第4話 引きこもり幼馴染と俺のTシャツとパンツ

「おい優也、私は腹が減った! コンビニに付き合え!」

 相変わらず俺のTシャツをぶかぶかと来た隣の家の朱莉が、窓を長い竹の棒でつつきながらそう言ってくる。


「……やだよ、一人で行ってこい」

 もちろん俺の答えは決まっている。

 なんでこんな時間から朱莉のためにコンビニに行かなきゃいけないんだよ、俺は明日早いからもう寝るの!


「おいおい、優也。そんな事言わずに付き合ってくれよ……ねえ、優也お願い♡」


「……ふっ」


「おい、優也お前今鼻で笑ったな! 可愛い幼馴染の可愛い仕草を鼻で笑ったな、おい優也答えろ優也!」

 何が可愛い仕草だよ、全然可愛くないわ。

 そう言うのは藤沢さんとかが「お願いします、優也様♡」みたいな感じで言うのが可愛いの……実際に言われたら多分恐怖の方が勝るんだろうけど。


「ったく、優也は素直じゃないな。こんなに可愛い幼馴染がお願いしてるんだ、本心では一緒に行きたくて仕方ないだろ? 深夜にこっそりと二人で……そう言うシチュエーションに憧れてるんじゃないのか?」


「いや、別に。本心から行きたくないんだけど。そう言うエロゲか同人誌か履修した?」


「むー!!! なんでさなんでだ!!! 別に履修してない!!!」

 そうやって地団太を踏む朱莉だけど、理由くらいは自分でわかってほしい。


 朱莉がまともに学校行ってて、まともな性格で、まともな関係だったら……まあそう言う事に憧れたかもしれないけど。

 でも今のお前では無理だよ、ただのヒキニートじゃん。エロゲ大好きデリカシーとか一般常識とかそう言うの欠けてる系のヒキニートじゃん。


「んにゃ~……怖いから優也について来てもらおうと思ったのに……」


「え?」


「その、怖いから……怖いから優也について来てもらおうと思ったんだ」


「朱莉……」

 ……少し丸くなりながらそう言った朱莉の姿はなぜかいじらしく可愛く見えて。

 暗いのが怖いのからついて来て欲しかったのかよ……何だよ、ちょっと可愛いとこあんじゃん、朱莉のやつ。最初からそう言ってればついていってやったのに。


「え、暗いの? 暗いのは別に平気だ、それは怖くない。私が怖いのは人だ、人に会うのが怖いんだ。なんせまともに人と話してないからな! だからコンビニの店員さんが少し怖い!」


「……なんで胸張ってそんなことが言えるんだよ。それならやっぱりついていかないわ」

 ……前言撤回。やっぱり可愛くない、ただのヒキニートだ。

 更生のためにもここは一人で行ってもらって……


「ふ~ん、そんなこと言うのか。優也はそんなこと言うのか」


「……なんだよ。俺はもう寝るの、一人で行ってこい。お前は学生なんだ、人とコミュニケーション取れないなんてありえないぞ。だから一人で……」


「そんなこと言っていいのか? 私には最終手段があるんだぞ?」


「……最終手段?」

 そう聞くと朱莉の顔がニヤリと歪む。

 ろくでもないしょうもないことを考えている時の顔だ、これ。


「ふふっ、そうだ、最終手段だ。もし優也が一緒に言ってくれない場合、私はこのメッセージ通りの事を今から大声で叫ぶ。近所の人が起きるくらいの音量で叫ぶ」

 そう言って取り出したのは1枚の横断幕。

 そこには「優也に襲われました! 優也が私を無理やり襲いました!!!」と血のような赤い文字で乱暴に書きなぐられていて。


「おいおいおい、朱莉冗談だよな? それ、冗談だよな? そんな昭和の横断幕みたいなの使わないよな?」


「今の私が冗談言うと思うか?」

 そう言って朱莉は大きく息を吸い込む。


「優也に「わかった! 行くよ、コンビニ付き合ってやる! だからお前も準備しろ、俺のTシャツで来るんじゃねえぞ!」

 叫ぼうとした朱莉の声を遮るようにそう言う。


 ああもう、それはずるいよ、そんなこと言われたらおばさんから逃げられなくなるじゃん、マジで結婚させられるじゃん! そんなこと嫌だ、それなら今からコンビニ付き合う方がましだ!


