第一章 18.挨拶代わりの贈り物
フィルオードは、〈魔術師の庭〉を後にすると、日傘を胸に抱えて足早に塔の最上階に向かった。
途中、前から歩いてきた魔術師団員のシルヴィアが、驚いた様子でこちらを見ていたような気もするが、足を止めずにすれ違う。
日傘のことで頭は一杯。
こんなに胸がドキドキするなんて、子供のとき以来だ。
結論からいえば、この雷避けの日傘は、魔法陣が施された魔具である。
だが、ジェイクをして「妙な模様だ」といわしめたように、日傘に施された魔法陣のすべては、単なる刺繍、彫刻模様に見えるらしい。魔術師団副団長ですら気付かないのだから、誰の目にもそう映っているはずだ。
「常識を覆す魔具だ……」
筆頭魔術師としては、唸るしかない。
この雷避けの日傘は、避雷針のようなもの。
一般的に避雷針とは、建物上の針に集めた雷を、導線を伝わせて地中に下ろし、土の中に拡散させてその威力を弱めるものだが、この日傘においては、
傘の石突きが、迎針、
茨の蔓模様が、導線、
傘の縁取りが、地中、
の役割を果たしている。
石突きの天辺に貼られているのは、豆粒ほどの歓待魔法陣。
茨のほうには、くねくねと接待魔法陣。
傘の縁には、ローズアリアの古代文字で複雑怪奇に編まれた、地の女神に捧げる祝詞の魔法陣。
発動する魔術効果を、足して、引いて、掛けて、割って。
とにかく見事な塩梅で三種類の魔法陣を互いに干渉させて、日傘の作者は日傘を避雷針に――最上級魔具に昇華させている。
魔具なので、日傘を広げると、持ち手から魔力が吸い上げられ、魔法陣が発動する。
だが、吸われる魔力は極小だ。一回分の呼気で失われる水分よりも少ないかもしれない。小鳥でも発動可能な極小の魔力量だ。
しかし、この日傘は最上級魔具なのだ。
本来ならば〈四方〉たちでも発動できるか、という魔力量を必要とする品のはずなのだ。
どうすれば、小鳥の吐息ほどの魔力で魔法陣を発動できるのか。皆目見当もつかない。
魔術師団長ともあろう者が、なんという体たらく。
自嘲気味に苦笑するも、フィルオードの瞳は喜びに爛々と輝いていた。
こんな魔法陣を編みだせる人間は、フィルオードが知る限り、一人しかいない。
「……あの人だ」
急いで自室に戻ると、フィルオードは他の人間の気配がないことを確かめつつ、最奥の寝室に入って扉を閉めた。
日傘をベッドの上に横たえると、ローブを脱ぐ間も惜しんで、探索の魔法陣を展開する。
「生みの親の元へ帰れ」
命令すれば、日傘が淡い光を帯びた。
模様の茨が傘の布からはがれ、ゆらりと起き上がると、身を捩りながら動きだす。
しかし、製作者の元へと戻るかに見えた茨は、するすると絨毯を這って、フィルオードに近付いてきた。
深緑の鎌首をもたげたかと思うと、ぱっとこちらに襲いかかる。
「っ……!」
新たな魔術に気もそぞろだったフィルオードは、護身が遅れ、もろに茨の体当たりを食らった。
……はずが、衝撃もなにもない。
姿見に映る己を見れば、茨の先端がローブのフードにくっついていた。
そのまま茨の蔓は、うねうねと、ローブの首、肩、腰に絡みつきながら降りていく。
「ローブに模様が……!」
蔓が伝った場所に、茨の模様が浮かび上がる。
目を瞠っているうちに、茨はローブの裾へたどり着いた。
裾周りにも茶色の模様が出来ていて、茨の蔓が到達すると、接合完了、とでもいうように、一瞬ピカリと光る。
はっと日傘をふり返ると、縁取り模様が消えていた。
「まさか、全部、こちらのローブに移った……?」
ローブを脱いでフードの先端を確かめると、石突きに彫られていた丸い模様が、印を押されたみたいに、頭頂部分に焼きついていた。
ただの布のローブだったものは、雷避けのローブに変わっていた。
その頃。
王都から遠く離れたシャーロン領の一角で、せっせと日傘に刺繍を施していた少女が、不意に手を止め、風の便りを聞くみたいに遠くを見た。
「そろそろ届いたかな、茨の挨拶状……」
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