第4話:俺の初恋の人
シホは、俺が住む団地の建物のすぐ前に建っている新しいマンションタイプの団地に住んでいた。分譲タイプの方。
幼稚園・小・中・高と同じ学校だったし、家も近かったから幼馴染と言ってもいいのかもしれない。
長い髪で、薄いブラウンのクラップドシャツに白いデニム地のスカート。目は大きくて、すごく整った顔をしている。
名前に「神」が入っていることもあってか、俺は昔から彼女を特別に思っていた。凄く整った顔立ち、成績も良かった。スポーツで優れた噂は聞いたことがないけど、劣っている話も聞いたことがない。
小・中・高と何人に告白されたか分からない。きれいなだけじゃなく、誰とでも気さくに話せて、なにより笑顔がすごく可愛いのだ。
胸を見たら、名札は「神園」と書かれていた。よかった。まだ結婚していない。何が良かったのか……
お互い28歳になっているはずが、めちゃくちゃ可愛い! 俺は福岡に帰ってくると思った時、どうして彼女のことを思い出さなかったのか。父さんのことばかり考えて暗い気持ちで帰ってきてしまった。
「久しぶり……か、神園さん」
「シホでいいよ。ユウくん。それとも、東京に行ってスマシ野郎になってきた?」
「なんだよ、スマシ野郎って」
付き合いだけは長いので、「ユウくん」「シホ」と呼び合っていた。
「こっち帰って来たんなら、一緒に来たらよかったっちゃないと?」
シホの博多弁、懐かしい。5、6年とは言え東京だと博多弁はまず聞かない。やっぱりいな。博多弁。
「ごめん、家のことで頭がいっぱいで……」
「まーだ おじさんのことで悩んどうと?」
「今日、実家に泊まるのが嫌で……」
「ふふ、そんなに嫌やったらホテル取ればよかったのに」
「お金がもったいなくて……自分の貧乏性を呪ってる」
良かった。久しぶりのシホとも普通に話している。
「久々じゃない?」
「もう、あれから6年だよ」
「6年か……」
俺たちの間には過去、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけあった。あれから6年か。
「はーい! みんな揃ったみたいだし、同窓会始めようかー!」
司会は、さっき受付をしていたヤツ。苗字は思い出せないけど、当時から「一平」って下の名前で呼ばれていた調子のいいヤツ。
「じゃあ、久々だし、それぞれ自己紹介から行ってみようかー! みんな顔は分かるけど、名前が思い出せないからね!」
一平もどうやら俺と同じだったらしい。だから、急遽クラフトテープとマッキーをどこかから買ってきたのか。気が利いている。
「じゃあ、レディーファーストで濱田くんからー!」
「なんで俺だよ!」
「今回、一番遠くから来てくれたから!」
ドアツードアで4時間かかってないんだけど、東京とはそんなに遠いものなのか。
「濱田です。こいつらが『ハマユウ』って呼ぶからそっちの方が覚えているかも? 好きに呼んでください」
「じゃあ、ハマユウは現在東京在住って情報をキャッチしたんですが、本当ですかー!?」
一平が調子に乗って質問した。
「まあ、東京って言っても西葛西って外れの方だけどね」
「おおー!」と周囲から驚きの声があがる。
「すごい! 夢かなえたんだ!」
「夢?」
かつてのクラスメイトが俺に聞いたけど、俺自身はピンと来てない。
「東京に行きたいって言いよったやん!」
そうだったかもしれない。俺はとにかく「すごい人」になりたかった。それには東京に行く必要があると考えていたのだ。そんなことも忘れていた。
自分の近況を少し話して座った後も俺は昔のことを思い出していた。
「ユウくん、設計やってるんでしょ?」
「うん」
シホの目はキラキラしている。
「夢叶った?」
「……まあ、そうなるかな」
俺は、ずっと機械設計者になりたかった。高校の時はどんな仕事があるか分からなかったし、大学へはなんとなく工業大学へ進んだ。そこで機械のことを勉強して、どうせなら設計をやりたいと思ったのだ。
「『機械設計』ってどんな仕事なん?」
「うーん、スマホに例えると、形を考える人が『機械設計』。電気関係は『電気設計』で、画面が映って色々動くのは『ソフト』って感じで良いんじゃないかな」
「分かりやすい。ユウくんはどんなの作っと―と?」
「俺は半導体関係で……」
「「「半導体!」」」
ハガレン、旧姓加藤、シホの声がハモった。
「半導体ってなんか電気の部品みたいな……」
シホが両手の人差し指でなんか小さい四角形を空間に描いている。彼女のイメージの「半導体」なのだろう。
「まあ、俺がいう『半導体』って、半導体の製造装置で、俺がやってるのは主に後工程で、ボンダーとかがメインだから」
シホがめっちゃ笑顔だ。この笑顔が出た時は分かってない時の反応。
たしかに、業界外の人には分からなかっただろう。俺は最近、会社の人としか話してなかったので、その辺りがおかしくなってきていたのだと思う。
「まあ、スマホの部品とかを作るための機械ってとこ」
「ああ、へー、すごいね!」
シホが若干笑顔だから、若干分かってないと思う。まあいいや、何となく伝われば。
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