第15話 隣の幼馴染は昔のように甘え、優也は葛藤する

「優也、優也……えへへ、優也」


「……な、何だよ、急に」

 ドン、と大きな衝撃に振り向くとベッドにダイブしたであろう朱莉が、俺の隣に寝転がってぶかぶかのTシャツの首元で口を隠しながら萌え袖で笑う。


「にへへ、びっくりした優也?」

 いつもの小癪なからかうような笑みでなくて純粋で楽しそうな、可愛い笑顔を俺の方に向けていて。


 隣数十センチの距離からはいつものどこか酸っぱいような変な匂いじゃなくて、優しい石鹸みたいな匂いとか女の子の甘い香りとか、そう言う香りが朱莉からふんわり香ってきて……何々何、本当に急にどうしたんだよ! 


「び、びっくりしたに決まってんだろ! 急にダイブしてくんな、地震かと思ったわ! てかなんで急にこっち来たんだよ!」


「えへへ、作戦成功だ……あのね、昔こうやってよく二人でお昼寝したな~、なんて思って。優也と一緒のお布団でお昼寝したな、って」

 そう言って昔思い出すかのようにクスクスと小さく、お上品に笑って。


 いつもの下品で下ネタばっかり言って行動に移す朱莉じゃなくて、引きこもる前の控えめで恥ずかしがり屋な可愛い頃の朱莉のように見えて……ああ、なんか調子狂うな! 顔が変わってないから何というか……調子が狂う!

「な、何だよそれ! それに俺朱莉と一緒にお昼寝した記憶なんてないし! そんな記憶ないんだけど!」


「あった、私は覚えてるもん……小学校低学年の頃、夏休みとかに一緒のお布団で寝たことあったじゃん。冬華ちゃんがいる時もあったけどその……4回くらいは一緒に寝た」


「4回って……そんなの覚えてるかよ! それにその頃って朱莉と知り合ったばっかのころだろ、そんな事本当にあったのか?」

 つんつんといじらしく人差し指同士を合わせながら、小さな声でそう言う朱莉に色々吹き飛ばすように大きくツッコミ。

 そんな少ない回数でしかも低学年の頃なんて覚えているわけないだろ!


「……優也はそうかもだけど私は覚えてたもん、絶対したもん、優也とお昼寝。優也との大事な思い出だったもん、幼馴染との思い出だもん、忘れるわけないもん!」


「そ、そうか、俺は覚えてないけどな!」


「バカ優也……あーあ、もうちょっと昔から幼馴染だったらよかったな……それならもっとこういう思い出いっぱいできて、優也も覚えてて……それに本当の生まれてからの幼馴染なら優也もきっと、もっと……」


「な、何だよ、言いたいことあるならはっきり言えよ!」


「うるさい! バカバカバカバカ優也! ばか優也!」


「痛い痛い、叩くな朱莉!」


「バカバカ! ばか優也、ポンコツばか優也!」

 もごもごと口を動かしながらくぐもった聞こえない声の朱莉にそう言うと、俺の事を罵倒しながらぺちぺちと頭を叩いてくる。

 別に痛くはないけどちょっと居心地が悪いです!


「ごめん、ごめん俺が悪かったよ……それで本当はなんで隣来たんだ? まさかこんな話するためだけじゃないだろ?」


「……ばか優也……私もマンガ読みたかったから。私もマンガ読むときベッドで寝転ぶ派だから、だからベッドにゴロンした」


「そのセリフはマンガの一冊でも手に取ってから言ってくれ」


「……優也が読んでるのが読みたかったんだ。私の本だぞ、それ」

 ピシッと俺の持ってる漫画の方を指さす。

 確かに朱莉の本だけどまだ俺読んでる最中なんだけど?


「それじゃあ優也と一緒に読む。優也の読んでるのと一緒に、私も読む」


「なんでそうなるんだよ、俺とお前じゃ読むスピード全然違うだろ。あと10分もすれば読み終わるからちょっと待ってろよ」


「ヤダ、今すぐ読みたい。読むスピードは優也に合わせる、優也と一緒に読めるようにする」


「……言った俺が悪いけど、そう言う意味でも……っておい、近い近い!」

 俺の答えも聞かずに、隣に寝転がっていた朱莉がコロンと寝返りを打って俺の方にさらに接近密着。


 ほぼ0距離まで来た少し頬を染めた朱莉が、俺の目を見つめてはにかむ。

「幼馴染なんだから大丈夫……えへへ、こんなに優也と近くにいるの久しぶりな気がする」


「そ、それはお前が学校来ないからで……ていうか離れろ、これじゃマンガ読めない! 暑苦しいから離れろ!」


「一緒に読む! だから良いでしょ、私は優也と一緒に読みたいんだ。だから優也の隣だ、私は暑くない!」


「……それはお前がそんな格好だからだろ。Tシャツパンツだからだろ」


「関係ない! 隣なの!」

 そう言って赤いほっぺをぷく―と膨らませる。


 ……別にいつもの朱莉だったら何とも思わないんだけど、今日の朱莉は何というか昔の朱莉というか、昔のような少し甘えん坊で俺から離れないようなそんな朱莉みたいに感じて……ああ、調子クルクル、わからんわからん、わかったよ! 


「わかった、この巻だけだぞ! この巻終わったら離れろよ!」


「でも優也次の巻も読むだろ?」


「読まない。今日はこれ読んだら帰る」


「もっといてもいいんだよ?」


「ダメ、これ読んだら帰る! これは決定事項!」


「ぷー……まあいいや……にしし、早く読もうよ優也」

 コロンと寝転がりながら、ゼロ距離の朱莉がくいくいとさらに顔を俺の方に近づけて、顔と顔がぶつかりそうなところでにししと嬉しそうに笑う。

 中学の時のあの時のような、朱莉が引きこもる前の二人とか、長岡紬含めて3人とかで遊んでた時のような純粋で嬉し楽しそうなキレイ笑みを浮かべて。


「わかった……邪魔すんなよ?」


「邪魔なんてしないよ……優也と一緒に読むだけだもん」

 そう言った声まで少し幼く聞こえて、やっぱりいつもとは全然違う朱莉で。



 ☆


「……優也読むの遅い。もうこのページ読み終えた。もっと早く読め、優也遅い」


「お前が読むの早いんだよ! 俺は遅くない、普通のペースだ……ていうか自分のペースで読みたいんだったら少し待ってろよ」


「やーです、優也と一緒に読む! ほら、早く読め早く読め!」


「……はいはい」

 朱莉が話すたびに、ふんわり甘い香りとかぽわぽわ熱い息とかが俺の顔の周りにほわほわ漂う。

 普段とはイメージの違う、昔に戻ったように顔を赤らめる甘えるような朱莉から発せられるそれらになんだか色々変な気分になって。


「……優也読み聞かせしろ。優也遅いから私つまんない、小学校の時してくれたみたいに読みきかせしろ」


「……ブルーピリオドで読み聞かせは無理あるって。それにつまんないならゲームしてろよ、もう読み終わるんだから!」


「だから! 優也と一緒に読むって言ってる! 読み聞かせもしろ、逃げるな卑怯者!」


「……卑怯者って。てか動くな暑苦しい! あと読み聞かせも絶対しない!」


「うー、優也のケチ! してよ、読み聞かせしてよ! うーうー、優也!」


「ったあー、抱き着くな! マジで暑いからそれはやめろ⋯⋯って耳はみはみもダメだ!」

 朱莉が動くたびに俺に身体の色々なところがぶつかって、昔のようにぎゅっと抱きつかれて耳をはみはみされて⋯⋯だから普段意識していないようなことまで意識してしまって。


 細っこくてお腹の方はちょっと骨ばっていてもっとご飯食べた方がいいんじゃないかとか思うけど、でも顔もほっぺももちっとまん丸で、脚も腕もムチムチしてるから運動した方が良いんじゃないかとか、意外と胸も成長してんだなとか……ってダメダメダメ、相手はオナニー大好きエロゲ中毒の朱莉だぞ!? 

 いくら幼馴染で今日は昔みたいに甘えんたがりで可愛い感じで、いつもみたいに変態行為はしないとは言え朱莉だぞ、相手は!


「でも優也の耳たぶ、ふにふにで好きなんだもん⋯⋯えへへ、優也あったかい……ふふっ、優也、顔赤い。照れてる?」


「照れてない、暑いだけ! 耳たぶは禁止だ! そ、それに朱莉こそ顔真っ赤だぞ、お前こそ照れてるんじゃないのか!」


「……私も暑いだけだし。別にそんなんじゃないし……ユウヤニギュッテスルノイイトカスキトカジャナイシ……」


「何言ってるかわかんないけど、暑いなら離れてくれ!」


「ヤダ、優也と一緒にマンガ読むってずっと言ってるし」


「それじゃあせめて抱き着くのやめて。これじゃマンガ読めない、続きも読めないから!」


「良いじゃん、別に……私たち幼馴染だよ? こうやって昔はしてくれた、耳たぶもはみはみさせてくれた」


「昔は昔、今は今……離れて、本当に!」


「んー、ゆうやぁ……」


「そんな顔してもダメ! 俺から離れなさい!」


「むー……わかった、ちょっと離れる。でも読めないから近づく」

 ぺしぺしと抱き着いてきた朱莉を追い払おうとするけど、でも甘えたがりの子犬のように一度離れてからもう一度俺の方にギュッと身体を寄せてくる。

 俺のTシャツ1枚という薄い障壁の下の身体を、惜しげもなく俺にギュッと密着させてきて。


「もー……本当に邪魔しないで、これじゃ読めない」


「邪魔してるつもりはない……優也と一緒に読んでるだけだもん。これくらいじゃないと読めないもん」


「それが邪魔なんだって……もう、朱莉……」

 隣で身体をくねくねさせながら、もちもちほっぺをくっつけて、ふわっと甘い息をかけてくる朱莉に何とも言えない声と共にページを進める。

 

 こんな状況で集中できるか……あ、暑苦しい!!!

 あとすきあらば耳たぶ狙ってくんな!



「……ねえ、優也」


「何だよ」


「……なんか今日の優也……ううん、何でもない」


「……何でもないなら声かけないでよ……」




 ☆


「よーし、終わり、帰る!」


「……待ってよ、優也」

 マンガを全部読み終えて、時間も良い感じになったのでピョイっと立ち上がって帰ろうとすると朱莉にギュッと服の裾を掴まれる。


「……もうちょっといていいよ、優也。ほら、久しぶりに二人でゲームしない? 私スマブラ久しぶりにしたい」


「……いや、今日は友達とゲームする約束してるし! だから帰る、今日は帰る!」

 そんな約束してないけど。

 でも今日は何か変な気分だし、今の朱莉もなんか変だし、とにかく早くここから離れたい!


「そっか……その友達は女の子? 男の子?」


「……お、男だよ! 大和屋和大、って言うんだけど上から読んでも下から読んでも漢字が同じで面白い奴!」

 ごめん、和大。嘘に利用した、勝手に名前使った。

 でもなんか朱莉が怖いから許して!


「ふふっ、そんな人がいるんだ」


「うん、朱莉が学校に来たら会えるぜ同じクラスだから!」


「それは無理。私は優也が……とにかくそう言う用事なら仕方ない。じゃあね、優也また明日」


「明日は行けないよ、土曜日だから。それじゃあまたいつか!」


「うん、またいつか……絶対来てよね、もう来ないなんてダメだぞ」


「わかってるって、大丈夫。じゃあな!」

 少し寂しげな瞳ではにかむ朱莉に手を振って、急いで階段を降りる。


「あら~、優也君もう帰るの?」


「はい、帰ります! サヨナラです、ありがとうございました!」

 そうおばさんにも挨拶して、冬華がデート中で誰もいない自分の家に帰る。


「ただいま……ふー、何だよ今日の朱莉……どうしたんだよ、マジで」

 昔は確かにあんな感じで俺にべったりな時期もあったし、引きこもる前もあんな風にちゃんと甘えることが多かったけど。

 あんな感じで普段は普通で控えめだけど、二人の時は積極的で……みたいな感じだったけど。可愛くて大切な幼馴染と思ってたけど。


 でも最近はもっとドライというか、俺に関心なく勝手に変態行為始めて……そんな感じで完全に変わってしまったと思ってたけど。

 昔の朱莉は完全に死んで、エロゲとか変態脳に侵略されてしまって、俺ももう呆れてあいつの事、どうしようもない(けど一応大切な)幼馴染以外何も思ってなかったけど。


 でもなんだか今日の朱莉は昔に戻ったというか、何というか……ああ、もうわからんわからん! 


「ああ、もう……って咲綾ちゃんから連絡来てる。返しとこ、今すぐ返そう!」

【日曜日楽しみですね、お兄さん! 何時集合ですか?】と来ていた咲綾ちゃんのLIMEに【11時半集合!】と返信しておく。


 そうだ、日曜日に咲綾ちゃんと出かけるんだ!

 今日の朱莉も多分なんか変なもの食べただけだと思うし、すぐに忘れていつもの変態幼馴染だと思って……でもこの用事も朱莉のためなんだよなぁ。



 ☆


「……なんか今日の優也可愛かったな。それに私にもいつもより優しくて……えへへ、これだったら優也ずっと来てくれるよね。私とずっと一緒だよね⋯⋯最近女の子がちらついて怖かったけどこれなら大丈夫だよね?」


「……優也はこういう私の方が良かったのかな? 昔みたいに甘えて、ちょっと控えめで……でも優也は、みんなはそう言う私は嫌いって、昔みたいな私はダメだって、面白くないって、可愛くなくて趣味悪いって……」


「……優也はえっちで少しさばさばしてる不思議ちゃんな女の子の方が良いんじゃなかったのかな? だって昔は紬ちゃんを……わかんないなぁ……でも今日は嬉しかったよ、優也⋯⋯えへへ、優也」



 ★★★

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