第10話:俺の両親の事

 シホとなんだか踏み込んだ話をした日、微妙な空気になって俺は実家に帰宅した。


 1日あけて翌々日にはハガレン達と4人でドライブだ。それまでにはもう一度会って色々確かめておきたい気がする。


 少し浮かれ気味で帰宅したけれど、実家には父さんがいる。

 一気にテンションダウンだ。



「だたいま」


「おう」



 余計な会話はない。実家を出て10年は経つので既に俺の部屋はない。大学の時に荷物を持って行ったので、部屋が空いた。そこに父さんは自分の物を持ち込んで自分の部屋にしたらしい。


 3DKの部屋でも、1部屋はキッチンとつながっていて、実質部屋は2つみたいなものだ。今まで父さんは、キッチンとつながった部屋に布団を敷いて寝ていた。


 父さんのいつもいる場所はそのキッチンとつながった部屋。うちでは「リビング」と呼んでいる。そこで食事をして、テレビを見て、ずっとそこにいる。


 俺もそこにいるのは苦痛だったので、もう一つの部屋、かつては母さんの部屋だったところに逃げ込んだ。ベッドも母さんが使っていたものがまだ置かれている。


 ホコリがどうとか、カビがどうとか、考える様な両親じゃない。俺は、時間的に掃除機を使う訳にもいかないので、コロコロでできるだけ埃を取ってそのベッドで寝た。


 うちの両親は学生結婚だと聞いた。昔、母さんがまだ生きていた頃、聞いたことがある。


 ただ、大学在学中に結婚したというよりは、大学を卒業できない父親が大学に籍だけおいて、バイトに軸足を移してしまって、そのうち子どもができたから結婚したみたいない……


 全然羨ましくない学生結婚だった。

 父親は大学に9年在籍していたが、卒業できなかった。1教科だけダメだったらしい。それが何の教科かは知らないけど。


 当時、両親ともアルバイトで生計を立てていた。子供ができて、その時たまたまいい就職先が募集していて就職したらしい。


 たまたまとはいえ、一部上場企業で今の俺が逆立ちしても入れない会社だ。父さんはそこで課長にまでなった。それ以上の出世は高卒だからという理由でできなかったらしい。


 自分の部下が次々上司になっていく。そんな経験をしたらしく、俺には大学に行くように何度も言っていた。


 母さんは父さんを恐れていたと思う。いつも、できるだけ波風立てないようにしていた。父さんは怒ると恫喝するように大きな声を出した。母さんも俺もそれが怖かった。母さんは自分の考えを曲げてまで父の言うことに従っていた。


 彼女はあれで幸せだったのだろうか。亡くなって今だから余計に思う。


 父は30数年通っている会社で昼食には同じ店で同じメニューを食べ続けているらしい。俺から言わせれば異常だ。


 母に痴呆が出始めた時もそれを受け入れることができないようだった。父さんの中の「普通」があり、そこからは外れることに彼は異常に恐れを感じているようだった。だから、時として母さんや俺を恫喝したり、時には殴ったりした。


 彼は色々なことを知らない。人を動かく時に恫喝や暴力を使うしか方法を知らないのだろう。


 俺は、母をあの家から助け出したいと思っていた。それでも結局できなかった。長い年月父さんと一緒にいることで、母さんは父さんに依存している所もあった。


 離れた方がいいのだけど、いざ離れたら離れたで不安になる。

 どうしようもない、末期の状態だった。


 その問題が解決するよりも先に母さんは他界した。だからこそ、俺には後悔が残った。ただ、その根深い問題を解決するだけの能力が自分にはなかった。


 父さんとの関係も俺はもう諦めている。父さんが亡くなった後に「もっとこうすればよかった」とか「こうできたのではないか」とか考えて後悔することにしている。


 それよりも、俺は自分で何とか出来ることの方に全力を注ぐことにしようと思った。闇雲に時間をかけてしまうと、それはもう解決できない問題に発展してしまう。


 俺がいま取り組むべきは、シホとの問題だろう。

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