第11話 風|女バスの破壊力
脈ありなんじゃね?
曲の好みもすごく合うし、話していて楽しい。
しかも、そのうえ、ご飯に誘われてしまった。
彼氏のフリから恋人に昇格の夢が現実になる日も遠くない。かもしれない……!
まあ、ご飯の方は断ったんだけど。
「はぁ……はぁ。来ましたね、お兄さん」
町を飲み込む闇を切り裂く照明。
照らされたバスケットコート。
そのスポットライトの中心に彼女はいた。
昨日バイト帰りに出会った女子中学生のバスケット選手だ。
俺が来るまでにかなりの時間自主練をしていたようで、衣服は汗で肌に吸い付き、少女のスレンダーなボディラインを浮かび上がらせている。
だから、年頃の女の子がそんな無防備な格好で夜の公園にいるんじゃありません!
悪い大人がぐへへしにきたらどうするんですか!
「約束だからな。今日は親御さんが心配する前に帰ってもらうぞ?」
「だから、余計なお世話」
手足の運動を軽く済ませ、コートに立ち入る。
そして、知覚が広がった気がした。
コートの外から眺めているだけじゃわからない。
内側にいる人間だけが感じ取れる情報が、神経網を伝って脳へと運ばれる。
思わず笑みがこぼれる。
ああ、今日はすごく調子がいい。
「……え?」
スリーポイントラインの、さらに一歩外。
俺はゴールを確認するとシュートフォームに移行した。
ぐっと膝に溜めた力を解放し、体を上に引っ張り上げる。
最高到達点から放たれたシュートは、放物線を描いて飛び立った。自由な翼をもつ鳥のようにゴール目掛けて渡っていく。
リングに触れることなくネットだけを揺らした。
手首のスナップでバックスピンのかかったボールはバウンドを繰り返し、俺のもとへと帰ってくる。
しゅるしゅると巻き上げるようにボールを拾う。
よし、やろうかと
こらこら、虫が口に入っても知らんぞ?
「怖気づいたか?」
「な! まだ! 勝負は始まってすらいないです!」
勝負は昨日の続きから。
つまり、2-1からの3本勝負。
俺が勝てばそれで終わり。
だから、本気で抜きにかかる。
ヘビーステップで速度に緩急を作る。
高速で仕掛けると見せかけ一瞬だけ速度を0にし、再び最高速度で切り込む。
「そう何度も、同じ手を……!」
「……っ」
半身をひねりボールを守る。
対応してきたのだ。
こちらのリズムを覚え始めているのかもしれない。
ゴールに背を向ける俺に、
もう肌がくっつくくらいに。
呼吸は激しく乱れていて、彼女の真剣さが伝わってくる。
「ふぅ」
だったら、こっちも小細工なしの全力勝負だ。
トップスピードのドライブ。
フェイクを入れずに抜きにかかる。
俺のトップスピードに食らいついてくる。
だが。
「あっ⁉」
ストップ&ジャンプ。
の、クイック気味のリリース。
ディフェンスの一手先を行くことだけを考えたジャンピングシュート。
トップスピードのドライブの勢いが殺し切れていない俺の体は、慣性に従って空中で水平方向へ流れている。
こんな体勢で放たれたシュートの精度なんて大きく落ちる。
だからこそ、
「……嘘」
ボールはリングにこそぶつかったが、そのあとは吸い込まれるようにネットを潜った。
振り返った
「あ……っ、うっ、あああぁぁぁ」
ぎょっとした。
ゴールを見たまま動かなかった少女が、唐突に咽び声を上げ始めたからだ。
まっずいって!
こんなところ人に見られてみろ!
事案ですよ、事案!
終わっちゃう! 俺の人生終わっちゃう!
「ご、ごめん! 大人げなかった! そうだ……ナシ! 今のはナシ! ノーカン! 仕切り直しにしよう! だから、な? 泣きやんでくれ……!」
もう必死だった。
人生でもトップレベルの真剣だった。
俺は今、中体連やインターハイの時と同じくらいの集中力を発揮している。
「違っ、違うのぉ……っ! そんなの真剣勝負じゃない……!」
詩は叫ぶ。
身を裂く思いを嘆くように、張り裂けんばかりの悲鳴を上げる。
「ウチは全力だった……全力で挑んで負けたんだ。負けちゃダメだったのに、勝たなきゃいけなかったのに……アぁ……アァアぁぁぁぁ!」
胸が締め付けられる思いだった。
最後の大会で敗れたとき、俺も同じように泣いた。
悔しかった。
自分の全力が届かなかったことが。
真剣で挑んだからこそ苦しくて悔しかった。
勝利への渇望。
それは情けで癒されるものじゃない。
そのことを、俺は知っている。
「
コートに静寂が満ちた。
理由は簡単。
俺が後ろから、彼女を抱きしめたから。
「あば、あわ、お、お兄さん……何を」
「大丈夫。
しゃくりを上げる少女に、優しく語り掛ける。
彼女が落ち着くまでならいつまでも。
「悔しかったんだよな。苦しかったんだよな。全力で挑んだから、負けて感情が溢れちゃったんだよな」
「……うん、うんっ」
「大丈夫。その悔しさが、
「は……ぅ」
慟哭を上げるのをやめ、人形のようにじっとしている。
「落ち着いたか?」
「む、無理……」
「そうか?」
だいぶ落ち着いたように見えるけど。
いや、でも確かに後ろから見る耳は赤い。
まだ興奮が収まっていないのかもしれないな。
「今は、ちょっとだけ、このまま……ダメ、かな?」
真っ赤に染めた顔を上げ、
は、破壊力つええぇぇ……。
「オーケー。俺はここにいるから、安心しろ」
「……うん」
あー。
なんていうか、もう。
ロリコンでもいいや。
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