第6話 日和ちゃんは求めて欲しい

「やですわ、優也様。日和と呼んでください、昨日の夜はあんなに激しく私を求めてくださったのに……酷いですわ優也様」

 そう言って透き通るような真っ白なほっぺを膨らませる藤沢さん。


 昨日の夜は俺咲綾ちゃんと遊んで、その後朱莉のパンツ事件だったはずだけど?

 藤沢さんとそんなことがあった記憶はないけど!?


「私の頭の中では求めてくださいましたわ。ベッドの上で何度も何度も、日和日和、って何度も名前を言ってくださりながら……思い出しても嬉しいですわ、優也様」

 ポッと顔を赤くして嬉しそうに身体をくねくねさせてそう言って……いやいやここ廊下だから、朝の廊下だから! 周りの人めっちゃ見てるから!


「頭の中、ってそれって藤沢さんの妄想でしょ? 現実世界の俺はそんなことしてないし」


「夢の中でも会えましたわ。優也様は夢の中でも私の事を……夢の中まで会いに来てくださるなんて、やっぱり優也様と私は運命なんですわ。優也様は私の運命の人なんですわ、王子様なんですわ」


「……平安時代ですか?」

 うっとりしたような声でそう言う藤沢さんに思わずツッコミ。

 やっぱりちょっと危なっかしいよ、こんな朝からそんな事!

 てか運命ってなんだよ、知らないよその運命!


「平安時代じゃないですわ、私がそんなおばあちゃんに見えます? 優也様、恥ずかしがらないでください。私の事日和って呼んでください、私たちは運命の相手なんですから」


「いや、だから……」


「……ダメですか、優也様?」


「……うっ」

 そう言った藤沢の目にはうるうると涙が溜まっていて。

 赤く染まったほっぺと合わせてなんだか煽情的でドキッとして……その顔はずるいよ、藤沢さん!

 それにそんな顔されると周りの目も厳しくなるし……


「いや、でもその、まだ……」


「……呼んでくださらないんですか? 日和って、私の事……優也様?」


「……えっと、その、ひ、ひ」


「……優也様!」

 藤沢さんの顔がパッと明るくなる。

 こんな顔されたら言うしかなくて、だから、その……


 キーンコーンカーンコーン

「……あ、藤沢さんチャイム鳴ったよ、朝のHR始まっちゃうよ! は、早く教室行こ、先生に怒られちゃう!」

 都合よくなったチャイムに乗じて、そう藤沢さんに言う。

 名前読んだら引きずりこまれる気がするし、今はまだ呼ばなくていい!


「……むー」


「ほ、ほら、行くよ。怒られちゃうし、遅刻になっちゃうよ!」


「……日和って呼んで頂けないんですか?」


「そ、それはもうちょっとあとでさ! 今はまだダメ!」


「むー、優也様はいけずです……でも仕方ないですわ。優也様が言うんですから、今日のところは我慢します」

 そう言って藤沢さんは身体をふいっと近づけてくる。


「優也様、一緒に教室へ……いえ、すみません。少しはしたなかったですわ、忘れてください優也様」

 恥ずかしそうに顔を赤くして、ふるふる首を横に振って。

 相変わらず羞恥のツボがわかんないや、藤沢さん。


「はしたなくないよ、一緒に行こ」


「……やっぱり優也様はいけずです」


「ごめんね」


「……でもそういう所も嫌いじゃないですわ」

 少しそっぽを向いて、でも体は俺の方に寄せてくる藤沢さんとともに教室へ急いだ。



 ☆


「なあ、優也。なんでお前は藤沢さんの事あんなに避けるんだ? あんな可愛くていい子なのになんでちょっと距離取ってんだ?」

 昼休み、一緒に昼ご飯を食べていた友達の上から読んでも下から読んでも大和屋和大やまとやかずひろがそう聞いてくる。


 なんで、ってそりゃ怖いからだけど。

「何が怖いんだよ、可愛いじゃん。お弁当作ってくれたり、放課後もお誘い……俺があんなことされたらそっこーで落ちちゃうけどな! そんなんしてたら周り中敵だらけになるぜ!」


「……俺も基本は嬉しいんだけど、でも下駄箱に札束パンパンに入れられたこともあるし、勝手にシャーペンが全部新品にされた事もあるしたまに怖いんだよね。なんでこんなに俺に良くしてくれるかもわかんないし、だから怖くて」


「ふーん……ってなんで好かれてるかわかんないのか? てっきりお前の幼馴染かなんかだと思ってたわ!」


「幼馴染は不登校の方。ホントになんでかわかんないんだ。理由聞いても『乙女のヒミツですわ』って答えてくれないし。お金持ちだし、裏になんかありそうで怖くて」


「何じゃそりゃ……なんかそれ聞くとなんかお前も大変に思えてきたわ。でも名前くらい、呼んであげてもいいんじゃないの」

 ニヤニヤ笑いながらウインナーを口に入れる。


「俺だって理由がわかれば名前でもなんでも呼ぶよ、藤沢さんの事日和って呼ぶと思うよ。てか多分好きになる⋯⋯でも今はわかんないからまだ早いかな、って。なんで俺に色々してくれるか、執着してるかわかってからでもいいかな、って」


「なるほどね。まぁ、殺されんように気をつけや」


「……ありがと」

 相変わらずのニヤニヤ顔で言ってくる和大に感謝の言葉をかけて、俺も卵焼きを口に放り込んだ。


 本当に藤沢さんはなんでこんなに良くしてくれるんだろう?

 なんで運命とか言うんだろう?


 俺の事を優也様と呼ぶ人間は……一応心当たりがないわけではないけど、あの子は黒髪だったし、それに名前も違ったし。そもそも普段は「まゆゆ」呼びだったし。


 本当になんでなんですか、藤沢さん!?



 ☆


「という事で今日も朱莉の家行ってきますね」

 放課後になったので今日も今日とてプリントとお菓子を貰うため結月ちゃん先生の待つ家庭科室に直行する。


「うん、よろし……うわお、ごめんごめん。でも今日は痛くない、成長!」

 テーブルに肘を付いた先生は、一度つるっと肘を滑らすも何とか耐えて、プリントを渡してくれる。


「これとこれと……そしておマチカネのおやつ! 今日のおやつはクッキー☆です!」


「あ、先生またサボり?」


「休憩中よ。今日は授業がない日なの」


「じゃあ明日は?」


「授業がない日……ふふっ、ふざけてないで今日もよろしくね、黛君!」


「先生やっぱりノリが良いですよね。わかりました、今すぐ帰って朱莉に会ってきます」


「……その恰好で帰る気?」

 先生がクスクス笑って俺の方を見てくる。

 え、何かおかしいですか?


