第8話 Side-B

「君たちが何か探っているのには気づいていたよ。新規採用のくせに、かわいげがないね」

 桐谷があきれたように言う。

「大方、削除データのログでも見たのだろう。それに関しては、篠原の詰めも甘すぎた」

「は、すみません」

 篠原が頭を下げる。

「そうです、過去のログを見ました。飛行場建設に関する情報です。どういうことですか?」

 開き直ったのか、明智が単刀直入に言う。

「君にすべてを話すとでも思うのかい? 映画の見過ぎだね」

 桐谷は言い捨てる。

「選択肢をあげるよ。このまま口を閉ざして何も聞かないのならば、帰してあげよう――もちろん、然るべき対価はもらうがね。しかし、もしまだ探るつもりなら、最悪の形で職を辞してもらう」

 脅しともとれる文言だ。ハナは今すぐ首を縦に振って、逃げかえりたい衝動に駆られる。冷静に考えれば、何事もなく帰してもらえるとは思えないのだが。

 明智は平然としていた。そして、あろうことか笑った。

「いえ、これ以上探るつもりはありません。すでに、大方の予想はついています」

 明智の言葉に、桐谷は眉を上げた。ハナには明智の言葉がはったりなのか本当なのか判別がつかなかったが、夢野は真剣な顔でうなずいている。彼女も、何か思うところがあるらしい。

「どういうことかね?」

「僕があなたにすべてを話すとでも思いましたか? 映画の見過ぎですよ」

 明智に鼻で笑われ、桐谷はぞっとするような笑みを浮かべた。

「篠原、彼らは帰るつもりがないようだ」

「では――」

「うむ。消えてもらうしかあるまい」

 篠原が明智の襟首をつかみ、部屋の奥へ引きずっていく。そのまま、ガラス張りのスペースに放り込んだ。明智は頭を打ったのか、動くことができない。

 篠原は同様に、夢野とハナもそこへ放り込んだ。桐谷が手に持ったタブレットに触れ、頑強そうなシャッターが閉まる。三人はガラス張りの密室に閉じ込められたのだ。

「強化ガラスだ。体当たりしても無駄だね」

 篠原が笑う。

「ここは本来、電磁波研究の実験室なんだよ。ここで私の指一本で、君たちを電子レベルに分解することができる。目に見えないレベルまで分解された君たちを、電荷としてその辺のPCにでも取り込むとしよう。死体すら残さない完璧な処刑装置だ」

 桐谷はタブレットを掲げてみせた。

「さて、最後のチャンスだ。明智君、いや、夢野君でもいい。君たちが何に気付いたのか、教えてもらえないかな?」

 明智は唇を固く結んでガラスの外をにらみつけていたが、やがて観念したのか口を開いた。

「飛行場の情報を発見したとき思ったんだ。世界は滅んでいないんじゃないか、もしくは、他のエリアと行き来するのに何か不都合があるんじゃないかと」

「ほう?」

 桐谷が続きを促す。

「しかし、世界は崩壊していた。とすると、こちらのエリアに飛行場を建設できない理由があるはずだ」

 黙って聞いていた夢野が、「モアレ、ね」とつぶやいた。

「そう。カメラの周辺をジャミングしたときに、モアレが発生した。肉眼でも観察できるほど」

 明智は鋭い目で、目の前の二人を射抜いた。

「このエリアは、電磁波のドームで覆われているんだ」

 そこでハナにも合点がいった。電磁波で覆われていれば、確かに飛行機は出ることも入ることもできない。

「そこまで気づいていたとはね。惜しい人材だ」

 桐谷が深くうなずく。

「私も白状しよう。二年前のプロジェクションマッピング、あれがそもそもの原因だった」

 ハナの目に、華々しく照らされた塔とその天辺に立つ桐谷の姿がよぎる。

「あれを実現するのに、ちょっとばかり基準値を超えた電磁波を用いたんだがね。その処理に失敗し、一部が定着してしまった。それは四つの塔を起点としてまたたく間に増殖し、やがてエリア全体を覆ってしまった」

