第11話:二日酔い

 同窓会の翌日、つまり8月12日は朝から酷い二日酔いだった。世の中から酒がなくなればいいとすら思った。


 夢の中でも変な夢を見たみたいで、シホとのことはどこまでが夢で、どこからが現実か怪しくなっていた。


 俺の経験から言えば、どんなに酷い二日酔いでも夕方にはなんとかなっているものだ。この状態で家にいると気が滅入るので、家は出たい。でも、行き先がない。ネカフェでも行くか。マンガを読める状態とは思わないけど、防音室に入って仮眠を取れば少しは良くなるかもしれない。


 昼を過ぎた頃にLINEにメッセが届いた。

 シホからだった。



『二日酔いしていませんか? よかったらお茶漬けを食べに来ませんか?』



 世の中の全ての物が食べられないと思っていたのに、シホが作ってくれるお茶漬けは食べられる気がした。



「お邪魔します。シホは二日酔い大丈夫か?」



 彼女も俺と同じ状態だったら、お茶漬けを作らせるのは申し訳ない。天神か大橋か、どこかまで行ってネカフェで寝ることにしよう。



『私はそんなに飲んでないから大丈夫。ユウくんいっぱい飲んでたから……』



 俺はいっぱい飲んでいたのか。無意識にはしゃいでいたのかもしれない。自分の飲める量くらい分かっていたはずだ。



 13時ごろシホの家に行くと、おじさんとおばさんはまだ帰ってきていなかった。俺とシホだけ。



「その……お邪魔します」


「いらっしゃい」



 勢いで来てしまったけど、「お茶漬けを食べに来ました」とは言いにくい。二日酔いもまだ少し具合が悪いし、俺は一体何をしているんだ……



「汁物ばっかりやけど、野菜スープも作ったん。先にそっちから飲んで」


「ありがとう」



 朝から料理したのだろうか。本当にシホは二日酔いじゃないらしい。やっぱり、こんな醜態をさらしている俺と比べるとシホは完璧だ。この野菜スープだって……



 ああ、細胞に隅々まで野菜スープのいいところが行き渡っているのが分かる。単に熱いから胃まで温かくなっているだけなのか、本当のところは分からないけれど、スープを半分くらい飲む頃には、だいぶ楽になっていた。


 人間おかしなもので、身体が楽になると急にお腹が減る。炊き立てのご飯のニオイがしたら腹の虫がグーと音をさせた。



「もう炊けたけん」



 急かしているみたいで恥ずかしかった。

 シホが出してくれたお茶漬けは、インスタントじゃなかった。鮭の身をほぐしたものがご飯の上に載っていて、細切りにした海苔と大葉が載っていた。


 かかっているのもお茶じゃなくて、出汁みたい。どうしたら、こんなに丁寧に生きられるのだろう。



「うまい……」



 なんかちょっと涙が出てきた。お茶漬けを食べただけで涙が出てくるなんて俺の情緒は不安定なのかもしれない。



「よかった」



 シホが嬉しそうにしている前で二日酔いの自分が情けない。



「明日ドライブやね」


「うん」


「車に乗るのが久しぶり。楽しみー。10時には迎えに来てくれるって」


「10時……」


「早かった? お昼に変えてもらう?」


「いや、家にはあんまりいたくないから、もっと早くてもいい」


「……おじさんとは あんまりうまくいってないんやね」


「俺はもう諦めてる」


「そっか……」


「……」


「……」


「ごちそうさま。おいしかった」


「ホント? ありあわせやけど、よかった」


「シホ……あの……」



 そう言いかえた時だった。



(ガチャ)「ただいまー。あら? お客さん?」



 シホの両親が帰ってきた。あの声はおばさんだ。

 ご両親がリビングに顔を出した。



「あ、留守中にお邪魔してすいません」


「ん? 雄二くん? 久しぶりー! 里帰り?」



 おばさんが先に帰宅したみたいだ。おじさんはその後だろう。



「あ、はい。久々に帰って来てて」


「あら、そうなの。いつまで?」


「15日には帰ります」


「東京だっけ? 大変ねー」


「あ、まあ」



 この辺り、東京の何が大変なのか、問い詰めて聞いたらダメなヤツだ。



「お! 誰かと思ったら雄二くんか!」


「あ、おじさん、お久しぶりです」


「珍しいな。東京だっけ?」


「あ、はい」



 なんかデジャヴュだよ。

 そこからは、シホとはそれほど話ができず、おじさんとおばさんとちょっと話して家を出た。


 そうは言っても、家には帰りたくなかったので、近場の西新まで出てネカフェでゴロゴロしていた。マンガもいくらかは読んだ。


 シホのスープとお茶漬けのお陰で二日酔いからの復活は早かったと思う。

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