「だって、カバン持ってないよ、黛君。もしかして忘れてたの?」


「……あ、ホントだ。マジで気づきませんでした」

 そういやカバン机に置いたままだ。

 今の今まで持ってる気でいた、なんか抜けてんな。


「ふふっ、気をつけなよ黛君。そんなドジだと将来、あいたっ!?」


「……俺は先生の方が心配ですけどね。それでは失礼しますね」

 ふふふ~ん、と鼻高く笑おうとしてこちんと頭を打った先生にそう言って家庭科室を後にする。

 結月ちゃん先生のドジはもう直らないのかな、まあそっちの方が可愛いけど。


「あれ、藤沢さん?」


「ぴえっ、あ、ゆ、優也様。ど、どこへ行かれてたのですか?」

 そんな事を考えながら教室に戻ると、俺の机の前の藤沢さんが慌てた様子で出迎えてくれる。


「いつも通り結月ちゃん先生のところだよ……ところで藤沢さん、俺の机で何かしてた?」

 なんか息がすごく荒いし、顔も真っ赤だし。

 そんな感じでいられるとちょっと心配になる。


「え、な、何もしてませんわ、何もしてないですわ! 優也様を待っていたのです、帰りの挨拶を出来ていませんでしたから」


「……ホント?」


「ほんとです、本当です! そ、それでは優也様さようならです、また明日です。今日もお父様を待たせているので先に失礼しますわ」

 そう言ってスカートの端を手で押さえながらさっさと走っていく。


「なんか今日は急いでるね。さよなら、藤沢さん」


「は、はいさよならです、優也様……あ、そうだ優也様」

 くるっと振り返って俺の方を見る。


「今日は楽しんでくださいね、優也様……その、私なので」

 長い髪と短めのスカートの端がふわりと揺れて、西日に映えて絵画みたいで。

 ふんわりとそれでいて凛々しいキレイな雰囲気のままでスカートを押さえて走って行って。


「……どう言う事?」

 ……キレイだけど言ってる意味よくわかんないな。

 まあいいや、今日も帰ろう……あれ、なんか濡れてる? 気のせい?



 ☆


「お、優也お疲れ。適当に座ってくれ」

 学校を出た足で朱莉の家に向かうと、いつも通りの俺のTシャツ姿の朱莉が出迎えてくれる。

 ていうか今日はエロゲやってないんだな、珍しい。


「たまには私だってエロゲしない時もある。ネトゲも楽しいぞ」


「……格好はいつものなのに?」


「トイレとかに行くのに便利だからな、ズボン履かないと……何だみたいのか、私のパンツ。優也は私のパンツが見たいのか?」


「お、なんだなんだ? やっぱりお前は露出狂か、痴女なのか?」


「違う、昨日言ったろ! 外で不意打ちに見られるのが嫌なだけで優也に見られるのが嫌とは言ってない! 家の中では大丈夫なんだ、不意打ちじゃないからな! だから優也は大丈夫なんだ!」


「……違いがわからん」

 やっぱり痴女に目覚め取るかも知らん、こいつは。

 でもまあ俺以外に見せる気ないんだったらいいか、別に。こいつで興奮はしないし。


「そうだそうだ。ところで今日のおやつは? ゆかりちゃんの今日のおやつは?」


「ゆかりちゃんじゃなくて結月ちゃんね。ちょっと待って、カバンに……ってあれ? どっか行っちゃった」

 さっきカバンに入れたんだけど下校のタイミングでシェイクされちゃったな、どこにあるかわかんないや。


「全くしょうがない奴だな。ほれ、貸してみ、私が探してやる」


「お前にそれ心外だな……ほら」

 言葉ではそう言いつつも、朱莉に向かってカバンを投げる。

 悔しいけど、こいつは小物を探すのがうまい。


「……ふふっ、何だ優也。お前、やっぱり彼女いるじゃないか」

 しばらくカバンをまさぐっていた朱莉がニヤニヤした顔でそう言ってくる。


「俺彼女いないぞ。いたら朱莉の家に毎日行かんわ」


「おいおい、強がらなくても大丈夫だ……それじゃあこれは何なんだ、優也?」

 相変わらずのニヤニヤ笑顔の朱莉が俺のカバンからするする取り出したのはフリルのついた緑色のパンツで……んんん!?




「ふふっ、優也様今頃楽しんでくださるでしょうか?」


「ご機嫌だね、日和。また優也君と何かあったのかい?」


「はい、優也様に私のパンツを差し上げました。私の脱ぎたてホカホカパンツを優也様に差し上げましたわ」


「そうか、それは……え、パンツ? それじゃあ日和今はノーパン?」


「はい、もちろんですわ……ふふふっ、優也様喜んでくださるでしょうか? 優也様が喜んでくださるならこの日和、何でもやりますわ」



 ★★★

 日和ちゃんの話し方のモデルは勇嶺美奈湖です(知ってる人いるかな……?)

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