第6話 Side-B
「どうだみんな、収穫はあったか?」
明智が言う。偉そうなのは相変わらずだが、他意はないのだとここしばらく一緒に働く中で分かってきた。
ハナは首を振る。
「全然。諸帳簿をそれとなく見返してみたけど、飛行場のひの字もなし」
夢野も「私も」と困り顔だ。
「本当は『空港』とか『飛行場』とか、サーバー全体に検索をかけたいくらいなんだけど、それをやると足がつくからね。現時点では一つ一つのフォルダごとにチェックしていくくらいしか方法がないよ。んで、今のところは全く収穫なし」
明智は「そうか」とつぶやき、背もたれに身体を預けた。
ここは明智の暮らしているアパートだ。毎週木曜に社外の研修が設定されており、三人は午後からITCを離れ、市役所へ向かう。研修終了後は帰社せずの帰宅が認められているため、近くにある明智の部屋に集まって話すのが常となっていた。
「実は俺、外に出て確かめてみようとしたんだ」
ハナと夢野は「えっ」と声を上げ、明智の顔を見る。
「外って、塀の向こう側ってこと?」
夢野の問いかけに、明智は「うん」とうなずく。
「ばれたら懲戒免職どころじゃないわよ。法に触れる行為なんだから」
大規模な地盤沈下以降、環境が急変したため、大気中の成分、生息する動植物、細菌に至るまで情報は不足している。たとえば塀の外に出て未知の病原菌でも持ち込もうものなら、エリアの滅亡は必至だ。塀の外へ出る行為は厳しく禁じられている。
「もちろん出ることは不可能だったよ。見張りが立っているし、カメラだってある。それを出し抜いたところで、外へ出るための足場もない。結局塀の回りを散歩して終わりって感じだったな」
「それ、あんまり続けると変な目で見られるから気を付けた方がいいわよ」
ハナは明智を心配する。ただでさえ、ITC内では態度が高慢だと顰蹙を買い始めているのだ。
「大丈夫、もうしない。でも、それで思いついたんだ。逆に、監視カメラの映像を見ればいいんじゃないかって」
「ああ、なるほど」
夢野が顎に手を当てる。
「たしかに監視カメラの位置からして、外の様子は映り込んでいるはずだね。そもそも外の様子をモニターし続けるのは情報貿易の観点からも重要だから、外専用の映像があってもおかしくないくらい。それを確認できれば――」
「そう、世界が本当に崩壊したのかどうか、確認できるわけだ」
明智がにやりと笑った。
しかしハナは冗談じゃないとばかりに首を振る。
「監視カメラのデータは安対課の管轄でしょ? 私たちじゃアクセスすらできないわよ」
「何も、過去のデータを探ろうっていうんじゃない」
明智は棚の引き出しを開けてごそごそとやり始めた。
「監視カメラから直接映像を拝借できればいいわけだ」
「監視カメラに直接アクセスするってこと? それこそ、電波がつながった時点で警報器が反応して、三人とも逮捕、さよならだよ」
安全策をとりたいと主張するハナの目の前に、黒いスタンガンのようなものが差し出された。
明智が傲慢な口調で言った。
「これ、大学の先輩たちの置き土産なんだ。その名を電磁波ジャミング装置」
決行は塔の業務終了後と決まった。塔は公的機関だけあって、終業時間を迎えるとほとんどの人間が即退勤する。二部制をとっている安全対策課だけが塔と周辺の管理を任されるのだ。
三人とも篠原らに挨拶を終え、塔の外へと出る。
アクセスに使う媒体は、明智のスマートフォンに決まった。まさか外でパソコンを開くわけにもいかない。加えて、万一アクセスが露呈した場合、夢野とハナに迷惑がかからないように、という明智なりの配慮もあった。
三人は塀に沿って伸びる道を、世間話をしているように装って歩く。横目で監視カメラを確認すると、塀の上に二台並んでいるのが見えた。一台は外部の様子を確認するためのものらしく、塀の外へ向けられている。もう一台は塀を越える者がいないかを監視するためのものだろう、塀の内側へ向けられている。おそらく広画角であるだろうから、こちらにも外の様子はある程度写り込んでいるはずだ。
明智がさりげなく電磁波ジャミング装置を取り出し、カメラに向かって二度放った。
小さくバチリという音が響き、カメラの周囲にモアレのようなもやが広がった。
「よし、命中した」
明智はそのままスマホでカメラへのアクセスを開始する。ハナにはよく分からないコードが打ち込まれていく。
「これって、安対課の方では異常が感知されたりしないの?」
ハナは夢野に耳打ちする。
「大丈夫だと思う。あのジャミング装置、ちゃちいけどものすごく完成度が高くてね。安対課では、ノイズすら入ることなく、監視カメラの映像を確認できているはずだよ」
明智が「行けた」とつぶやいた。塀沿いを歩き続けていると怪しまれるかもしれない。そのまま三人で脇道に入る。
「見てみて。こんな感じ」
夢野とハナはスマホを覗き込み、「おぉー」と声を上げる。傍目には、写真か何かを見せ合っている新社会人にしか見えないはずだ。
スマホに映し出された映像は、塀の内側に向いているカメラのものだろう。一般的なカメラと同じく、塀の周囲が広角レンズで撮影されている。肝心の外側はと言うと、チカチカとした縞模様がかかってしまい、よく見えない。
「これって、さっき見えたモアレだよね。電磁波が効きすぎてるのかな?」
夢野がつぶやく。
「外側のカメラを見てみよう」
明智が言って、画面をフリックした。
三人で息をのむ。
地面は赤黒かった。地面は溶けたように窪み、底が見えない。剥き出しになった赤土と、極端な凹凸による陰影で、どこかグロテスクな印象すら与える。
木もなく、生き物の生存すら絶望的に思えるその風景に、ハナは何も言えない。
「やっぱり、世界は滅びていたんだ……」
明智が呆然としている。かすかに震える唇は、かさかさに乾いていた。
夢野が口に手を当てる。
「でも、そしたらあの『飛行場』は何?」
戸惑う三人の足元に、突然二つの影が差した。
全員、慌てて顔を上げる。
「やあ、みんな。ちょっと話したいから、来てくれるかな。そこに映されているものについて、ね」
篠原と桐谷が、笑顔で立っていた。
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