第10話 「彼の傍にいます!」信じられない言葉が出ていた(私 高校3年生)想いのままに・女子編

 既(すで)に乗車口のドアが、手動で開けられて幾人(いくにん)も車外へ逃(のが)れていた。

 無事だった乗客と歩行者の人達も手伝って、傷(きず)を負(お)った乗客の大半がアーケードの歩道へ運ばれて寝かされている。

 私の近くに倒(たお)れていた人達も、救助の人に支(ささ)えられたり、担(かつ)がれたりして降(お)ろされて行った。

 拉(ひし)げて傾(かたむ)いたフロントガラスを仰(あお)ぐように見ている運転手は、『最後に降りる責任が有る』と言って、砕(くだ)けたガラス片を浴(あ)びて、顔中が血だらけになる大怪我(おおけが)をしているのに、運転席から動かない。

 遠くから聞こえ出したサイレンの音が、急速に大きくなって近付いて来る。

 私も降りるように促(うなが)されたが、彼の傍(そば)にいると言って断(ことわ)った。

「降りろよ。もう直(す)ぐ、レスキュー隊が助けに来るだろうし、大丈夫さ。きっと、この後ろの白い奴(やつ)をどかせば、出られるから」

 少しずつ息が落ち着いて来て、私はもう安心なのに、彼は私の安全を優先(ゆうせん)させる。

 怪我をしている自分よりも、私を心配してくれていた。

「怪我は有りませんか? さあ、あなたも降りてください」

 救助に来た人は私の手を掴(つか)み、開かれた乗車口へ引っぱる。

「彼の傍にいます!」ナウ

 強い口調(くちょう)で言い、掴んだ手を振(ふ)り払(はら)って彼の傍を動かなかった。

 ドキドキした。

 彼を一人(ひとり)にできないという気持ちが強くて、思わず自分でも信じられない言葉が出た。

 確実に救い出されるまで、彼から離(はな)れたくなかった。

 直ぐに助け出されるのなら、なおさら彼の傍にいたい。

「後ろの白いのって……、何よそれ、いやよ! レスキュー隊が来るまで、……私は、ここにいるわ!」

 急に目頭(めがしら)が熱くなって、眼に涙(なみだ)が溜(たま)った。

 この状況が悲(かな)しいのではなくて、こんな状況にならなければ、互(たが)いに話せなかったのが哀(かな)しい。

 次々と負傷者が運び出されて行き、エンジンの停止したバスの中の喧騒(けんそう)が次第(しだい)に静かになるのに連(つ)れ、事故の衝撃(しょうげき)でズレ落ちた私のコードレスのヘッドホンと彼のイヤホンのスピーカーから小さく鳴(な)るリズムが、ノイズのような耳障(みみざわ)りさで聞こえて来る。

 彼にぶつかった勢(いきお)いで頭に有ったヘッドホンは辛(かろ)うじて私の首に引っ掛かり、私を護(まも)る咄嗟(とっさ)の動きと背後からの衝突(しょうとつ)の衝撃で、彼の耳に嵌(は)めていた二つのイヤホンは仕舞(しま)い忘れていたかのように、だらしなく胸ポケットから垂(た)れ下(さ)がっていた。

 その小さく響(ひび)かすイヤホンの一つを手に取り、いつも彼が、どのようなジャンルの曲を聴(き)いているのかを知りたいと湧(わ)き上がる興味に、私は顔を近付け、無造作(むぞうさ)に耳へ填(は)めて聴(き)いた。

 彼の学生服の胸へ触(ふ)れそうなくらいの接近に、鼻先が彼の匂(にお)いに擽(くすぐ)られる。

 安心する悪くない匂いだったけれど、近付き過(す)ぎたのを恥(は)じた後退(あとずさ)りで、ピンとコードが張(は)って抜(ぬ)け落ちそうになったイヤホンから、伸(の)び伸びとした男性のハーモニーが耳の奥で跳(は)ねるように聴こえた。

(これはオールディズだ! J-POPとは違う。これは以前に私が教えた曲名の歌だ!)

 ナウ イフ ユー フィール ザッツ ユー キャント ゴー オン……もし今、もうダメだと感じているのなら、リーチ アウト……手を伸ばすんだ。

 ジャスト ルック オバー ショルダー、アイルビーゼア……肩越(かたご)しに見ろ、僕は其処(そこ)だ。

 チェリッシュ アンド ケア アンド ラブ アンド コンフォート ユー……君を大事にして愛し、慰(なぐさ)めるよ。

 ディペンド オン ミー……僕を頼(たよ)ってくれ。

(うーん、これを聴きながら真横に立ち、黙(だま)って私を見下ろし、私に『手を伸ばせ』と願っていたのだろうなあ。全く、夢想(むそう)ばかりのオタッキーなんだから……、でも、それが今、現実になっている……)

 少しだけ聴いてからイヤホンのコードを纏めて、彼の胸ポケットに戻した。

 変わったジャンルを聴く者同士の共感が、私を楽しくさせた。

「へぇー、こんなの、聴いていたんだ」

 メランコリーな歌詞(かし)とは真逆(まぎゃく)のアップテンポでノリの良い、スピード感が湧(わ)き上がって来る曲なのは知っていた。

 歌詞的には声掛(こえが)けを躊躇(ためら)う気持ちを後押(あとお)しして払拭(ふっしょく)させ、勇気(ゆうき)を持たせて抱(だ)き寄せるような意味で、在り来たりならセレナーデのムードなのだけど、お姉ちゃんが運転する自動車のアクセルを踏(ふ)んで加速させて行くのと同じ、心が開放させられて行く楽しさを感じてしまう。

(あなた、やっぱり変わってるね。でも、私のフレンチオールディーも、彼の事を言えないな)

 私は顔を背(そむ)けて首に引っ掛かっていたヘッドホンを外し、彼の耳へスピーカーを近付けながら優しく言ってあげる。

「私のも、聴かせてあげるね。ジャンルはフレンチオールディーよ」

 自らも顔を傾け、耳をヘッドホンに付けて聴き入る彼は、少し笑いながら私を観察するように、じっと涙目で見ている。

 私を守ってくれた彼の悲痛な状態を見ているだけで、何もできない無力さに焦る苛立ちと悲しみが込み上げて、ヘッドホンを持つ手が震え出す。

(看取(みと)るとか、末期(まつご)とか、今生(こんじょう)の別れとか、その瞬間は、今のようなのかも知れない……)

 よくピアノの練習で弾(ひ)いた『別れの曲』のメロディーが、頭の中を流れる。

(そんなのは否(いや)よ! まだ、お互いに何も言えていないし、ちっとも、愉(たの)しくないじゃない!)

 悲しさを誤魔化(ごまか)すようにヘッドホンをバックに片付けていると、いくつもの赤色灯が回る車外の慌ただしさに、機敏に動き回るオレンジ色の制服で、レスキュー隊が到着したのを知った。

(ああ、良かったぁ。これで、彼は助かる……)

 傍に来たレスキュー隊員が、先ず、彼の状態を見る。

 彼が痛がっている左の脇腹も、後頭部も、ちゃんと看てくれていた。

 それから、彼の救出で不手際(ふてぎわ)や不慮(ふりょ)の事態が発生しないように、挟まれ具合を、手摺りに乗っての上からや床に這(は)い蹲(つくば)っての下からと、隅々(すみずみ)まで細かく確認している。

 更に、救出の算段を再度、指差し確認してから真剣な顔で私に降車を促した。

「さあ、危(あぶ)ないから降りて下さい」

 その真剣な表情に事態の深刻さを感じた私は、彼の万が一を連想してしまう。

(だったら尚更(なおさら)、私は、此処に居なければならない!)

「いやです。ここに、彼の傍にいます」

(だって、私が危ないって言うなら、彼は、もっと危ないじゃないの。彼を安全に助け出せないの?)

「ここに居るなんて、むちゃ言わないで。彼を助け出す作業の邪魔(じゃま)になるから、ね」

 更に、ドカドカと乗り込んできたレスキュー隊の人達が、彼の傍から離れない私を両脇から抱きかかえるようにして車外へ運んだ。

 私は抱え出されながらも、彼から目を離さない。

 彼は連れ出される私を、笑顔で見送っていた。

 だけど、彼の眼は笑っていなくて、その笑顔も固(かた)まって行く。

(……不安? そう、なんだ……)

 私は、居た堪れない……。

「彼は、私を守ってくれたの! お願いだから、助けてあげて!」

 思わず、大声で言ってしまった。

 だけど、少しも、恥ずかしいとは思わない。

 今の私は、心からの切実な願いで、寧(むし)ろ誇(ほこ)らしいくらいだ。

「頑張(がんば)って……!」

 彼に掛ける言葉が、上手(うま)く結(むす)べない……。

(頑張って……生きて……とまで、言葉にできない……)

 固まっていた笑顔を緩(ゆる)ませて、彼は頷(うなず)いてくれた。

 事故見物の野次馬達を遠ざける警察官や消防団員の脇で、彼の無事を祈りながら救出作業を見守っていると、彼が言った通り、バスへ衝突したトラックを少し離しただけで、拉げたフロントガラスは剥(は)がれるように崩(くず)れて、簡単に取り除く事ができた。

 彼の体に食い込んでいたのは、トラックの折れ曲がったサイドミラーの支柱で、それは、鋭角に曲がり、先端が彼の脇腹を背中から押し潰していた。

 ストレッチャーに寝かされて運ばれる彼は、救急車の開かれた後部ドアからストレッチャーごと乗せられて行き、救急車の中へ運ばれる動きに合わせて、ストレッチャーのキャスターが軽く滑(なめ)らかに畳(たた)まれて滑(すべ)るように入って行った。

 初めて見る救急隊員の機敏な働きと設備の機構の作動に見入ってしまい、瞬間、私は彼を意識から離してしまう。

 直ぐに、ハッと感じた視線で流し見た彼は痛みに耐える顔に、優しく親しげな瞳で私を見続けていて、それに気付いて顔を向け直す私へ、彼は目を細めて笑ってくれる。

 その寂しげな笑顔が、私の胸を悲しさで締め付けて息ができないくらいに切(せつ)なくさせた。

(……いっしょに、行かなくちゃ!)

 思うよりも早く駆け出した私は、大急ぎで降車口の底に落ちていた彼の鞄を拾(ひろ)い、閉じられようとしていたサイドドアを腕で制して救急車に飛び乗った。

「乗せて下さい。私も、彼といっしょに行きます」

 サイドドアを閉めようとしていた救急隊員は、私の表情と声や行動の勢いに圧(お)されたのか、肯(うなず)いて中へ入れてくれた。

 痛みと不安からなのだろう、彼の、目を虚ろげに細めた顔は強張(こわば)って歪んでいた。

 その目が大きく見開かれて、傍に近寄る私を見ている。

 瞳の虹彩の輝きに彼の安堵を感じた。

(乗り込んで、良かったぁ……)

「……ありがとう。いっしょに、……いてくれて……」

 目を丸くした驚きの顔で、乗り込んできた私を見ていた彼が、震える声で言った。

(それは違うわ。あなたが御礼を言うのは、おかしいでしょう)

 彼の声の震えは、付き添う私に嬉しくて感動した所為だと思ってしまったのだけど、彼の唇も、肩も、手足も、全身が、救出されて緊張が解(ほぐ)れたからなのか、小さくブルブルと震えていた。

 震える声の彼の姿を溜まり続ける泪(なみだ)が滲ませると直ぐに溢(あふ)れ出て、両の頬(ほお)に温かい筋となって流れて行く。

 泣いている私を見詰める彼は、痛さと戸惑(とまど)いが混(ま)ざった瞳で、嬉しそうに微笑んでくれる。

「私こそ、ありがとう」

 この言葉をあなたへ言う為に、私は、初めて救急車に飛び乗ったのだから。

 救急車は、通勤の乗用車で混雑する朝の幹線道路を、けたたましくサイレンを捲(まく)し立てながら、猛スピードで縫(ぬ)うように走る。

 私は揺れる救急車の中で、彼の体が動いて痛がったり、ストレッチャーから滑り落ちたりしないように、小刻(こきざ)みに震える彼の体に被さるようにして押さえた。

 彼の匂いと広い胸が、私を落ち着かせてくれる。

 涙顔を彼の胸に着けて、彼の匂いを吸い込む。

 さっきまで横から漂(ただよ)っていた、いつもの安心する懐(なつ)かしい匂い。

 安らぎを感じたのは一瞬で、直ぐに、彼の速い鼓動と小刻みな震えが私を不安にさせた。

(大丈夫だよね。きっと、酷い傷じゃないわ)

