第10話 花【耳で孕む束縛系】

 ぎんもぢいいぃぃぃぃ!


 遅刻の理由を真々田まさなだくんにはおめかししていたからと言ったけれど、あれは半分嘘。

 本当の狙いはLinearリニアを送る口実と、彼の隣で講義を受ける大義名分を作ること。

 それがまさか彼のほうから気を使って連絡を入れてくれるなんて!

 えへへ、もしかして思ってる以上に脈ありなのかな?


 真々田まさなだくんの隣で講義を受けている間、私の優越感は天井知らずだった。

 周りの女子たちが牽制しあっている間に抜け駆けするのは気持ちがいい。

 みんなも今日になって彼の魅力に気付いたようだけど一手遅い。

 嫉妬と羨望の眼差しが突き刺さる。


 グッジョブ昨日駅前にいた私!

 そして――


「フリータイムで」


 ――勇気を出してカラオケに誘った私!


「えと、真々田まさなだくんはドリンク何にする?」

「んー、オレンジジュースかな」

「わっ、本当? 私も好きなの!」


 大体のジュースは好きだけど。

 オレンジジュースが好きというのも嘘じゃない。

 おそろいの飲料を手に、個室へ向かう。


 個室へ向かう……!


「(な、なんで真々田まさなだくんは平気なの⁉)」


 液晶が照らす薄暗い部屋に男女がふたり。

 過ちが起こってもおかしくない。


 乙女でお茶目な花守はなもり咲桜さくらは終始心臓が破れる一歩手前だよ。


 それなのに、意中の相手からは襲われるという危機感がまるで感じられない。

 世界有数の精力と男らしさあふれる顔立ちを有しているのに、だ。


 ――もしかして、女慣れしてるの?


 許さない。

 彼を愛していいのは私だけだ。

 過去も未来も。


 ただの一度でも彼にちょっかいをかけた女がいるなら――


「でも、本当に嬉しいな。俺、女の子とふたりきりで出かけたことなんてなかったから」

「……え?」

「今日は誘ってくれてありがとう。花守はなもりはどんな歌が好き?」

「え、えっと、えと……っ⁉」


 いないの⁉

 逆になんで⁉ なんで逆に⁉


 っていうか私が初めて。

 初めてが私。

 ……にへへぇ。


 ダメ、にやけ顔抑えられないっ!


 お、落ち着いていこう?

 当初の目的を思い出していこう。

 私は思いを言葉にするのが苦手だけど、歌声でならラブソングを届けられる。

 彼にめいっぱいのアピールができる。


「えと、じゃあ『人を恋せば』にしよっかな」

「それめっちゃ好き! ラスサビ前の儚い感じから一転駆け抜けてくのめっちゃいいよね!」

「そ、そうなの! それに、全体を通して共感できる歌詞ばっかりで――」


 好きな曲が似通ってる。

 ただそれだけなのに、胸が痛いほど高鳴っている。

 緊張で声が上ずりそうになる。


 でも、一度やるって決めたんだ。

 全力の思いを乗せるんだ、この歌に。

 届け、私のドキドキ……!


「凄い! 花守はなもりさんの歌声めちゃくちゃかわいい!」

「か、かわ……っ」

「もっと聞きたい!」

「~~っ♡」


 ダ、ダメだよ……!

 そんな風に求められたら、私……っ♡


「つ、次は真々田まさなだくんの歌を聞かせて!」

「んー、じゃあその次はまた花守はなもりさんの番ね?」


 下腹部が放つ熱量に、私の自制心はギリギリだった。

 口を開けば何を言い出すかわからなかったので、どうにか首を振って提案を受ける意を示した。


 隣で彼がタッチパネルを操作してしばらく。

 音響機器からメロディが流れる。


「あ、この曲」


 知ってる曲だった。

 というより、好きな曲だった。


 アイドルユニットが歌うラブソングだ。

 この曲のセンターを掴んだアイドルは『人を恋せば』のボーカルの熱狂的なファンであることを公言していて、ネット上ではアンサーソングなんて言われていて……


(あっ♡ あっ♡ ダメ……っ♡)


 孕む。耳が孕む。


 猛毒だ。その選曲はズルい。

 それに歌声がプロボーカル顔負けにかっこいい。

 ここまで心地いい低音で歌える男性はそうそういない。

 音域は広く、高音域も自由自在。


 そして何より――


「――ッ!」


 力強い。

 一節一節に感情が込められている。

 そしてこの曲はラブソングであり、どんな感情が籠っているかと問えば「愛してる」なわけで。


(~~っ♡♡)


 理性を崩壊させるには、いささか過剰戦力だった。

 薬物にでも手を染めているのかというほど脳はキマってしまう。


 唯一の幸運は、男はフェロモンをかぎ取る副嗅覚系が発達していないこと。

 もし隣の雄が自分同様にそれを持っていたなら、発情したメスのフェロモンをぷんぷん放っていることを悟られていただろう。

 そしてそうなれば、カラダが目当てで近づいたはしたない女だと思われていても仕方がない。


「ど、どうだったかな……?」

「ふぁ……」


 気が付けば一曲が終わっていた。


 もっと聞いていたかった。

 小休止に入ってくれて助かった。


 混ざり合う相反するふたつの思い。


「すごかった……私、感動しちゃった」


 勝ったのはやはり、もっと聞いていたいだった。

 同時に思う。

 彼もまた自分に対してそう感じてくれていたなら、同じ気持ちを共有できていたのなら、これ以上幸せなことはない。

 そう思っていてほしいな、なんて、私は欲深い。


「そ、そっか。よかったぁ」


 彼はほっと胸をなでおろす。

 男らしく、たくましく、かっこいい彼が見せたわずかな不安が晴れていく。


(ああぁあっぁぁぁっ! その顔好きぃぃぃ! 永久保存したいぃぃぃ!)


 脳内カメラでシャッターを切る。

 もちろんイメージは連射モード。

 この顔だけで今日も明日も明後日も生きていける。


真々田まさなだくん! この曲歌える⁉」

「あー! それめっちゃ好き!」

「この曲は?」

「受験勉強の時いっつも聞いてた!」


 彼に歌ってほしい曲――愛の言葉を盛り込められた曲をピックアップしては注文する。


「あれ? 代わり番こって話は?」

「えへへ」


 私は頷いたけど、言葉で約束はしていない。

 なんて屁理屈だってわかってるけれど。

 今は一曲でも多く、愛の言葉を送ってもらいたい。

 一節でも多く愛の言葉を贈りたい。

 だから。


「デュエットしたら、ダメかな……?」

「……っ! よろこんで……!」


 ああ、もう、好き。

 食べちゃいたいくらい。

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