第17話 月【サークルのストーカー】

 月姫つきひこよみは興奮していた。

 発情と表現しても差し支えないほどに。


(大スクープ、大スクープですわ‼)


 理由は簡単。


 後輩の真々田まさなだゆうが、堂々と3股かけているシーンの目撃者になったからだ。


 いや実際に目撃したのは花守はなもり咲桜さくらとそのサークルの友達2人と一緒にいる後輩の姿。

 断じて3股などかけていないし、そもそも表面上恋人を装っている花守はなもり相手でさえ偽装カップルだ。


 付き合っていないのである、誰とも……っ!


 だが、通りがかっただけの月姫つきひこよみにその内情を知る由などない。

 月姫つきひこよみは興奮していた。

 否、性的に興奮していた……っ!


(あはぁんっ! そんな……背徳的な……っ! さすがゆうさん、そこにシビれてしまいます……っ)


 黙っていれば芍薬しゃくやくの彼女も頭の中はエピメディウムの花畑。

 常軌を逸したプレイに快感を覚えるド変態。

 女性3人を侍らせる真々田まさなだゆうは彼女にとって刺激が強すぎた。


 だから盗撮した。


 肌身離さず持ち歩いている一眼レフのシャッターを切り、状況証拠を写真に収めた。


(性欲発散アイテムゲットですわ!)


 今日はなんて素敵な日なんだろう。


 なんてことを思いながら月姫つきひこよみのストーキング行為は続いた。

 4人が解散するころにはパンパンになったカメラのデータに彼女はホクホク顔である。


(理想を言えばホテルにでも向かってもらえればベストでしたが……仕方ありませんね)


 女性3人に男ひとり。

 いかがわしいホテル。

 そんなシチュエーションが現実に起ころうものなら月姫つきひこよみは死んでいた。

 死因は鼻血だ。

 危ないところだった。

 彼女の威厳は(かろうじて)保たれた。


 さて、彼女は確信した。

 たとえ真々田まさなだゆうがどれだけ変態でも、自身の仮面が外されることは無い。

 完全無欠の優等生を演じきれる、と。



 その翌週の日曜日が来るまでは。



(キャー⁉ 4人目! 4人目の彼女さんですわー!)


 この日も街を歩いていた月姫つきひこよみは、真々田まさなだゆう朱鷺川ときがわ美羽みうのデート現場を目撃した。

 もはや運命の神のイタズラどころではない。

 神の思し召しといわんばかりのめぐりあわせ。


(神様! ありがとうございます!)


 月姫つきひこよみは神道改宗を考慮した。


(しかもしかも、今度は1対1……本命ですわ! 3人の女性をたぶらかせておきながら全員お遊びですの⁉ はぁ……はぁ……そんなっ、冒涜的な……っ)


 さすがのド変態もびっくりだ。


 なお、実際のところはこのカップルも偽装なのだが、やはり月姫つきひこよみがそれを知る由は無い。

 どころか、朱鷺川ときがわ美羽みうが目に見えてメスの顔をしているので本命だと確信さえしている。


 はっきり言おう。

 月姫つきひこよみは真々田まさなだゆうに惹かれていた。

 始まりの――貞操観念逆転が起こったその日から。

 そしてその思いは、日ごとに強くなっていく。


 理由は簡単。

 彼が、理想的な悪い男だからである。


ゆうさん……っ! なんて罪な殿方……!)


 優等生を強制され続けた彼女は常日頃から火遊びに興味があった。

 抑圧から解放されたいという願いと欲求の境界があいまいになってしまっていたのだ。

 そんなところに現れた、悪人。


 ドストライクだった。

 ハートを射抜かれてしまっていた。


 好感度メーターはとっくに限界まで振り切れていた。

 これ以上溺れようがないくらい、月姫つきひこよみは真々田まさなだゆうの虜になっていた。



 だがそこに追い打ちを掛けるのがこの男!



 3度目の偶然もやはり日曜日。

 市民体育館でバスケット大会が開かれる日のことだった。


 彼女の妹が一般の部に出場するからと、親からお金をもらってカメラマンとして現地に赴いていた。

 そこで、出会ったのだ。


 明らかに発育途中の女児をたぶらかしている、後輩に‼


(ちゅ、中学生すらカバー範囲ですの――ッ⁉)


 広い、範囲が広すぎる……!


 この世界、男は性欲が刺激されにくい。

 だから女性は史実と比べて、より魅力的な遺伝子が後世に多く伝わるようになっていた。

 適者生存の理である。


 つまり、風越かぜこしうたのような発育途中の女児相手に魅力を感じる男などいないのである。


 男のロリコンとは空想上の生き物のことなのである‼


(私は今――伝説のロリコンを目撃しておりますわ⁉)


 3倍役満だ。

 妹のカメラマンに来ていたはずだが、そっちは三脚に固定して定点で放置した。

 代わりに隣のコートでJCとスキンシップを取っている後輩の姿を激写‼


(学科の後輩が変態ですわ――!)


 月姫つきひこよみ自身、変態の自覚はあるが彼には劣る。

 認めたのだ、真性ド変態が、敗北を。

 この日真々田まさなだゆうは超越真性ド変態の称号を戴冠した。

 実に不名誉極まりない。


(はぁ……はぁ……最低で最高ですわ、ゆうさん。ですが、ゆうさんにはさらに先を目指すスペックが備わっていると思いますの)


 人差し指で下唇を端から端まで撫ぜ、月姫つきひこよみは淫靡に笑う。


(例えば、そう――私たち全員から同時に迫られる修羅場に陥ったら?)


 ああ、愉しいな。

 楽しみで愉しくて、仕方がない。


 くすくすと笑みがこぼれる。

 抑えるつもりなど毛頭ない。


 暗い市民体育館の2階観客席。

 照明されるバスケットコートに立つ人影に熱視線を送る。


「ふふっ、ゆうさん。すぐにあなたに並ぶ変態オンナになってみせますわ。楽しみにしていてくださいね?」


 なお、ここまで全員の思惑がすれ違っているのだが……彼女が知る由などどこにもないのだ。


 合掌。

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