 ハラハラと、また涙が溢れて、彼の黒い学生服の胸を点々と濡らし、筆先から墨(すみ)が垂れ落ちたような艶消(つやけ)しの黒色に染めた。

(どうか、彼が助かりますように)

 そんな私を安心させるかのように、彼の手が、そっと私の背に添(そ)えられた。

 彼の胸は、筋肉で盛り上がっている。

 腹筋が有るのも分かった。

 掴むように押さえている肩は、広くて分厚くて堅(かた)い。

(こんなに逞(たくま)しくなったの? 着痩(きや)せして見えるんだね)

 息が吸い込まれて彼の胸が大きく膨らみ、そして、切れ切れに吐き出された。

 それに、小刻みな震えは治まらない。

「寒い……? 苦しい? 痛いの? それとも重い?」

 私は、上目遣(うわめづか)いで訊いた。

 彼の瞳は、肩に添えた私の指を見ていた。

(爪(つめ)を、見ている……)

 急(きゅう)に救急車は右に曲がり、サイレンの音が止まった。

     *

 私達は、運ばれた金沢医療センターの救急外来で、簡単な問診と外傷の確認をされて、彼だけは患部のレントゲン検査を受けた。

 私の身体に痛みや不調は無く、外部にも、掠(かす)り傷一つ無かった。

 彼は、他にも、腹部や胸部への超音波のエコースキャンと全身の赤外線サーモスキャンを受けて、更に腹部と頭部のMRI検査もされて、損傷や異常部分を探された。

 それに、脳波と心電図も取られていた。

 とても、心配していた頭部の容態は、『一応』とか、『念の為』とか、言われて、緊急を要するような慌てた様子も無く、検査を終えていたから、緊張するような問題は見られなかったと思えた。

 各種の検査を終えた後、救急センターで指示されて向かった診察場所は、治療を受けるバスの乗客や様々な関係の人達で混雑していた。

 私は混雑を避けて、少し離れた所に彼のストレッチャーを停めて様子を見る。

(さて、早く、彼の状態を診断して貰って、動かしても良いような検査結果だったら、こんな所から脱出しなくっちゃ)

 程無(ほどな)くして、彼はストレッチャーの上で横たわりながら、巡回して来た医師に診断を受けた。

 30代中頃に見える男性医師に、各検査から渡されていた検査結果を見せると、それぞれをチラ見するような確認をしただけで、何かを書き込んだ。

『自分は、診断と治療を指示するだけで、緊急治療を必要とする患者以外は、今暫(いましばら)く待って欲しい』と、早口で告(つ)げて足早に去って行った。

(えーっ! ちょっと待ってよぉ~先生、彼は重傷じゃないの?)

 心配で、私も見ていたカルテのような用紙には、巡回の医師先生が書き加えたと思われる、走り書きの横文字の処方箋(しょほうせん)らしきものが書き込んであった。

 そのアルファベッドらしき文字の羅列(られつ)は判読不能で、私には、その、極めて簡素化された究極の筆記体を理解する事が、全然できなかった。

(こんな汚(きたな)い字で、よく看護師の人達は、読めるなぁ。医療事故の起きないのが、不思議だわ)

 さすが、専門資格を持ったプロ達だと、私は感心してしまった。

 私は通り掛かった忙(いそが)しそうに動いている看護師を無理矢理呼(よ)び止めて、横文字の意味を訊いてみた。

 用紙には、彼の内臓や血管に異常は無くて、腰背部打撲(ようはいぶだぼく)と診断されていた。

 暫らく痛みが残り、1週間ほど青痣(あおあざ)が消えないらしい。

 彼の処方箋の内容を訊いたら、痛み止めと冷湿布(れいしっぷ)だけだった。

 大きなタンコブになって心配だった脳も、内出血は無くて、はっきりと問題が無いと分かった。

 それから、さっぱり解(わか)らない横文字らしき線の繋がりが、本当に解明されてしまうのには驚(おどろ)いた。

 看護師さんって、凄い!

