第21話 花鳥|ポジティブにネガは勝てない

 ちょっと時間をください。


 全力で頭を下げて命乞いをした。

 町中で、みっともなく。


「ぐ、おぉぉぉ! どうすればいいんだ!」


 頼みの綱だったこよみ先輩はあの状況を楽しんでた!

 なんだったら全員囲っちゃえばって耳打ちしてきた!

 ちっがうんだよぉぉ!

 俺が求めた解決策ってそれじゃないの!


 今一番欲しいのはこの修羅場をどうにか切り抜ける必殺の一手!


「ふぅ……よし。どうにか穏便に偽装カップルを解消しよう」


 それで解決するはずだ。全部。




 ということで、その日の夜に花守はなもりさんを食事に誘った。

 Linearリニアでメッセージを送ったら間髪入れずにリプライが来た。

 二つ返事でオッケーだった。

 俺が別れ話を切り出すなんてつゆほども思ってなさそう……。

 すげえ言い出しづらい。


(いや、ここで折れるな、俺)


 急遽予約したのはシックなお店。

 木目調のタイルとほのかな光が雰囲気出してる少しお高いところ。

 財布には優しくないけど、誠意を見せるためだから仕方ない。


「お待たせ! 真々田まさなだくん!」

「ああ、うん。俺も今来たと、ころ……」


 声がして振り返った。

 そこに女性がいた。


 美しさよりもかわいさに振られたパラメータ。

 こじんまりとしたサイズを逆手に取ったハイウエストのコーデ。

 いつもの二つ結びは頭の高い位置で団子結びにされていて、目に見えておめかししているのがわかる。


「どう、かな……?」


 恥じらいながら言うものだからとっさに


「似合ってる……めちゃくちゃ」


 と、答えてしまった。


「えへへ、ありがとっ」


 俺のバカぁぁぁぁ!

 ドアホぉぉぉぉ!

 何これから別れ話切り出す相手をその気にさせるような言葉掛けてんだ!

 言い出しづらくなっただけじゃねえか‼


「わたし、本当にうれしいんだ。わたしを呼び出してくれたってことは、わたしを選んでくれたってことだよね?」


 カクッと動きかけた首を慌てて止めた。

 条件反射で頷こうとしてんじゃねえよ。

 思い出せ。

 GPSで位置情報共有しようとか言い出す相手だぞ。

 俺にそんな束縛された生き方ができるか?

 否だろう。


「そのことなんだけど、さ」


 言え。

 言うんだ、俺。

 はっきりと。

 これ以上曖昧な関係を続けちゃだめだ。

 終わりにするんだ、今日、ここで。


「終わりにしよう、恋人のフリ」


 正直に言おう。

 めちゃくちゃ怖い。

 花守はなもりさんがどんなリアクションを取るのか。


 だけど、だからこそ。

 俺は彼女から目をそらさなかった。

 これが俺の決意表明だと、示すために。


「嬉しい……っ!」

「へ?」


 え?

 嬉しい?

 なんで?


「恋人のフリをやめて、本当の恋人になるってことだよね!」

「ちがっ」

「えへへー! わたしね? 本当言うと、最初からそうなれたらいいなって思ってたんだ!」

「だから、話――」

「約束するよ。病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も、 真々田まさなだくんだけを愛するって」

「えと、その……うん」


 わたしまけましたわ。



 花守はなもりさんは強敵すぎる!

 後回しだ!

 残った3人の中で優先的に関係をはっきりさせておかなきゃいけない相手と言えば……


美羽みう。シフト終わった後時間あるか?」

「……っ! うん。大丈夫」


 バイト仲間の朱鷺川ときがわ美羽みうだ。

 彼女もまたどこかブレーキが壊れかけてる節がある。


 俺の想定が正しければ……今朝見た男児腹上死事件はフェイクニュースなんかじゃない。

 次が俺の番って可能性も無くは無い。

 そんな死に方まっぴらごめんだ。

 だから、その未来をここで断つ。


 つまり作戦はこうだ。


 美羽みうには花守はなもりさんに偽装カップルを終わりにしようと提案したことを話す。

 そして、実際に終わったことも話す。


 なんやかんやあって、なぜか正式に付き合うみたいな話になっているが……これはもちろん伏せる。


 そうなれば美羽みうが俺を心配して恋人のフリを迫る理由もなくなるはずだ。


 作戦に抜かりなし。


 今度こそうまくやるぞ……!


「昨日、花守はなもりさんに偽装カップルを終わりにしようって話した」

「ふ、ふぅん? それで、どうなったの?」


 やっぱり聞いてくるか。

 位置情報共有アプリの件をはっきり断れなかった前科があるから仕方ないけど。

 まあいい。想定の範囲内だ。


「お互いに納得して、終わらせることにした」

「じゃ、じゃあ!」


 大仰に頷こうとして、違和感に襲われた。

 なんか今の声、喜色に満ちてなかったか……?

 俺今から終わりにしようって言おうとしてるんだけど、あ、あれ?

 この流れ、どこかで――


「アタシを選んでくれるってことね!」

「ちょ待――っ」

「嬉しい……、本当に。アタシ、小さいころからまともにご飯食べてこれなかったから体つきが貧相だし、ゆうの先輩を見たとき、ああ、勝てないなって思っちゃった……。でも、ゆうはアタシを選んでくれた! こんなに素敵なことってある⁉」

「……」


 おかしい。何かが。歪んでいます。

 なんでだ?

 俺は恋人のフリという関係に終止符を打とうと思っただけなのに、どうして関係が進展していくんだ?


 しかもさりげなく発覚した衝撃の事実よ。

 まともにご飯食べてこれなかったって何?

 DV? ネグレクト?

 よくわかんないけどそんな過酷な環境で育ってきた相手を突き放すなんてマネ、俺にはとても……


「大丈夫。ゆうはアタシが幸せにするから!」

「あ、うん。頼りにしてる、よ?」


 なんか違う。

 思ってたのと違う。

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