第5話 引きこもり幼馴染と痴女と学校

「履いてねえじゃねえか! 思いっきりパンツじゃねえか!」

 自信満々に俺にぶかぶかTシャツをたくしあげている下半身パンツの朱莉に思わず時間も忘れて全力のツッコミを入れる。


「履いてない……冗談を言うな、優也! 少しすーすーするが、絶対に履いているはずだ、よく見ろ!」

 ……なんでこいつはこんなにも自信に満ち溢れてるんだ?


 何回見ても不健康な身体には似合わない純白のパンツしか見えないんだが……もしかしてあれですか、朱莉さん痴女に目覚めちゃった?

 放課後の時はからかってるというか、俺を馬鹿にしてるというかそんな感じで痴女感はなかったけど、今は見ろ見ろ! という感じだし……他人に自分のパンツを見せるという行為に目覚めちゃった感じですか?


「おい、何だ? どうしたんだ優也?」

 ……もしかしたら俺はプレッシャーをかけすぎてたのかもしれない。

 毎日家に言って、学校に来いって言って……それが朱莉のプレッシャーになっていたのかもしれない。

 朱莉のペースで良かったのに、ずっと来い来い言ってしまって……そのプレッシャーで朱莉は壊れちゃって、それでもう戻れないところまで……


「ん? どうしたんだ優也?」


「ごめんな、ごめんな朱莉……悪かったよ、俺が悪かった」


「は、はぁ? 急になんだ? なんでそんな優しい顔する?」

 困惑した様に顔を歪める朱莉。

 お前がそんなに追い詰められてるなんて俺知らなかったよ。


「ごめんな、ここまでお前が苦しんでるなんて……悪かった、本当に悪かったよ。もう学校に来いなんて言わないから、そのそれだけはやめてくれ。ゆっくり休んでくれ。そんなにプレッシャーになってるなんて知らなかった」


「……何を言ってるんだ? 学校に来い、って言われないのは嬉しいが別にプレッシャーなんて感じてないし、優也が来るのも別に嫌とかじゃないしむしろ色々あって嬉しいし……」


「いや、無理しなくていいんだ。もう学校に来いとか言わないし、お前の家にも行かないから、お前にプレッシャーかけることなんてしないから……ほら、早くコンビニ行こ? 朱莉の好きなもの、何でも買ってやるからさ」


「だから何だその優しい顔は優しい言葉は! お前らしくないぞ、優也はこんなんじゃない! 奢ってもらえるのは嬉しいが絶対に裏がある……ま、まさかとは思うが本当に……!?」

 怪訝そうな顔で俺の方を見ていた朱莉がハッとした様に自分のシャツの中を覗き込む。


 そしてズボンを履いてないパンツだけの自分の下半身を見て、顔を真っ赤にして。

「ななななんで!? なんで履いてないんだ!? ちょ、優也見るな、見るんじゃない! 家の中とはわけが違う、見るんじゃない! ここは外だ見るんじゃない!!!」

 そううろたえて、焦ったように恥ずかしそうにふらふらする顔を隠して。

 見られるのが嫌だ、マジで見るな! という風に必死に体を丸めて……朱莉、お前!


「……良かった、良かった!」


「何がだ!? 何が良かったんだ、何も良くないぞ、めっちゃ恥ずかしいぞ!? そんな優しい目で見るな、もしかして憐れんでるのか!? やめろ、そんな目やめろ、せめてもっと……こ、これじゃ私が露出狂の変態みたいじゃないか……なんで履いてないの私、不意打ちはダメだよ、準備しないと……」

 うずくまりながら恥ずかしそうにそう呟く朱莉……良かった、痴女云々は俺の勘違いみたいだ、早とちりだったみたいだ。

 プレッシャーになってないみたいで良かった、戻れないところまで行ってないみたいで良かった……良かった、良かった。


「何も良くない!!! なにも良くないぞ!!! ううっ、なんで……」



 ☆


「ゆ、優也聞いてくれ。わかった、なぜ私がズボンを履かずにパンツだけだったかがわかったぞ! そ、そのわ、私は断じて露出狂でも痴女でもないぞ!」

 しばらく丸くなっていた朱莉が復活して俺の方をビシッと見てくる。


「うん、そっかそっか。いいぞ、何でも聞いてやる」


「なんでそんなに優しい目なんだ、調子が狂う、憐れんでるならやめて! そ、その……私が寝る時はノーパンで寝るのは知ってるだろ? 優也のTシャツだけ着てそれ以外は裸で寝るのは知っているだろ?」


「いや、知らないけど……そうなのか?」

 ていうかまた俺のTシャツか、ホントに何枚持ってるんだ?


「うん、そうだ! で、私は普段はパンツ履いてるだろ?」


「履いてなかったらそれこそ痴女だもんね」


「わ、私は違うぞ! そ、それで今日は寝ようとした時に小腹が空いたから優也をコンビニに誘ったんだが、いつもの感じで一枚履いたら終わり! と思ってパンツだけ履いた! つ、つまり寝ぼけてたと言うわけだな! だから私は露出狂でも痴女でもなく、ただの寝ぼけたうっかり屋さんというわけだな! そうだ、私はうっかり屋さんの可愛い奴なんだ、そうだそうだ! うっかり屋さんなんだ、決してそう言うのではないんだ!」

 そう言ってガハハと誤魔化すように大きく笑う。

 でもその顔は羞恥に少しクルクルしていて。


 ……正直、言ってることはよくわかんないし、寝ぼけてたとしてもそれはそれでどうなんだ? と言いたくなるけどまあ本人が痴女でも何でもない、って言ってるなら間違いないだろう、一応聞くけど。


「なあ、朱莉パンツ見られるの恥ずかしい? 俺にパンツ見られるの恥ずかしい?」


「な、何聞いてるんだ……その家の中だと平気だけど、外で見られるのは恥ずかしい。家の中は別にそんな感じないし、私のホームグラウンドだから良いし優也だし何も思わないし、私の主導権だし。でも外では……外じゃなんか露出狂とか痴女とかそんな感じの変態みたいでヤダ、恥ずかしい、しかも不意打ちだ。優也でも恥ずかしい、他の人なら耐えられない……露出とか全然気持ちよくない、ただ恥ずかしいだけだった」

 恥ずかしそうに顔を隠しながら、ぼそぼそと小さな声でそう言って。

 普段の生意気で恥じらいの欠片もないような雰囲気じゃなくて、羞恥に身体を震わせるただの女の子のようで。


「わかった、そうだよな……それじゃあ今からコンビニ行くか?」


「ううん、帰る。恥ずかしい、優也以外に見られたら死んじゃう」


「そっか、そっか。それじゃあ帰ろっか」


「……帰る」

 そう言った朱莉がキューっと俺の方に距離を詰めてくる。

 そして顔を俺の肩にぴとっと引っ付けて。


「……どうした、朱莉?」


「恥ずかしいから、顔埋めさせろ。見られないように隠させろ、怖いから隠させろ」


「普段の朱莉とは大違いだな。普段は俺にパンツ見せようとしてきたり、パンツあげる! とか言ってるくせに」


「……それとこれとは話が違う。今は人が来るかもしれないし。私人怖いし、優也以外にパンツ見られたら恥ずかしくて死んじゃうし。だから隠させろ、優也が私を守れ。私が死なないように守れ」

 肩に顔を埋めたまま、ぶっきらぼうな声でそう言って。


「わかったよ、おばさんにも言われてるし。帰るまでだぞ」


「……うん」

 いつもとは様子の違うなんだかふわふわしている幼馴染を肩に感じながら月がキレイな夜を歩く。


 ……今の感じでちゃんと家の中でも羞恥心持ってくれて、ついでに学校にも来てくれたらいいな。



 ☆


「……あ、お兄さん。おはようございます」

 朝、少し早く目覚めて顔を洗おうと洗面所に行くと猛省服に着替えた咲綾ちゃんがしゃこしゃこ歯磨きをしていた。


「おはよ、咲綾ちゃん。早起きだね、冬華はまだ寝てる?」


「はい、まだ寝てます……お兄さんこそ早起きですね、昨日夜遅くに……あ、すみません、シーでしたね」


「ふふっ、俺には言って大丈夫だよ……あ、でもみんなには内緒だよ?」


「はい、わかってます。お兄さんと私の二人だけのヒミツですから」

 そう言って歯磨き粉のついた口に指をやり、シーと笑顔を浮かべた。



 ☆


「……というわけで特に変わらずでした。朱莉は朱莉でした、学校行きたくないそうです。あ、でも羞恥心は持ってることは分かりました!」


「ん~、そうか~。それは厳しいねぇ、そっかそっか……って羞恥心? それは誰でも持ってるでしょ~」

 朝、学校に登校するとその足で結月ちゃん先生のところに向かって朱莉の事を報告する。もちろんエロゲの事とかは伏せてね、怒られそうだから。


「そうだ先生、朱莉のやつ先生に会いたいって言ってましたよ」


「え、本当に! それは嬉しいね~、また会いに行こう!」


「はい、会いに行ってください。それじゃあこれで失礼しますね」


「うん、いつも報告ありがとね。それじゃあ今日もがんばろー!」


「はい、頑張りましょう!」

 そう先生に言って、俺は職員室を後にする。


「おはようございます、優也様。今日も登校、ご苦労様です」

 教室に向かって歩いていると、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえる。


「おはよ、藤沢さん」


「やですわ、優也様。日和と呼んでください、昨日の夜はあんなに激しく私を求めてくださったのに……酷いですわ優也様」

 そう言って怒ったように真っ白なほっぺをぷくっと膨らませて……え、何? 何言ってんの藤沢さん!?



 ★★★

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