第18話 花鳥風月|「最近、まわりの女性の様子がおかしい」

 最近、まわりの女性の様子がおかしい。


「えへへ、ねえ真々田まさなだくん。位置情報共有アプリって知ってる? GPSを使ってお互いが居場所を把握できるの。わたしたちも使ってみない?」

「え」


 すごいことを言い始めたのは同じ学科の花守はなもり咲桜さくらさん。

 クリーム色の髪を二つ結びにした小動物みたいに可愛らしい女性だ。


 いや言ってることは何もかわいくないんだけどね?


(GPS? なんでGPS?)


 俺たちの関係って偽装カップルだよね?

 付き合ってない状態なんだよね?

 それなのに位置だけは筒抜けになるの?


 ちょっと、それは……。


「や、いやーほら。さすがに花守はなもりさんのプライベートを覗き見るのは俺の倫理観に反するっていうか……」

「大丈夫! わたし、真々田まさなだくんになら24時間監視されてもいいよ?」


 え、えぇ……?

 これじゃかわいいじゃなくてこわいだよ。


 もしかするとヤバイ人かもしれない、花守はなもりさん。

 うすうす勘づいてはいたことだけど。


「や、でも……ほら」

「なにかな?」

「えっと、その」

「なんで? 嫌なの?」


 笑顔が怖い。

 何故だろう、背筋が冷えてたまらない。


「わたしに居場所がばれると困るようなところに行ってるの? 隠しておかないといけないような秘密があるの? わたしが怒るようなこと? 違うよね。大丈夫。わたしは知ってるよ? 真々田まさなだくんがそんな男じゃないってこと。だから、何も問題ないよね?」

「え、っとそれは……?」


 あれ?

 これ俺が間違ってんの?


 ちらりと男友達に視線を送る。

 露骨に目を合わせることを避けられた。


 だよな⁉

 俺別に間違ってないよな⁉


『では少し早いですが、今日の講義はこれまでです』


 ナイスタイミングだぜ教授!


「ごめん花守はなもりさん俺この後バイトあるんだ!」

「え⁉ ま、真々田まさなだくん⁉」

「ホントごめん! またねー!」


 ふー、息が詰まるかと思った。

 危うく窒息死するところだったぜ。




「ってことがあったんすよ」


 バイト先の喫茶店。

 客がひとりもいない時間。

 俺はバイト仲間の美羽みうとだべっていた。


「はぁ⁉ なによそれ‼」

「やっぱおかしいっすよね?」

「当たり前じゃない!」


 よしよし。

 やっぱり俺がおかしいわけじゃなかったんだ。

 はっきりと第三者の口から肯定してもらえると安心感が桁違いだな!


「そ、それで……きちんと断ったのよ、ね?」

「……」

「え? なんでそこで黙るのよ」

「いや、断るに断れない凄味があったっていうか、断ったら殺される気がしたっていうか……アプリは入れてないですよ⁉ ただ、逃げるようにキャンパスを後にしたんで、はっきり断れてないっていうか、いい感じの言い訳を美羽みうにも相談したかったっていうか」


 めちゃくちゃ早口にまくし立てた。

 言い訳がましく必死に弁明した。

 なんか情けなくてみじめに思えてくる。


「ふ、ふぅん。ま、まあ? そういうことなら、全然相談くらい乗るけど……」

「本当? 助かるよ」


 だけどこんなカッコ悪い俺を、美羽みうは笑わずに真摯に相談に乗ってくれる。


「やっぱ持つべきものは友達だな!」

「は?」

「……え?」


 急激に気温が下がった。

 5度くらい冷え込んだ。


 空間がきしむ。

 耳鳴りがやまない。


「……ふぅ。なんだか、今日は暑いわね」

「え、いや、どっちかというと、悪寒が――」

「暑いわね」


 そっすね。


(って、なに制服のボタン外してんの⁉)


 あとそのチラチラこっちに送る視線は何⁉


「……ねえ。アタシって、そんなにオンナとしての魅力無いかな?」

「まさか! 美羽みうは美人だし、えーと、ほら、一緒にいて楽しいし、それから……ちょっと抜けてるところも庇護欲を駆られるし、自信もっていいと思うよ!」


 全力で媚びへつらった。

 そうしなければいけない気がした。

 俺のオカルトシックスセンスが叫んでいた。


「でも、恋愛対象には、見えない?」


 やっべぇ……なんて答えよう……。


「あ! 美羽みう! お客さん来た!」

「チッ」


 え。

 今舌打ちした……?


