第7話 Side-A

 無事に――とは言えないが、何とか『劇場』内に潜り込むことのできた四人は、階段をのぼりながらバカ騒ぎを続けていた。

「お前本当に給湯パネルと警報器間違えるとかないわ!」

 シモンのきつい当たりに、触角は飄々と返す。

「そうそう。自分でもびっくりだよ。実は警報器を見たことがないからよく分からなかったんだよね。あ、でもうちにはもちろん給湯器があったよ。お風呂に入っているとき、よくふざけて呼び出しボタンを押して怒られたなあ。お母さんが慌てて様子を見に来るのがおかしくて」

 どこへ向かうか分からない二人の競り合いを遮って、IDが口をはさむ。

「シモンこそ素敵なスローイングだったじゃねえか。おかしいな、元野球部」

「いやー! 言わないで! すみません、ちょっと調子に乗ってました!」

「でもまあ、そのおかげで助かったんだけどな」

 IDがぼそりとこぼすと、途端にシモンが胸を張り始める。

「その通り! 警報器を無事止められたのは俺のおかげだ! 結果オーライ!」

 鼻高々に言い放ったところで、ぼうさんがシモンの頭を「喝―――っ」と叩く。

「いってぇ! なぜ? ぼうさんなぜ?」

「おごれるものは久しからず」

 ぼうさんが手を合わせる。

「俺それ知ってるぞ、『偉そうにしてたら失敗する』的なやつだ。竹取物語だろ?」

 シモンが知識をひけらかしたところで、ぼうさんが再び「喝―――っ」と叩く。

「痛いっ! 今度はなぜ?」

「竹取物語ではなく源氏物語」

 ぼうさんがまた手を合わせる。その横で、IDが「いや、平家物語な」と訂正する。

 そんなやりとりを続けるうち、四人は『劇場』のホールへたどり着いた。

「よーし、ここまで来たな」

 シモンが両腕を広げる。

「ここからが正念場だぞ」

 IDが首をぽきぽきと鳴らす。

「えーと、僕はまず緞帳を探せばいいんだっけ?」

 そう尋ねる触角に、シモンはうなずいてみせた。

「そう、役割分担は全員ちゃんと頭に入ってるか?」

「当然。我は照明担当なり」

 ぼうさんが一段と低い声で言う。

「じゃあ、俺は映写室を探すな」

 IDがどこかへ歩いていく。

 それを合図に、全員がホール内へ散らばった。IDはホール後方の階段を見つけ、そこを上っていく。シモン、触角、ぼうさんは、客席の通路を通り、巨大な舞台へと向かう。

 そこからは、先ほどまでと打って変わり、全員がてきぱきと行動し始めた。

 シモンがスマートフォンを起動し、全員と通話をつなぐ。

「こちらシモン、舞台上に到着。特に異常なしだ」

 舞台は、緞帳が降りていることもあってほぼ暗闇だ。舞台奥へ歩いてみると、巨大な布のようなものにぶつかる。スクリーンが吊り下げられているのだ。

「こちらID。無事映写室に到着。プロジェクターの準備に入る」

「ラジャー」

「こちらぼうさん。舞台上手に照明のスイッチを発見した。だがどれがどのスイッチか分からん」

「オーケー、見に行く」

 シモンがぼうさんのもとへ向かう。確かにスイッチには数字しか書かれていない。

「どこかに、照明の番号が書いてあるはずなんだがな」

 二人で周辺を探ると、奥の棚から照明の番号表が出てきた。

 発掘した表とスイッチの番号を照らし合わせながらすったもんだした挙句、やっと舞台に明かりをつけることができた。

「こちらぼうさん、舞台に明かりを点けられた」

「こちらシモン。照明については俺の努力が七割だ」

「こちらぼうさん。七割は言いすぎた。五分五分なり」

 しばし、シモンとぼうさんで減らず口を叩き合う。

「ID、プロジェクターは動かせそうか?」

「大丈夫だ。線をつなぎ終えるまで、あと五分くれ」

「ラジャー」

 シモンを司令塔として、準備は着実に進んでいる。

「触角、緞帳は上げられるか?」

「ハンドルを見つけたよ。今上げる」

 舞台袖から重い金属音が聞こえ、緞帳がゆっくりと上がり始めた。

「オーケー、ナイスだ触角」

 緞帳の上がり切った舞台に、シモンは立つ。舞台下手には、ハンドルを回し終えてくたびれた様子の触角が立っている。舞台正面には客席がずらりと並び、その上方に映写室と思しき窓ガラスが見える。そこではIDがプロジェクターの用意をしているはずだ。

 舞台上手には、照明スイッチに手をかけた状態でぼうさんが待機している。

「ぼうさん、ここぞというときに、照明の操作を頼むぜ」

「承知」

 ぼうさんが手を合わせて礼をする。

「触角、緞帳のハンドルありがとう。下手には、他にレバーやスイッチなんかはあるか?」

触角がハンドルの周辺をきょろきょろと見回す。

「うん、なんだかたくさんあるよ。全部で五つ? 六つ?」

「それはたぶん、舞台装置とか仕掛けとか動かすやつだ。危ねえかもしれないから、安易に動かすなよ」

「分かった」

 言うが早いか、触角はレバーを一つ引いた。

 何かがシモンの頭上を直撃し、彼は「あべぇ」とかなんとか情けない声を出して倒れ込んだ。

「うわあ、金だらいが降って来たよ。こういうの、今でもあるんだね」

「こちらID、映写室から、シモンが金だらいに襲撃されてぶっ倒れるのが見えたぞ。触角、今はサイコなところを封印してやってくれ」

「大丈夫、もうしない」

 シモンが頭を押さえて立ち上がった。キャップが落ちる。

「おい触角、何が大丈夫だよ。こっちは全然大丈夫じゃねえんだよ」

 文句を垂れるシモンのもとに、IDから「準備完了」という通信が入った。

「よーし、じゃあやりますかぁ」

 ころりと能天気な様子に戻ったシモンのもとへ、さらなる通信が入る。

「こちらID、その…シモン、お前まただいぶ、後退したな」

「へ?」

 シモンは自分の頭に手をやる。

「おい! ちょっと見るんじゃねえよ」

 慌ててキャップを拾い上げ、かぶりなおす。

「こちらぼうさん。丸刈りはいいぞ、丸刈りは」

「うるせえ! 小顔だから坊主頭が似合わねえんだよ!」

 そうこうしているうちに、映写室から強い光が放たれた。

 プロジェクターが無事に稼働したらしい。

 シモンが照らされ、その背後のスクリーンにぼんやりと映像が浮かび始める。

「よーし、全員準備完了だな。じゃあこの通話も切るぞ。ここからは阿吽の呼吸で頼む。それと、『配信』の準備もよろしく」

「アイアイサー」

 通話が切れる。そのまま四人は各々のスマートフォンで、内カメラを起動させ、自分を映す。

「さあ、いよいよ始まりまっせ」

 シモンが画面中の自分を眺めながらつぶやく。

 背後のスクリーンには、研究室のような場所に立つ二人の男と、三人の若者――平山ハナたちが映し出されていた。

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