「ふふっ、素直でよろし! それじゃあ、下で待ってるぞ~」


「……今回だけだからな!」

 ひらひらと横断幕を振りながら、そう言って部屋の中に入っていく朱莉にそう吐き捨てて俺も外出する準備を整えて、バレない様に下の階へ。



「……あ、あれ、お兄さん? 何してるんですか?」


「ん……ああ、咲綾ちゃんか。ちょっと、ね」

 そうして家から出ようとすると寝ぼけ眼の咲綾ちゃんに見つかってしまう。

 花柄の可愛いパジャマは妹と一緒、俺も色違い持ってるけど妹に「着るな!」と命令されている。


「ちょっと……私は、トイレに降りてきたんですけど、お兄さんもですか? お兄さんもトイレですか?」


「ううん、違うの。ちょっと隣のバカに今からコンビニ行こ、って誘われてさ……だからこの事はシー、でお願いしていい? 多分バレたら怒られるからさ、シーで」


「シーですか? お兄さんとの二人だけのヒミツ、ってことですか?」


「うん、そう言う事。秘密にしててね、お願い咲綾ちゃん」


「はい、わかりました……お兄さんとの二人だけのヒミツですね。シー、しときます……えへへ」

 そう言って楽しそうな笑顔で唇に指を当てる咲綾ちゃん。

 この年の女の子はヒミツとか言う言葉大好きだもんな……取りあえず、この様子だと誰にも言わなさそうだから安心だ。


「それじゃあ、俺はちょっと行ってくるね! お休み、咲綾ちゃん……そしてこのことはシー、で」


「行ってらっしゃいです、お兄さん……はい、絶対にシー、します。だってお兄さんと私だけのヒミツなんですから……えへへ」

 楽しそうに笑う咲綾ちゃんに見送られ、星空煌めく涼しい夜中の外の世界へ。


「おー、遅いぞ、優也! もっと早く来い、何してたんだ?」

 玄関を出て道路に顔を出すと、不満気な表情と声の朱莉がお出迎え。


「お前付き合ってもらってる分際でよく文句言えるな……てかそれまた俺のTシャツ! 何着持ってんだよ、お前は!」


「一枚だけ持っていくわけないだろ、後数枚あるぞ。優也の服を有能なんだ、私が来た方が良いに決まっている」


「へいへい、そうですか、そうですか……もう返さなくていいから、お前が着ろ。もう朱莉の服にしていいから」


「ふふっ、最初からそうするつもりだ。それより早くコンビニに行こう。夜は短し恋せよ乙女、私たちの時間は有限だからな」

 月明かりに照らされながら、ぶかぶかの袖を口に当て、そう呟く朱莉。


「……なんだよ、急に良いこと言うじゃん」


「ふふ~ん、そうだろ。私は賢いしえらいからな……という事で早く帰ってパトリシアちゃんの攻略の続きをする使命が私にはある。だから早く行って早く帰ろう」


「……お前に期待した俺がバカだった」

 今日の朱莉はなんだかギャップ萌えからの失望の展開が多いな。

 いや、まあ本人は狙ってないんだろうけど。


 そんな俺の気持ちを知るや知らずや、本人は楽しそうに月の下を舞っていて。

「ふふふふ~ん……夜は人がいないから楽だ、私の時間って感じですごくワクワクする」


「お前は人がいると喋れなくなるもんな」


「うるさいな、今は関係ない……それにそのために今日は優也を招集したんだ。頼りにしてるぞ、優也! 私がレジで困ったら助けてくれ!」


「……頼りにされました、助けますよ」

 そう言ってぶかぶかの萌え袖で俺の方をビシッと指さすので苦笑いしながら答える。


 ……そう言えばこの朱莉の格好って傍から見たらどう見えるんだろう?


 今着ている服はデザインからして完全に男物のTシャツだし、ぶかぶかだし、萌え袖だし、ワンピースみたいになってるし。

 それを着てこんな深夜に出歩いて、しかも俺という男同伴で……彼シャツしてるイタいカップルとか思われないかな? それは流石に心外なんだけど。


 ていうか放課後に会った時とほとんど同じ格好だけどこいつちゃんとズボン履いてんのか? ぶかぶかすぎて全然確認できないんだけど。


「……どうした、私の方をジロジロ見て? なんだ、優也、言いたいことがあるならはっきり言え」


「いや、お前今ちゃんとズボン履いてんのかな、って。昼間と同じような格好だし、どうなんかな、って」


「ハハハ、何だそんな事か! 当たり前だ、履いているに決まっている!」

 そう聞くと朱莉は自信満々に近所迷惑なくらいに笑ってそう答える。


「朱莉、近所迷惑……で、マジで履いてるのか?」


「何だ、疑ってるのか? 外に出るんだぞ、そこでズボンを履かないほど私は常識がないわけではないし、痴女でもない!」


「……」

 いや、意外とこいつならやりかねんぞ。

 この前プレイしてたエロゲの影響で「外で裸って、開放的で気持ちよさそうだ」なんて言ってたし、それに全然常識ないし。


「何をそんなに……ふふっ、それなら見てみるがいい! これが今日の私のオシャレズボンだ、とくとご覧あれ!」

 相変わらずの自信過剰な声と表情で、そう言ってぶかぶかのTシャツをグイっとまくる。


「……!」

 あばら骨の浮き出た細すぎる不健康な身体に小さなおへそ、触れば折れそうな細っこい足の付け根を隠すのは似合わない純白の三角形……おい。


「ふふ~ん、どうだ! ちゃんと履いてるだろ!」


「……履いてねえじゃねえか! 思いっきりパンツじゃねえか!」

 鼻を高くする朱莉に思わず全力のツッコミが溢れ出た。



 ★★★

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