第9話:二人だけの三次会

 玄関でワインを受け取って帰ろうと思っていたけど、シホに誘われて家にあがりこんでしまった。おじさんとおばさんに挨拶くらいはしておいてもいいだろう。


 リビングに通されて、違和感に気づいた。



「あれ? おじさんとおばさんは?」


「あれ? 言わんかったっけ? お盆やけん里帰りしとー。私は同窓会があるから残ったの」


「へー」



 聞いただろうか。酔っぱらってるからなぁ、俺。シホも酔っぱらってるし、他のやつに言ったのかも。


 テーブルの上にホットコーヒーが出てきた。



「おかえり、ユウくん」


「おう。サンキュ」



 リビングのテーブルで向かい合わせ居座った。なんか変な感じ。



「お酒の方がよかった? ビールとワインならあるけど?」


「もう、十分飲んだから酒はいいや。コーヒーサンキュ」



 シホがコーヒーカップの持ち手に指を通して、飲み口を指で触っている。なにか話題を振らないと。



「実は俺、引っ越した時に段ボールまだ開けてないのがあって……」


「え⁉ もう、6年も経つよ?」


「皿とかも持って行ったんだけど、ほとんど料理とかしなくて」


「わー、不健康だぁ」



 俺は昔、シホは俺のことが好きだと思ってくれていると勘違いしていた時がある。東京に行くと決めた時も、シホに言ったけど無反応というか、普通にしてた。


 東京に発つ日、忘れもしない3月5日だったけど、福岡では珍しく大雪が降った。あの時もシホは地下鉄の駅まで見送りに来てくれたけど、この時も普通だった。


 俺のことが少しでも好きだったら、涙までは無いにしても寂しい顔くらいはしてくれると思っていたのだ。若かった。


 そこで、変な勘違いを訂正できたから東京でも変に振り返ったりしなかった。俺はあのあと、とにかく働いてた。



「俺さ……東京に行った日」


「うん、あの大雪の日ね」


「そう。本当はシホに告白しようと思ってたんだ」



 ガタン、バシャ―



「わぁ!」



 シホがコーヒーをこぼした。俺は、慌ててティッシュを数枚取ってテーブルの上に置いた。シホは、キッチンから布巾を持ってきて、テーブルの上を拭いた。


 コーヒーサーバーに残ったコーヒーに牛乳を入れて、カフェオレにしてカップに注いでシホが戻ってきた。



「ご、ごめん」


「いや、俺も変なこと言ってごめん」


「いやっ、変なことじゃないよ! 全然!全然!」



 俺たちももういい歳なのに、変なことを言ってしまった。シホも俯いてしまったし。



「ちっこい頃から、シホはいつも可愛くて、美人でみんなに好かれてた。俺はシホに憧れてたんだ」


「そっ、そんなことないよ!」


「でも、お前は完璧すぎて、俺とは釣り合わないってずっと思ってて、だからなにか自分で『すごい』って思えることを成し遂げたかったんだと思う」


「……」


「結局、未だに『すごい人』にはなれなくて、夢も目標もないんだけどな」


「私、どうしたらいい?」


「え?」


「私、全然完璧じゃないよ。自分の事も自分で決められんし、やりたいことも特にないし、毎日同じことの繰り返しで……ずっとあの日から……バカみたいに待つしかできなくて……なんにも約束もしてないのに……」


「シホ?」



 シホの目に涙が浮かんでいるように見えた。感情的になったりしない彼女にしては珍しい。



「ユウくん東京に行っちゃったし、できるだけ笑顔で送り出さないとって思って……でも、あの後どうしていいか分からんくなって……」



 地下鉄のホームまで来てくれたんだ。ドアが閉まっても、シホは笑顔で送り出してくれた。


 電車が動き出して、俺とシホの立っている場所がズレ始めて、物理的にも心の上でも俺とシホとの距離は開いていくんだと痛感したんだ。シホが見えなくなった時、俺の恋心も終わったんだと……



「あの日、お前は普通の顔してたろ」


「だって、私……ユウくんの夢を邪魔できんし! できるだけ可愛く覚えていて欲しかったし……」



 シホが涙をぬぐっている。彼女が泣いたのを見るのは小学生の頃くらいだろうか。



「あの……ありがとう。ごめん。そんな風に考えてくれてるなんて思ってなくて……」


「ユウくん、自信なさすぎっちゃ! いつも何かに一生懸命で、結局できるっちゃもん! 文系しかないクラスから理系の大学に進学するし! 東京でなりたかった設計になるし!」



 それは持ち上げ過ぎと言うもの。いつも手助けしてくれた人がいたからだと思う。



「泳ぐのだって、クロールも平泳ぎも先にできるようになったのユウくんやったし!」



 それは、小学校低学年の時の話だ。俺たちがまた水泳教室に通っていた頃の話。いつの話をしているんだ、こいつは。



「私が男子に揶揄われて困ってた時だって助けてくれたし、今日だってどうにもできなかったのを助けてくれたし!」



 小学校の時の話だろうか。子供の時って好きな子にちょっかいかけるからな。今日のはハガレン達に言われたからだし。昔の事とか、今日の事とかめちゃくちゃになってきてるよ。



「俺は……いつも、俺とシホは釣り合わないと思ってた」


「そんなの誰がその価値を決めとーと⁉」


「……」


「私にはユウくんは輝いて見えとったよ?」


「そう……か?」


「私、どうやったらユウくんと釣り合う? もう、アラサーだし、肌もカサカサになってきたし、恋愛経験全然ないし、自分から告白する勇気もないし! もう、ダメダメだよ」



 あれ? なんかおかしい。俺の方が口説かれてる? シホに対しては俺の一方的な片思いのはずじゃ……



「その……ごめん」



 テーブルの上でシホの手を握った。



「遅いよ!」



 シホが拗ねてる。こんな姿は学校では全然見せなかった。いつもニコニコしていて、誰からも好かれるのがシホだ。……だと思ってた。



「こうしてまた仲良くできるんやったら、高校の時に戻ってやり直したいな」



 シホが少し微笑んで言った。



「いや、俺はいまだから分かるんだと思う。高校の時に戻っても今より良くはならないんじゃないかな」



 俺たちには6年が必要だったんだと思う。ラノベの様にタイムリープしても、良い未来に変える自信は俺には全くなかった。

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