれてるならいい……のかな?


「うん、喜んでいいの。私もすごく嬉しいから……ねえねえ優也、耳はみはみしていい? 優也の耳たぶ、はみはみしていい?」


「え、耳たぶ? な、なんで?」


「だって優也の耳たぶふにふにで大好きなんだもん。ふにふに柔らかくて大好きなんだもん……だめ、優也?」


「……ちょっとだけだよ」


「ありがと、優也。それじゃあいただきます……あむっ」


「んあっ!?」

 にへへと笑った朱莉はんー、と口を伸ばして俺の耳たぶにふにゅっと唇で挟む。

 はむはむされるたびにどこか心地いい、力の抜けるような感覚が身体を走って……あ、やばいですこれやばいです!


「んっちゅ、んっ、あむっ……んっ、んんっ、はむっ……」


「ちょ、朱莉そろそろ……」


「んーんっ! んんっ、はっ……ちゅっ、んんっ……ん~んっ!」


「あ、あかりぃ……」

 俺の耳たぶをはみはみする朱莉は、俺の言葉にふるふると首を横に振って、そのままはみはみし続けて。

 可愛い声をあげながら、嬉しそうで楽しそうに俺の耳をはむはむし続けて。


「んんっ、んっ……ぷはっ……えへへ、優也ごちそうさまでした……あれぇ、優也顔真っ赤だよ、照れてるの?」


「照れてない、暑いだけ……だ、誰のせいだと思ってんだ! 朱莉だって顔真っ赤だぞ! りんごより真っ赤!」


「だって優也の耳たぶ大好きなんだもん、優也も……ねえねえ、もう片方の耳たぶもはみはみしていい?」


「だ、ダメ! ダメに決まってるだろ、もうおしまい!」


「むー、優也のケチ! それじゃあもっとギュッとしちゃうもんね、ぎゅーっ!」


「も、もう……しょうがないな、朱莉は」

 少しすねたようにギュッとさらに俺に抱き着いてくる朱莉の背中を撫でるように俺も抱き返す。


「えへへ、優也……ねえ優也、また遊ぼうね。その、私優也と遊ぶの……大好きだから。幼馴染で一緒に遊ぶの好きだから」


「……俺も。もちろん、また遊ぼ」


「えへへへ……えへへへ、ゆうや~」


 ……そう言ってすりすり頭を身体を押し当ててくる幼馴染との日々が、紬や他の友人と過ごす日々がずっと続くと思ってた。

 学校とか外では控えめで恥ずかしがり屋だけど、俺と二人の時は積極的で甘えたがりな幼馴染との生活がずっと続くと思っていた。


「ただいまー」


「おー、お兄ちゃんお帰り!」


「お兄さん、お帰り、なさいです」


「ただいま、咲綾ちゃん。ゆっくりしてってね!」


「お兄ちゃん、私もいる! 冬華もお帰り言った!」


「わかってるよ、それくらい。冬華にもただいま」


「へへへ、最初からそう言え! ところでまた朱莉姉のとこ行ってたの?」


「うん、そうだよ。明日も行くかも」


「えー、つまんない! お兄ちゃん、私とも遊べ、もっと遊べ! 咲綾もそう思うよね!」


「え、あ……私もお兄さんと遊び、たいです」


「……今日の夜遊んであげるから勘弁してよ」

 でもそんな日々は突然終わりを告げて。


 夏休みが始まるその日、朱莉は部屋に閉じこもって出てこなくなった。



 ☆

《ここから現代》


「あれ、お兄どこ行くの? そんなおしゃれして?」

 朱莉の事でモヤモヤしてたけど、日はそんな事知らずに進んで。

 今日は日曜日咲綾ちゃんとお出かけの日。


「うん、ちょっとね。冬華こそ今日もデート?」


「えー、お兄は妹のそう言うの気になるの? キモー!」


「……別に気にしないけど」


「あー、嘘嘘ちょっとからかっただけ! ごめんね、お兄。本気にしないでよ、怒んないでよ?」

 自分で言っておいてわちゃわちゃと困ったように俺に向かって謝ってくる冬華。

 そんな事言うなら最初から言わんといてや。


「だってそれは……ってこの話はなし、終わり! 私も今日はデート、お兄もお出かけ! お互い楽しもうね!」


「何だそれ……まあ、そうだな。冬華もデート、楽しんで来いよ!」


「うん、楽しんできます! 行ってらっしゃい、お兄!」

 そう笑顔で手を振る冬華に俺も手を振って、咲綾ちゃんとの待ち合わせ場所に向かう。今日は日差しが強いな、まだ5月なのに夏みたい。




「よーし、時間は良い感じ。咲綾ちゃん、もういるかな?」

 集合場所に着くと時間は11時26分、集合時間4分前。

 咲綾ちゃんも行動は早い方だし、もういるかな?


 そう思ってキョロキョロと周りを見わたす。

 あの子は違う、あの子も……あ、いた!


「おーい、咲綾ちゃん!」


「……ん! あ、おに……! そっち行きますね!」

 俺の声に反応した咲綾ちゃんがとことことこっちに走ってくる。


「ごめん、咲綾ちゃん待った?」


「いえ、待ってません、今来たところです……ところで優也さん、今日の服どうですか? 咲綾に似合ってますか、可愛いですか?」

 そう言ったキャラメル色のジャンスカに真っ白なブラウスを合わせた咲綾ちゃんが、裾を持ってくるりと目の前で一回転した。



 ★★★

 今日は長いですが明日は短いです(多分)

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