第20話 月|サークルのトラブルメーカー
ひと月前。
より正確に言うなら20日と22時間前。
ワックで女子高生が「彼氏がインポだった」「マジで別れたほうがいいよ」とか言っていて、思わずシェイクを飲みはねそうになったのを覚えている。
最近の子たちは進んでるな、なんて年より臭い感想を抱いた俺は無知な若造だった。
『続いてのニュースです。男子児童を腹上死させて逮捕された元県警の婦警について、地検は――』
先輩を待つスクランブル交差点。
その向かいのビルの巨大な液晶が配信するニュース速報。
そこに、目と耳を疑う事件が流れていた。
「は?」
婦警が、男子児童に……?
え、逆。
え? え?
腹上死?
ちょっと待って情報が多い。
「あー、なるほどね。完全に理解した。フェイクニュースってやつね」
よくよく考えたらこういうビルの液晶って、広告を流すもんだよな。
あんまりにもそれっぽいから事実の報道かと勘違いしちゃったぜ。
よくできたCMだなー。
「
「こよみ先輩! 俺も今来たところです!」
「本当ですか? ふふっ、ありがとうございます」
あ、あれ?
実は楽しみすぎて1時間前から来てたことバレてる?
いや、待て待て。
その場合先輩も1時間前に来てたことになる。
大きく見積もっても5分程度じゃないかな、様子を見ていたとして。
「何をご覧になっていたんですか?」
「そこのニュースを。婦警さんが男子児童を腹上死させたとか」
「またですか……怖いですね」
「本当に、え?」
また?
またって言った?
あ、あーね。
なるほど。
そういうフェイクニュースがはやりなのね。
数か月前なら不謹慎って怒られそうな話の気がするのに、今は冗談で済まされるのか。
それは確かに、怖い世の中になったなぁ。
「
「はい! よろこんで!」
って、こんな虚構に向き合ってても仕方ないな。
俺の今日の目的はなんだ?
女性関係についてこよみ先輩に相談に乗ってもらうことだろう。
長くなるかもしれないってことだったし、先輩のアドバイスもあって
どうしてと捨て犬のように俺を見つめてくるから正直に今日のタイムスケジュールを打ち明けた。
隠していることはただひとつ。
一緒にいる相手、サークルの先輩、つまりこよみ先輩が女性だと教えなかったこと。
嘘をついたわけじゃないし、
「
「大丈夫っすよ。てか……先輩ミンスタやってたんですね」
「最近ですけどね。ですが、あ、あれ? おかしいですね。アップロードしようとすると障害が……。
うん?
なんかやけに用意周到に準備されたセリフ感があったな……。気のせいか?
気のせいだよな。
アップロード障害なんて不測の事態が起きてるのに予測もクソもないもんな。
「いいっすよ。じゃあもう一回」
俺のスマホの内カメラで写真を撮り直し、俺のアカウントで投稿する。
しかも、先輩とのツーショット写真である。
ありがたやありがたや。
こりゃ健康にご利益が期待できそうだ。
「まだお昼には早いですし、予定通り近くのカフェでお話ししましょうか」
「はい! よろしくお願いします!」
そんな感じで、俺たちはカフェに向かった。
名古屋発祥の全国経営のとこだ。
俺はアイスコーヒーにコーヒーゼリーを加えたデザートドリンクを頼んで、先輩はアイスミルクティーを頼んだ。
窓際の席について最初に行われたのはアイスブレイク。
緊張をほぐすための、ちょっとした雑談だ。
5から10分くらいかな。
それくらい経って、先輩は言った。
「ア〇ウェイって知ってる?」
「今日はありがとうございました」
「ふふっ、冗談ですよ」
よかった。
まだアイスブレイクの途中だったか。
先輩が言うと冗談が冗談に聞こえないんだよな。
そんな感じの冗談を、40分くらい続けた。
長くない?
いや俺は先輩と話せて楽しいけど。
おかげで程よく緊張も解け、て……。
「
「あ、いや、なんでも」
窓の外に向けた視線。
そこに、背筋が凍る思いをした。
(なんで⁉ なんでここにいるの⁉ 今日ここに来ることは
窓の外には2匹の野獣がいた。
ひとりは
同じ学科の、クリーム色の二つ結びと天使ボイスが特徴的な子だ。
俺は最初、彼女を小動物みたいな子だと思った。
いや、その感想は間違いじゃない。
純然たる事実として、彼女のしぐさには小動物みたいな可愛らしさが垣間見える。
だが、肉食動物だ。
しかも
最近、ちょっと怖いと感じる。
もうひとりは
バイト先が同じレッドブラウンの大学生。
ずっとツンデレだと思っていたけれど、最近メンヘラの要素が強いことに気づき始めた。
かなり初期の段階から
(そうだよ! だからこのことを先輩に相談するために――)
思い出したように、錆びたブリキ人形のように、ぎこちなく首を回す。
先輩の方を向こうとした顔が、途中でフリーズした。
(なんで
おかしいだろ!
バスケの練習はどうした!
全国行くんじゃなかったのかよ!
「
「は、はは。あの、ちょっと早いですけど、場所移動しません? なんか冷えちゃったみたいで」
「あら? ごめんなさい気が付かなくて」
「俺も今気づいたばっかなんで……」
とにかく!
こんな危険な場所に居られるか!
俺は安全圏へと逃げさせてもらうぜ!
お代はもちろん俺が出した。スッとね。
相談に乗ってもらう立場だから当たり前だよな。
だけど先輩からは「そういうところだと思いますよ」って言われた。
なにが?
ちょっと問いただしたい気がしないでもないけど、今はこの場を離れることが先決だ。
先輩、ちょっとこっちへ――
「あ!
「「「「⁉」」」」
ちょ、何してくれてんの――⁉
*
……気づくべき場面は、あったんだ。
あちこちに散乱していたんだ。
だけど、ずっと気づかないふりをしていた。
その結果が、この惨状だ。
「わたしたちの」「アタシらの」「ウチらの」「私たちの」
「「「「誰と付き合う」」」」
「んですかっ?」「のよ!」「つもりなの」「のでございますか?」
この世界は、貞操観念が逆転している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます