第13話 日和ちゃんは頑張りたい
「……わかりました。つまりその……優也様は私の事、嫌いってことですか?」
「……え?」
藤沢さんから絞る様に、泣きそうにな声で聞こえる言葉。
涙を大きな瞳にいっぱいに溜めて、ふるふると震えながら、俺の方をきゅっと見つめた藤沢さんがそう言って。
「……だって優也様の言ってることよくわかりませんわ。私をはぐらかそうとしている言葉にしか聞こえませんわ……優也様が私の事を厄介者扱いして適当にやり過ごそうとしているようにしか聞こえませんわ」
「いや、俺が言いたいのはそう言う事じゃなくて」
「それに優也様は積極的な女の子は嫌いとおっしゃりました」
「だから別に嫌いとかじゃなくて、その」
「おっしゃりましたわ! 優也様はそうおっしゃいましたわ……他の殿方とはほとんど関わったことはありませんし何も起きませんが、優也様相手では身体が動いて自然に積極的に動いてしまうんです。止めようとしても、止められても止まれなくて、優也様の顔を見るだけで、声を聞くだけで、匂いを感じるだけで……とろとろになって、ふわふわしてしまうんです」
「……」
「……私は優也様と運命で繋がってると思ってました。運命の相手だから身体が自然に動いて、自然に優也様を求めてしまって……優也様もそれにこたえてくれると思ってました。それにつーちゃんさんも優也様は積極的な女の子が好き、って言ってくれました。だからありのままの自分で優也様と結ばれると思ってましたわ。ありのままの自分で優也様と……でも優也様はいつも冷たくて、応えてくれなくて、で自分を止められなくて……その結果優也様は私の事嫌いになってしまいましたわ」
ぽつりぽつりと、悲しそうな震える声で。
泣きそうな顔でスカートの端をきゅっと絞りながらそう言って。
……ていうか俺積極的な女の子好きとか言った覚えないぞ、長岡紬には! まさか……いや、ないない。だってあの時も……話が逸れた。もとに修正しないと。
「藤沢さん、その俺は別に藤沢さんの事嫌いじゃ……」
「嘘ですわ、そんな嘘いりませんわ。今だって藤沢さんって……やっぱり優也様は日和の事嫌いなんですね……優也様と日和は運命じゃなかったんですね」
「ち、違うこれは癖で! むしろ俺はふ、日和の事す……」
「無理しなくていいですわ、優也様。大丈夫ですわ、無理されなくても……日和は優也様の、事、一番に考えてますから、だから、その、優也様が日和の事、嫌いでも日和は、諦め……諦め……諦め……ううっ……」
「……藤沢さん」
「ううっ……ぐしゅ……諦めないといけないのに、優也様が日和の事嫌いっておっしゃってるから諦めないといけないのに……でも無理ですわ。ずっと信じてましたもん、ずっと運命だと想ってましたもん、大好きですもん……ずっと、ずっと……今もまだずっと……」
「……日和」
「ぐしゅ、あうっ……あの日からずっと、うっ、運命感じて、大好きになって……お母さまに何度諦めろって言われてもずっと大好きで、運命の人だと想って、ようやく会えましたのに……こんなのやですわ、やですわ! 諦めないといけないってわかってますのに……やですわ、こんなのやですわ……やですわぁぁ……」
「……日和」
涙でキレイな顔を、制服をぐしゃぐしゃにしながら。
そんな事も気にしないという風に欲しいものをねだる子供のようにぺたりと地面に座り込んで、わんわんと大きな声で嫌だ嫌だと泣きじゃくって。
……違う、あの子なわけない。あの子なわけない、藤沢日和があの子なわけない。
だってあの子は黒髪だし、名前も違うし、顔も全然違うし、優也様なんて……それにあの子は藤沢日和のような大金持ちじゃない。
大企業の令嬢で、いつも高級車で学校に通って、俺の下駄箱に札束を突っ込める……そんな子じゃないだよ、あの子は。
だってあの子は……両親が死んで俺が引っ越す前の片田舎のおじいちゃんの家に引きととられた悲しい女の子だから。たまにお父さんお母さんの事を想って悲しい顔をする、そんな子だったから。
だから違う、絶対に違う、絶対に【アイ】じゃない、藤沢日和は【アイ】じゃない……それにもしそうだったらわかるから。
何度も会いに行って、でも会えなくて……俺だってずっと会いたかったもん。
俺もずっと【アイ】に会いたかったもん……だから藤沢日和は、藤沢日和は……
「やですわ、優也様、優也様……やですわ、大好きですもん……優也さまぁ……」
「日和、落ち着いて。ちょっと俺の話聞いて。俺の話真剣に聞いてほしい」
「……優也さま?」
泣きじゃくっていた日和の肩を掴んで、悲しそうなその目をまっすぐ見つめる。
「日和、何度も言いたかったけど、俺は日和の事嫌いじゃない。むしろ好きだよ、日和の事は。顔はすごく可愛いし、いつも良くしてくれるし、俺の事好きって言ってくれて……嫌いになれ、って方が無理があるよ」
「……嘘ですわ。そんな嘘ですわ……だって優也様、私に冷たいですし、それにさっきも……そんな嘘いりませんわ、優也様は私の事……」
「それは日和の正体が分かんないから。会ってすぐに、そんなに仲良くない時からずっと俺にいろいろ良くしてくれたけど、その理由がわかんないから。そのせいで恐怖が勝っちゃって、それで避けっちゃってるんだ。だから教えてよ、日和……日和は一体誰なの? それがわかって、もし俺の思い通りだったら……俺も、日和に運命感じて好きになっちゃうかも」
「運命、優也様も私の事……で、でもそれはししししーくれっとですわ! 教えられませんわ、大事な事ですもん、乙女のとっぷしーくれっとですもん」
