Orca in The Dark ~機械化暴力~

@Ren727_

Episode.1 "Overchill"

「Orca in The Dark」~機械化暴力~



「法は武装しないでいることはあり得ないのであって、その武器の最たるものは死である。法を侵犯する者たちに対して、少なくとも最後の手段としては、この絶対的脅迫によって答える。法は常に剣を用いるのだ。」

ミシェル・フーコー「性の歴史 -知への意思-」







頭を砕かれた男の死体。その頭のない男の頭上には見事に散らされた脳の破片と頭蓋骨の一部分、それと一緒に赤い脳漿(のうしょう)の花が床に広がっていて、これらが古典的抽象画の「アクション・ペインティング」みたいだなと私は思った。目を合わせるまでもなく彼の頭部に強装弾を撃ち込んだ作者の私が思うのも何だけど、風雅な死体だと思った。自らの身体を以てして芸術表現に全てを捧げる結果となった彼がアーティスティックな人物で、ローゼンバーグのような近代芸術の開拓者の生まれ変わりであったのかはさておき、私たちオルカユニットによって標的の掃討は速やかに終了され、用意された指定目標の無力化がたった今完了したばかりだ。

治安の急速な悪化に警務法人機構も手に負えない現状で、指定犯罪組織やテロリスト連中の最も直接的な死因であり、死の象徴は保安特務局の飼う私たちなのだけれど、大抵の場合、彼らは私たちを見て怖気づくことなく済んでいる。というのも、私たちが四方から同時に飛び出してくる時、もしも頭部に増加外殻を取り付ける手術などを施していない生身の人間であれば、私たちが飛び出して着地するまでの間に三分の二ほどの確率でちょうど眉間に強装弾を撃ち込んでもらえるから。連中の多くは気付かないまま頭部をスイカのように砕かれ、死んで晴れ舞台を終える。残った者も、私たちの姿を間近で視認する、ことのつまり先ほどまで同じ息を吸っていたであろう仲間は大半が死人になっているという意味を分かれば、運命を受け入れるのには終わりまでの一秒で十分なはず。

私の中では、ついさっきまで戦闘で分泌したばかりの高揚感が新鮮な血液を介して胸や腕先まで流れていて、この上ない高揚感まだ激しい息の中にこびりついていた。私たちが戦った時、私たちが殺した時、脳内の快楽神経が活性化させられ、人工的に高揚状況が作られ続ける。アスリートが新記録を打ち立てたような高揚感を、指定犯罪者をひたすら殺して回ったり、構想建造物の間でアクロバットを行う間に私たちはひたすらこの多幸感を受領していられる。居住ブロック内の構造物を駆け回り、薬と一緒に子供の臓器を売る犯罪カルテル(CHOMO)や反体制テロ組織(イカレポンチ)の根城に飛び込み、目も合わせずに無法者を殺し続ける。骸を生産する社会の汚れ役とも思えるかもしれないけど、そうすることで彼らが殺してまわるはずだった人々を延命できる、最先端医療よりも人命救助に繋がる仕事だ。ビルの間を標的目掛けて飛び掛かり、銃弾で獲物を破壊しきるまでの数秒間を空中でリアルタイムに体感するのも私の大好物だ。

「クリア」

PDWを構え、照準(サイト)を部屋の端から端へと流し込む。生き残りが居ないか、そして死体が生き返って銃口を向けてこない事を確認する。

「クリア」

後ろでクリアリングするオルカのひとりは私のアクション・ペインティングの破片を堂々と踏みながら詮索していて、腕に「士魂」という漢字のマーキングがあったので、それがケイコだと分かった。日系人の彼女は、フリー・ウィリーとして愛された「帰らなかったシャチ」と同じ名前をしている。

オールクリアを確認して皆が射線を上げると、即座に通信が入ってきた。爽やかな声。

「目標の執行完了を確認。オルカユニット突入班の各員は当該区域の最終処理を速やかに保安部機動部隊へ委任しろ」とラークの声が。

各チームのオペレーターは全て男性で構成され、彼らはタバコの銘柄で呼ばれる。我々ポッド・アルファ※1に配属された彼は「ラーク」ということになっている。

視点を目の前の光景に戻すと、切断された首元から補助器官のケーブルを垂らした男の頭が近づいてきた。さっきまで残っていたであろう目の輝きは失われていたが、ケーブルからは滴る血と一緒に火花をぱちぱちと散らし続けている。それを手に持って歩いている隊員がキスカ、彼女は男の首を床に放り投げると私の顔を見て肩をすくめた。

 「こいつだったよ、例の頭領は。両目の角膜をスキャンしておいたから二度手間の確認はいらない。」

 状況確認における第一優先事項は言うまでもなく生存確認などではない、何よりも遂行目標が正確に処理されたか否かという情報、目の前に据わる死体をデータベースにリンクし、正式な記録として処理し、ペーパーワークの構成要素として利用可能な状態に収めること。それが法の下で殺傷を行う者の基本原則だ。

終えると、私たちは皆駆け足で倒れた仲間の元へと駆け寄る。HMDに写る各員の戦術生命状況は同じ藩の全てのメンバーの生体状況とリンクしていて、それがティクリルの下半身がすでに千切れていることを兼ねてから知らせていたので、私たちは我が藩で初となる死傷者の元へと集まった。

 仰向けの姿勢でこちらを見るティクリルは平然と話しているけれど、下腹部から下がどうにも見当たらないジャック・イン・ザ・ボックスのような姿になっていた。胴体も固形化したブルーベリージャムのような紫の塊が沢山こびりついていて、残った上半身も回復が難しいことを物語る。これは銃で撃たれた後にアーマーに内包された青色の止血硬化ジェルが血液に反応して凝固した跡だ。ことのつまり、内臓もズタボロだけど、止血のおかげでまだ死んではいないということ。

 「わたしクエーカー教徒だから、この後に済ませる宗教上の手順が少なくて済むはず。これ結構な親孝行よね。」

 ティクリルが死に際に放つジョークを最後の言葉として死後家族に伝えるべきかという倫理上の問題についての考えは後回しにして、ティクリルが伸ばした手を私の左手でしっかり握る。彼女の首に銃口を当てると小気味よく頷いたので、首元から数発撃ち込んで楽にしてやった。正直なところ、私はその時の彼女が妬ましかった。人の最もプライベートな財産である死を公務という大義のために消費できたという贅沢を。  

そこらの平凡な人間が病院のベッドで管に繋がれて終える一生は原則として意義のある物とは言い難いが、もしティクリムのような最後を迎えられたなら。法執行機関が行う公務という最大限に意義のある役目に自らの死を落とし込めることで、自らの命と人生を聡明さと意義の結晶に落とし込むことが出来ることを私たちは知っている。これが意義と理知と美しさの限界点なのだと。

私たちは撤収し、ヘリの中で腰掛ける。ヘリのガンカメラの映像がヘルメットのHMDにも映し出されて現場が遠ざかってゆく様子が見えると、小さくなるにつれ少しずつ現場の解像度が下がってゆく映像を見つめながらその場を後にする。同僚であり戦友でもあった死者に燻ぶらせている羨望を、確かに感じながら。



※1 ポッド: 本来はシャチの群れの単位を意味する。作中においては部隊単位のこと。


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