神官アリアの誕生

 神官にも欲望はある。そのため、融合と分裂によって顔ぶれは常に変わっている。今日もまた神官が分裂した。


 神官が分裂したり融合したりして新たな神官が誕生するたびに神事をやっているが、奴らは神事をやっている自分に酔っているだけだ。あまりにも神官が頻繁に融合・分裂するので、神事は日常茶飯事となりありがたみもクソもない。付き合っていられないので、俺は関与しない。暇な神官どもは今、俺の血から咲いた銀色の花をご神体にして騒いでいる。


 しかし、今日は異様に騒がしい。何事かと思い、神事が行われている場所に赴いた。


 俺が現れるなり、下級神官が「神罰を!」とコールする。何も見えないが、声だけはうるさい。


「静まれ。神様の前だぞ」


 名も知らぬ上級神官の声に、あたりは水を打ったように静かになる。


「本日、神官クロードが分裂して生まれた者は皆、新たな神官に就任いたしました。しかし新神官アリアが神に仕える身でありながら禁忌を犯しました。どうか、アリアに裁きを」


 俺は宗教など勝手にやれというスタンスなので、タブーを定めているのは俺ではなくスピザイアだ。しかし、この裁判を収拾しないと三日三晩騒ぎ続けるだろうから、一応事情を聞いて審判を下すことにした。


「アリアはあろうことか、聖なる花に憑依したのです」


 当然、俺は花に憑依することは禁止していない。スピザイアが勝手に決めた慣習だ。


「神様ごめんなさい。聖なる花に憑依してしまいました」


 高い声が泣いている。この声の主がきっとアリアなのだろう。スピザイアは痛みこそ感じることはないが、悲しみや恐怖は感じるようだ。神罰に怯えて泣いているのか。神罰を与える力はあるが、こんなことで罰するわけがない。


「花に憑依することは禁じていない。したければ好きに憑依しろ。解散」


 俺が審判を下すと、あたりからほとんどの気配が消えた。きっと明日からは「花に憑依することは神を讃えることだ」と拡大解釈されて、そういう儀式が行われるようになるのだろう。


「ごめんなさい。お許しいただきありがとうございます」


 アリアのか細い声がする。神官と言う立場や声色を踏まえて、どうにも悪戯や悪意で花に憑依したとは思えなかった。


「怒ってないよ。でも、どうして花に憑依しようと思ったんだ?」


「花が今にも枯れちゃいそうで、それが悲しくて、憑依したら助けてあげられるかなって」


 スピザイアは花をご神体とあがめてはいるが、やがて枯れるものだとは割り切っていた。神以外の実体あるものは滅びると分かっているからこそ、彼らの祖先は肉体を捨てたのだから。長いスピザイアの歴史の中で、アリアのような考え方をする者は見たことがなかった。


「でも、助けてあげられなかった。憑依したら苦しくて痛くて、何もできなかった。すごく悲しいです」


 変異を繰り返しながら幾億のスピザイアが誕生してきた。しかし、花に対して慈しみの感情を持つスピザイア、それも神罰さえも恐れずに朽ちゆく命を助けようとする者が現れたのは空前絶後の出来事だ。


 俺がアリアを個別認識し、その魂に強い関心を持つのは必然だった。

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