「もう、なんで? 教えてよ、俺から言うのは間違ってた時怖いし、それに……間違ってる可能性の方が高いし」
「……それでもダメですわ。これは絶対ダメ、ってお母さまに言われてますもん……優也様には絶対ダメって、そもそも優也様も……だからダメですわ、優也様には教えられませんわ……これは教えられませんわ」
「……ごめん」
どこか悔しそうに、でも怒られるのを怖がる子供のようにキュッと唇を噛みながら、そう言って。
乙女のヒミツなんて軽い物じゃなくてもっと深いものがあるような声でそう言って……でも知りたいから。
「藤沢さん、それじゃあ俺から……」
「だ、ダメですわ優也様! 優也様もその……言わないで欲しいですわ。なんだか、その……日和は今、優也様にそれを言って欲しくない気分ですわ」
俺が言おうとした言葉はもにゅもにゅと口を動かしながら止められて。
理由は相互にわかんないけど、でも止められて。
「ごめんなさい、自分勝手で……で、でも優也様と一緒に居たいですし、私は運命だし、大好きですし……だから、その……運命が不透明なら、もっと、優也様と仲良くなりたいです。さっき優也様が仲良くなればいい、っておっしゃってくれましたし……だから優也様と仲良くなりたいです、もっと……その優也様が本当に日和の事嫌いじゃなければ⋯⋯」
もじもじと身体を震わせながら、恥ずかしそうに、少し怖そうにそう言って。
「迷惑なわけないよ、俺だってもっと仲良くなりたいもん。藤沢さんともっと仲良くしたいと思ってるよ」
「そ、それじゃあ、その……」
「ただし、条件がある」
「条件、ですか?」
キョトンと目が丸くなる。
今のまま、仲良くなれって言われてもちょっと怖いところがあるからね。
「うん、条件。まずはプレゼントはいらない。豪華なお弁当とか、札束とか、昨日みたいなパンツとか。そう言うのはいらない」
「は、はい! が、頑張ります!」
「もう一つはあんまり抱き着いて来たりとか、その……えっちな事言ったり誘ったりするのもやめて欲しいかも。俺はあの……あんまりえっちだったり、強引な女の子ってのは好きじゃないから。だから、その藤沢さんには自然体でいて欲しいかな」
「……あれが自然体ですわ。優也様を見るとついああなっちゃって、内なるえっちが解放されちゃうんですわ」
「そ、そっか」
「で、でも優也様と仲良くなりたいので頑張りますわ! そ、その私を抑えられるように頑張りますわ! お、おしとやかな日和になれるよう頑張りますわ!」
そう言ってとん、と軽く胸を叩く。
それと同時に朝のHRのチャイムが鳴り響いて。
「うん、がんばろ。俺も仲良くなりたいし……それじゃあ教室戻ろっか、藤沢さん」
「……私の方からも条件、言っていいですか?」
「うん? 良いよ」
「その……私の事もずっと日和、って呼んでほしいですわ。今の優也様、藤沢さんと日和が混ざってる状態ですから。だから、仲良くなるので、私の事はずっと日和と呼んで欲しいです」
「ふふっ、わかったよ日和。俺も頑張る。俺の事も様つけないで優也でいいよ?」
「そ、それは考えます、優也様は昔から優也様でしたから……そ、それじゃあ教室行きましょう、ゆ、優也様」
「ふふふっ、行こっか、日和」
そう言って立ち上がった日和と一緒に教室に向かって歩き出す。
でも、隣の日和はいつものほぼゼロ距離とは真反対に廊下の端っこの方を歩いていて。
「どうしたの、日和? なんでそんな端っこ歩いてる?」
「いえ、そのおしとやか、ってどうすればいいのかわかりませんので……」
「そんな考えすぎなくていいよ。ほら、もっとこっち来なよ」
「ゆ、優也様がそう言われるなら……ひゃっ!?」
こっちに近づいてくる途中で日和が突然奇声をあげてまたサササと遠のいてしまって。
「今度はどうしたよ? なんかあった?」
「いえ、その優也様の手と私の手が当たってしまいまして……こ、これもえっちですよね? ご、ごめんなさい、優也様……」
そう言ってシュンと顔を下に向けて。
申し訳なさそうに、恥ずかしそうに顔を赤らめてそう言って。
「……えっちじゃないよ。おしとやかだよ、今の日和は」
「ほ、本当ですか? そ、それなら良かったですわ、優也様!」
日和の顔がひまわりみたいにパッと輝く。
その笑顔は確かに似てたけど……でも別人のように見えた。
「日和、ハンカチ。涙で顔ぐしゃぐしゃだよ、泣いたままじゃ笑顔も台無し、勿体無いよ。これで拭きな」
「⋯⋯優也様、ありがとうございます! えっと、その⋯⋯だ、大事にします!」
「大事にせずに使って欲しいな」
「えへへ、だって嬉しい、ですから、優也様のハンカチ⋯⋯あ、こ、これはえっちにならないですか?」
「ならない、大丈夫だよ」
☆
「藤沢! 藤沢ですわ、私は!」
「日和ちゃん、だからそう言うとお母さんに怒られるんだって! 名前でいいなよ、自分の事」
「やですわ、お嬢様たるもの名字で名乗ると黒鈴が言ってましたもん!」
「……ハァ、それじゃあおじいちゃんの名字名乗ってくれる、お母さんに怒られないように」
「わかりましたわ! なんて言うのですの?」
「相生、って言うんだけどね」
「あいお、あいあ……」
「……アイ、でいいよ。言いにくいならアイでいいよ」
「わかりましたわ! 今日から私はアイですわ!」
★★★
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