 いや、気のせいだよな。

 すごいニコニコしてるし。


 なんかお客さんの顔が青ざめててすごい居心地悪そうにしてる気がしないでもないけど、多分気のせいだな!



 ということがあった帰り道。

 逃げるように喫茶店を飛び出した俺は市役所横の公園に向かった。


 照明が差し込むバスケットコートには、明るい茶髪を後ろで束ねた少女がいる。

 ここ最近メキメキと実力を上げている愛弟子の風越かぜこしうただ。

 彼女は俺に気づくとトテトテと歩み寄り、不思議そうに首を傾げた。


「大丈夫です……? 息、上がってますけど」

「大、丈夫。ちょっと怖い妖怪に追われてたけど、まいたと思う」

「妖怪?」

「こっちの話」


 美羽みうとは帰る方向が逆なのに、なぜか今日は家まで送るとか言い出したんだよな。

 おかしいだろ。

 俺が美羽みうを送っていくならともかく、なんで逆なんだよ。

 なんか怖かったから逃げた。

 うたの練習に付き合えるようにと走り込みをしててよかったと本気で思う。


「しっかし、夜だっていうのにジトジトするな」


 6月に入って梅雨時だし仕方ないけど。


 Tシャツの裾に手を入れ、パタパタと空気を送る。

 ふとうたを見れば目を皿にして俺を凝視しているのが分かった。

 おっぱいを目の前にした男子中学生か。


うた?」

「ちょ、ちょっとタイムです」


 くぐもった声でうたが言う。

 というか、鼻をつまんだ声か。

 何してんだ……?


「おま……鼻血」

「わー⁉ お兄さんっ、み、見ないで‼」


 なんで鼻つまんでんだと思ったら鼻血出してた。


「バカ! 体調が悪いなら早く言えよ!」

「ふぁ……っ、待っ、ちょっと離れてもらえれば落ち着きます、から……っ」

「病人前にして放置なんてできるかよ」

「待って――それ以上近づかれたら……っ」


 どんと強い衝撃を受けて混乱した。

 俺の腰に腕を回したうたが俺を押し倒し、馬乗りになっていたからだ。


 空からポトリと、体液が零れ落ちた。

 鉄の匂いがする粘性を帯びた赤い液。

 うたの鼻血だった。


 え、何、この状況。


「お兄さんお兄さんお兄さん……」

「う、うた

「……はっ、ご、ごめんなさい!」


 うたは少しの間俺の胸板に顔を埋めていたが、ふと我にでも返ったように飛びのいた。

 何?

 悪霊にでも取りつかれた?


「……今のはお兄さんも悪いです」

「え? なんで」

「なんででも! です!」


 理不尽。

 俺が一体何をしたっていうんだよ。


 うたの鼻血が落ち着いて、しばらく安静にして、それから夜の秘密特訓は再開された。

 だけど俺はなにかもやもやが晴れず、あまり集中できなかった。


 あと、うたがすごい密着してきた。




 最近、まわりの女性の様子がおかしい。



「ってことなんですけど、こよみ先輩どう思います?」


 サークルの集会で、俺はこよみ先輩に相談を持ち込んでいた。

 理由は明白。

 この1ヵ月でおかしくなっていったまわりの女性に対し、先輩だけは終始変わらずいてくれたからだ。


「なるほど……ふふっ」

「あの、先輩? 笑い事じゃないんですけど」

「あらごめんなさいね? ゆうさんの悩み事を楽しんだわけではないんですよ?」

「……本当ですか?」


 ただまあ、この人が信頼できるかと言われると話は別。

 思い返してみれば最初から、先輩はどこか掴みどころがない感じだった。

 本心をひた隠しにしているというべきだろうか。

 どこか分厚い仮面を常に被っていて、内心で何を考えているのかわからない感じがする。


(いかんいかん。女性不信になりかけてる)


 相談に乗ってくれてる先輩に申し訳ないだろ。

 とりあえず、彼女だけは信じてみないと。


「くすくす……でしたらゆうさん。今度の日曜日、一緒にお出かけしませんか?」

「え? 俺はうれしいですけど、なんで?」

「真剣な悩みみたいですもの。時間をかけて、私もきちんと向き合いたいと思いましたの」

「せ、先輩……っ!」


 いい人だ!

 この人めっちゃいい人だ!


 なーにがどこか分厚い仮面を常に被っていて、内心で何を考えているのかわからない感じがするだ!

 俺の目は節穴か?

 節穴だよなぁ!

 こんな親切な人を疑ってたとかどうかしてるぜ!


「よろしくお願いします!」


 俺は全力で頭を下げた。

 素敵な先輩を持った俺は幸せ者だ!

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