神話の終焉
俺は地面へと真っ逆さまに落ちていく。化物は灰になって朽ちた。命の欠片を花びら1枚ほど残して俺は勝った。
俺が叩きつけられた地面は、アリアが横たわる近くだった。今更神の威厳も何もない。アリアに触れられる距離まで情けなく這った。
「なあ、俺、頑張ったよな?」
かろうじてアリアの隣にたどり着き、息も絶え絶えに呟いた。
「ええ、私はそんな神様を」
アリアも息苦しそうに答える。もはや俺にアリアに分け与えられるだけの生命力が残っていないことが申し訳ない。結局俺はアリアを救えなかった。
「お慕いしております」
アリアの唇が俺の唇に触れた。あまりの衝撃で何もしゃべれなくなっている俺に、アリアは語り続ける。
「私は幸せでした。あの日、神様に命を救っていただいて、聖なる体と力までくださって。神様と触れ合っていると温かい気持ちになりました。融合や分裂をするよりも、ずっと心の奥底が心地よくて、でも、スピザイアの私にはその感情の名前を知らなくて。でもやっと分かりました。この気持ちは愛と言うんですね」
俺の目から、今までで一番温かい涙が地面へと流れ落ちた。俺は力の入らない手でアリアの手を握った。
「俺も、ずっとアリアのこと大好きだった。アリアと出会って恋して、俺、幸せだった」
「大丈夫ですよ。分かってますから」
アリアは無邪気に微笑んだ。
「だって神様、笑ってるから」
ああ、この子には敵わない。神の威厳も全知全能も形無しだ。
もしも来世があるのなら、全知全能も不老不死もいらない。願うことはただ一つ。
「生まれ変わっても恋人になってくれる?」
「ええ、もちろんですわ。では最期にお名前を教えてくださいますか?その名前を目印にお会いしたいのです」
名前。アリアだけが、神としての俺でなく、俺の心を見てくれた。俺の想像を凌駕したロマンチックな約束を交わすため、お願いをする。
「俺、名前ないんだ。だから、アリアがつけてよ」
「そんな……恐れ多いです」
神官以上恋人未満の恥じらいを見せるアリアに思いっきり甘えた口調で言ってみる。
「最期くらい名前で呼んでよ、アリア」
「では、神様の次に私が尊いと思うものの名前を」
アリアは俺に顔を寄せる。耳にアリアの息が当たる距離に近づいて、俺にだけ聞こえる声で俺の名を囁いた。
「***」
最初で最後。名前を呼ばれた俺は最後の力を振り絞って、力の限りにアリアを抱きしめた。アリアが俺の背中に手をまわして応えてくれた。もう思い残すことはない。
俺の心臓はもうすぐ止まる。きっとアリアの心臓も。そしてスピザイアたちも無に帰す。
その事実に心底安心している俺は、最低の神だ。しかし、スピザイアが消滅すれば、二度とこの世界に咲く花に憑依して穢す者はいなくなる。
俺の血からはやがて銀の花が咲き、種を落として命を繋ぐ。もしも願いが叶うなら、俺はアリアとともにその花に生まれ変わりたい。
愛するアリアが名付けてくれた俺と同じ名前の花に。
スピザイア神話よ永遠なれ 天野つばめ @tsubameamano
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