第19話 月【サークルの策略家】
「こよみの写真ってさ、すごくきれいだよね」
当時から写真部に所属していた彼女は、部員のひとりに言われた言葉をはっきり覚えている。
どうして覚えているかというと、続く問いかけの答えに困窮したからだ。
「何かコツとかあるの?」
そんなこと聞かれても、困る。
彼女は昔から写真が好きで、いろんなものを取ってきた。
風景写真から静物写真、野鳥の写真に至るまで、ありとあらゆる瞬間瞬間を切り取って収めてきた。
もしも
直感的にそう思った。
「なんと言いますか、言葉にするのが難しいですね」
「お願い! 今度のフォトコンで絶対に結果を残したいの! 企業秘密なのは分かるけど、力を貸して!」
「秘密にしているわけではないのですが……」
頭を下げる部員に、どうしたものかと頭を悩ませた。
「釣りの経験は、ございますか?」
「竿と糸で魚を釣る方? あるよ!」
「私が思うに、写真撮影というのは釣りと同じかと」
「狙いが餌に食いついた瞬間以外に手を出せば、獲物は警戒してしまいます。お魚さんは賢いですから。だから、ひたすら待ちます。獲物が食いつく瞬間を、虎視眈々と」
勝負の舞台に上がるのは、獲物がヒットした瞬間だけでいい。
「要は3つだけなんです、いい絵に必要なのは。つまり、作戦と下準備と根気」
難しいと目を細め口を結ぶ部員に、
「さて、作戦を立てましょうか」
新月の夜には水面下で暗躍し、満月の夜には真実を切り抜く。
それが彼女の必勝法。
*
(うふふ、
彼女がこれまでに撮影してきた、中でもとりわけお気に入りの写真たち。
を、スライドした先に現れた、刑事ドラマで見かけるようなウェビングされた写真の数々。
ここひと月弱で彼女が集めた
彼と一緒にいる人の情報とともに。
クリーム色の二つ結びと小動物のようなしぐさが特徴的。
レッドブラウンのウルフカットでつんけんした言葉と裏腹に態度はデレデレ。
バイト先が
明るい茶髪をポニーテールにした女子中学生。
その他生年月日から推定される住所まで、
必要になりうる情報はすべて網羅した。
ターゲットの一日を制御する権利を確保した。
最高潮の時が来る、満を持して。
「さて、作戦を立てましょうか」
下唇を人差し指で撫ぜ、笑みを浮かべる。
彼女にはある。
女たらし3股ロリコン野郎の後輩相手に、もたらしたい未来の構図がある。
彼女を加えた4人による徹底包囲網だ。
問題はどのようにその構図を現実に描き出すか。
下唇に這う人差し指が固まる。
極限の集中力が意識を精神の奥底へ潜り込ませる。
彼の口から名前が挙がった3名とはどうしても鉢合わせたい。是が非でもだ。
しかしその3人を一堂に会させたのが誰かという部分は秘密裏にしておきたい。
理想を言えば、全員が偶然という形で一か所に集まるように仕向けたい。
難しい。
でも、やりがいはある。
例えば
いや、写真はだめだ。
そこから首謀者が割り出される可能性がある。
ならば文章だけにするのはどうだろうか。
いや、確定的証拠もなしに来てくれる保証なんてどこにもない。
どちらか片方だけ来てしまったなんてことになれば修羅場の盛り上がりが欠けてしまう。
思考を一手深める。
(例えばSNS。
場合によっては簡単に釣れる。
(
その間自身はそれぞれ
通知設定を施している場合スマホを開くなどのアクションをすると予測される。
もし期待通りにことが運べば、この2人を簡単に任意の地点に呼び出せる。
どうしても外せない予定があった場合はヒットしない可能性もあるが、その場合はどうあがいても釣れない。諦めるしかない。
後は
今や6割以上の中学生がスマホを所有している現代で彼女は珍しくスマホを持っていない。
SNSから動向を知るのは難しいだろう。
「垂らしますか、糸を」
ここしばらくのストーキングで、
だから彼の口から「次の日曜日は用事があって来れない」と伝えておいてもらうのだ。
建前は「中学生の女の子は多感な時期だから」とでも言っておくのだ。
あの懐き具合から見て、そう言われれば何の用事か聞き出そうとするだろう。
また、彼がバイトをしていてかつ彼女が自主練をしているタイミングで接触を試みる手もある。
こちらはリスキーゆえにあまり積極的に採用したくは無いが。
ひとまず、ここまでをプランAとする。
各個うまく誘導できなかった場合を考えての補助作戦プランB。
まったくの別解プランC。
さらに別解のプランD。
四方八方に智略の糸を巡らせる。
目的の獲物を雁字搦めにする蜘蛛の巣のような意図を、逃げ場の無いほど広く、抜け穴の無いほど緻密に。
「さあ、
新月の夜には水面下で暗躍し、満月の夜には真実を切り抜く。
それが彼女の必勝法。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます