第一章 20.誕生日おめでとう、フィルオード。(または、一本釣り開始)

 翌日。


 苦痛まみれの夜会を乗り切り、自室へ続く廊下を歩いていたフィルオードは、ふとなにかに呼ばれたような気がして立ち止まった。


「――執務室へ寄る」


 行き先変更を告げると、ジェイクはそのまま後ろをついて来た。今夜はずっと、侍従のように背後に控えている。執務室に着くと、紅茶でも入れましょう、と離れていった。

 フィルオードは机上のランプに触れてから、しばらくぼんやりとその光を眺めた。


 どこかで、夜の鳥が鳴いている。

 美しいが、物哀しい響きだ。

 耳を傾けていると、別の歌声が聞こえてきた。夜にしては妙に明るい、小鳥のさえずりだ。


「この旋律は、誕生日を寿ぐ歌……?」

 しかも、この気配は。


 立ち上がって窓を開け放つと、すぐ近くの木の枝に、淡い光を放つ小鳥が止まっていた。

 手を伸ばせば、ふわりとこちらに飛んでくる。

 己の指の上に舞い下りた小鳥を、フィルオードは興味深く見下ろした。


「やはり……魔術の鳥か」

 愛らしい声で再び歌い始めたその小鳥は、極小の魔法陣が貼られた、折り紙の鳥だ。

「しかし、どうやってここへ……」

 ここは、王城だ。城壁にはフィルオードによって、巨大な防御の魔法陣が施されている。許可なく侵入しようとする者は、瞬時に感知され、弾かれる。


 だがフィルオードは、この鳥が入って来たことに、微塵も気付けなかった。

 帯びている魔力が極端に少ないのか。

 虫や小鳥も微量の魔力を宿しているが、元々それらは許可云々の対象外。一々弾かずに、結界を素通りさせている。


 指先の感覚を研ぎ澄ませば、折り紙の鳥から感じるのは、小指の先ほどのかすかな魔力のみだった。本物の小鳥より少ない、ごくごく僅かな量だ。


 しかしこの鳥は、過たずフィルオードの元へと飛んできて、寿ぎの旋律を奏でた。

 それは、かなりの上級魔術であるはずなのに――


 ――と、小鳥がさえずるのをやめ、人語で歌い始めた。


  お誕生日おめでとう。あなたのために。

  お誕生日おめでとう。あなたのために。

  歌うわ、フィル、あなたのために。


 聞いたことがない、子供の声だ。


「なんですか、いまの歌声?!」

 茶匙を手にしたジェイクが執務室に飛び込んできたが、フィルオードは折り紙の小鳥から目が離せなかった。


 歌い終わると同時に小鳥が小さく羽ばたいて、ふわりと指から浮かび上がる。

 小鳥を追いかけ、フィルオードは窓から首を外に出した。

 見えたのは、迎えの馬車のように現れた、転移の魔法陣。

 扉の中へ消えるがごとく、小鳥が陣の中に吸い込まれると、裏返しの魔法陣が展開する。


「……待て!」


 無我夢中で窓枠に足を掛け、フィルオードは夜の中に身を躍らせた。

 同時に、自ら転移の魔法陣を発動させる。


「ちょっ……! 団長!」


 慌てたようなジェイクの声。だが、待ってはいられない。

 感覚を研ぎ澄ませ、小鳥の微細な気配を追って――


 フィルオードは、どことも知れぬ場所へと転移した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここまでお読みくださって誠にありがとうございます!

9月は週2回、火曜と金曜日に更新します。

次回更新は、9月6日(火)7:00です。

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