「ちょっと桐谷さん、しゃべりすぎでは?」

 篠原が制止しようとするが、桐谷は「いいじゃないか」と笑う。

「要は、巨大な野外スクリーンだと思えばいい。これにより、我がエリアでは飛行場建設が不可能となった。そして我々は、飛行場建設の情報そのものを隠蔽した」

 桐谷が歩み寄り、ガラス越しにこちらを覗き込む。

「苦労したよ。毎日、天気や時刻に合わせて、空の映像を投影する。電磁波だから雨や空気は通すが、光の屈折ですぐにばれてしまうからね。そして、君たちのためにこれまでの苦労を水の泡にするつもりはないんだ」

 桐谷はタブレットに手をかけた。

「実は一年前にも、同じようにして嗅ぎまわっていた大学生を四人ほど、ここで分解してやったんだよ。まったく、バカ者は後を絶たない」

 ハナと夢野は身を寄せ合った。

「知りたいことを知れて満足だろう? では、さよなら」

 明智が「やめろっ」と叫んだ。

 桐谷の指がタブレットの上で踊る。ハナたちの周囲で、バチバチと電流の弾ける音が響き始めた。

 ――突然、電気が消えた。ブレーカーが落ちたのかもしれない。

「なんだ、何があった」

 桐谷と篠原も顔を見合わせている。

『はいはーい、こんちわー』

 間の抜けた声が聞こえる。

『ぼうさん、照明切ってくれてありがとね。こほん、聞こえる? ここだよー』

 声はどうやら桐谷の持っているタブレットから聞こえているようだ。

 桐谷が覗き込む。その顔が驚愕と怒りで歪んだ。そのまま、タブレットを床にたたきつける。

『そんなことしても無駄無駄! よーし、全員、『配信』開始して!』

 研究室内のモニターが次々と点灯する。

 正面にある巨大な液晶モニターに、キャップを被ったドレッドヘアの男が映し出された。どうやら、先ほどから聞こえる声は、この男のものらしい。

『お、桐谷ちゃんに篠原ちゃん、久しぶりだねー。相変わらずゲスいことやってんなぁ』

 篠原が青ざめて、「な、なんで…」とこぼす。

 ガラスの内側では、明智が「先輩…」とつぶやいた。

『あんたらに粉々にされてから大変だったんだよ。電荷になって、回線という回線を旅する俺たちの苦労は、涙なしには語れない』

 ドレッドヘアの男は、涙を拭うふりをしている。

 壁際にあるPCモニターも起動音を立てる。そこには、眼鏡を掛けた熊のような男が映し出された。

『ちなみに、さっきまでのやりとりはすべて、生配信させてもらったぜ。あんたらの作った、お空の巨大なスクリーンを使ってね』

 桐谷の顔が真っ赤に染まる。研究室は密閉されていて窓がない。気付くわけがなかった。

 熊のような男の横で、さらにもう一台、モニターが起動する。そこには、ホストのような超絶美形の男が現れた。

『よし、お仕置きタイムだよ』

 美形の男がレバーを引くと、先ほど桐谷が破壊したタブレットから激しい電流が放たれた。ハナたちは思わず顔をそむける。

 桐谷と篠原は、電流の直撃を受け、声も出さずに倒れ伏した。

『おい触角、殺してないよな』

『多分大丈夫じゃないかなぁ。口からすごい煙出てるけど』

 ホストのような男が何でもないことのように言う。

『こう見ると、すごくあっけないよな』

 熊のような男が納得したように首を振る。

 最後に、ガラスの内側にある小さなモニターが点いた。袈裟を着たお坊さんが手を合わせている。

『お嬢さん方、悪は裁かれた。安心されるとよい』

『おいぼうさん、いいところ持ってくなよ! 煩悩剥き出しか!』

 ドレッドヘアの男が文句を言っている。

『今、そのシャッター開けるね』

 ホストのような男が画面の中でハンドルを回す。鈍い音を立てて、シャッターが開き始めた。

『明智もよく頑張ったな!』

 ドレッドヘアの男が親指を立てた。

「先輩! 俺……」

 明智がシャッターをくぐり、四人に何かを伝えようとしているが、言葉にならない。

『そろそろハッキングも限界だ! じゃあな、気をつけて帰れよ!』

 別れの言葉にしては雑な文句を吐いて、四人が手を振った。そのままプツンという音を立て、すべてのモニターがあっけなく切れる。

 明智はモニターの前で立ち尽くし、ハナと夢野はガラス張りの部屋を抜け出した。

 桐谷と篠原は、まだ煙を吐き続けていた。

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