(ほんと、良かったわー!)

 それでも、彼は一日入院して様子を診(み)るようになっていると言われ、そして、その入院手続きに病棟から看護師が彼を迎(むか)えに来て、処方の診察に同行するので、廊下のベンチで待つようにと言われた。

 彼の脳に損傷の無い事を知って、安心できた私は、冗談交(ま)じりに励(はげ)ましてみる。

「良かったね。中身が無事で……」

 さっきまで、自分の傷の状態が分からずに、不安な表情だった彼が、ストレッチャーに横たわりながら薄く微笑んで、言葉を出しかけて少し口が開いたけれど、顔を顰(ひそ)めると、声を発しないまま閉じてしまった。

(しゃべると、けっこう痛いみたい)

「因(ちな)みに私の方は、御蔭さまで、全然問題無し。外傷も全然無いよ」

 私の検査結果を聞いて、彼の顔が嬉しそうに笑った。

 動き掛けた笑う口が止まり、黙った笑顔が少し歪む。

(無理に、話さなくてもいいよ)

 自分の身体より、私を心配してくれる、笑顔の彼が愛(いと)おしく思う。

(本当に私が、怪我一つしていないのは、あなたが楯になって、守ってくれた御蔭よ)

     *

 救急外来に到着した時は、既に、負傷したバスの乗客で病院のフロアーは満員状態だった。

 ドクターや看護師達は、応急の診断や治療に追われて、応援の職員達が来るまでは、誰も患者を検査に連れていけない。

「あのぅ、私が付き添って、検査に連れて行きます。場所を教えて下さい」

 尋(たず)ねた看護師は、メモ紙にレントゲン室の場所の簡単な地図を描いて教えてくれた。

 彼がレントゲン撮影やMRIで断層画像を写(うつ)している間に、看護師から病院内の地図といっしょに渡された受診用紙へ、適当な名前で患者名を、近くの別の町名で住所を記入した。

 電話番号も、似たような数字を並べるけれど、全くのでたらめだ。

(手術や入院にでもなったら、適当に誤魔化して、訂正して貰えばいい。家や学校へも、連絡されるだろうからね)

 それから、私の制服のブレザーと、彼から脱(ぬ)がした学生服の学校の記章類を外した。

 互いの学校に欠席する旨(むね)を声色(こわいろ)で電話した事も、……もちろん仮病で。

(これも、後でいくらでも訂正できる。生徒が、大事故に巻き込まれたなんて分ったら、仮病の偽(にせ)連絡なんか、あっさり上書きされるわ)

 そう考えて行動していたから、彼の診察と検査の結果が軽傷だと知って、端(はな)からの考えを実行する事に決めた。

 救急センターへも行って、診察の場所と時間を尋ねた。

 救急センターは、警察官とバス会社の人が患者から怪我の状態や事故当時の状況について、聞き取り調査をしていた。

 それに、新聞社やテレビ局も既に来ていて、あちらこちらに人集(ひとだか)りができている。

 知らせを受けた家族や友人達も来ているのだろう、大勢いてロビーやフロアーは大混雑だ。

 診察場所は整形外科の外来で、検査結果が届き次第、診察と治療をするとの事だった。

 私は、事情聴取や取材なんて受けたくない!

 無遠慮な質問と決め付け、それに、乏(とぼ)しい情報から勝手に想像される言葉が嫌だ!

 テレビのニュースやワイドショー、それに、ドラマの場面では不躾(ぶしつけ)な感じがして、とても嫌だった。

 視聴率を稼(かせ)ぎたい報道によって、深刻で悲惨(ひさん)な事件も、イベントになってしまう。

 好きな俳優がドラマの主人公で演じる、報道側の配役の場面でも気分が悪くなった。

 そして、好きな俳優は、嫌いな役者になってしまう。


 つづく

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