第9話 花|垢抜けた小動物系

 中央列やや後方通路側。

 そこが俺と俺の友達が講義を受けるエリアだった。


 大学の講義は座席が自由な場合が多い。

 だが、何故かどの講義でも、場所と人は半固定されている。


 勉強ガチ勢の最前列。

 少し中央により女子の列。

 俺たちはそのさらに後方部隊。

 ギリ陰キャの外に位置するやつら。


 なお、さらに後方になると脱出常習犯のウェイ系がいるのでやはりこの位置が一番みじめなポジション取りかもしれない。


「お、真々田まさなだ早いな」


 俺が持参した弁当をスマホ片手に突きながら、あまり意味のない席取りをしていると、午後の講義25分前くらいに仲のいい男子が一人やってきた。

 絶賛お口がもぐもぐタイムだったので片手であいさつを済ませる。

 友人はすっと俺の横に座った。


「いやー、毎回助かるよ」


 口の中のものを飲み込み聞き返す。


「何が?」

「席取りだよ」

「なんだ急に気持ち悪い」


 学科の必修科目なんてほとんど座席固定みたいなもんだろ。

 別に俺が取らなくても、多分みんな遠慮する。


 そんなことにわざわざ感謝の言葉を使う?

 何か頼みづらいことの前振りか?

 悪いけど野郎のお願い事は親でも断る主義だぞ?


「ん?」


 相手の意図を探ろうと顔を覗き込んだ。

 そこに、違和感を覚える。


(こいつってこんなにのっぺりした顔だったっけ?)


 のっぺり、という表現は適切じゃないかもしれない。

 だが、こいつは小中高と野球をしていて、ガタイも顔つきもいかついやつって印象だったはずだ。

 それなのに、なんだろう。


 目の前の男からは、運動をあまりしてこなかった人間の雰囲気がにじんでいる。


「お前って、野球部だったよな?」


 確認。

 最初に仲良くなったやつだから間違いはないはずだけど、なんとなく。

 本当に、なんとなくだったんだ。


「は? 違うぞ?」

「……え?」

「いや、興味はあったけど、田舎で人数がそろわなくってな」

「野球の人数すらそろわないってどんな限界集落だよ……」

「いや男子はいたんだけど野球したいってやつは少なくって……俺真々田まさなだにこの話したっけ?」

「……聞いたことがないな」


 記憶違いだろうか。

 野球部だったのはまず間違いなくこいつだったはずなんだが。

 でも、今の話に噓の匂いはしなかった。

 本当のことを言ってる気がする。


 野球したいやつが少ないって、珍しい地域もあるんだな。

 俺の地元だとなんだかんだ一番人気の球技だったけど。


「あ、でも女子ソフトボール部は全国常連校だったぞ」

「なんでだよ」


 男子野球部がなくって女子ソフトボール部があるってどんな学校だよ。

 いや俺が知らないだけで珍しくないのかもしれないけどさ。




 なんて、くだらない話をだらだらと続けておよそ20分。

 教室の座席も見慣れた顔ぶれがそろったころ。


 俺は花守はなもりさんがいないことに気づいた。


(どうしよう。Linearリニア送ってみようかな)


 昨日連絡先を交換したはいいものの、バイト後はうたを家まで送り届けたせいで帰宅したときには夜が遅く、メッセージを送れていなかった。

 連絡を入れる、いいきっかけかもしれない。


花守はなもりさん、今日休み?』


 連絡を入れる。入れた。瞬間、既読がついた。

 え、はや。


・心配かけちゃった?

・ごめんね?

・ちょっと遅れるかも


 ほ、病気とかじゃなかったのか。

 よかったよかった。

 これで一安心。


・席まだ空いてる?

・もしよかったら取っておいてくれると嬉しいなー

・なんて図々しいかな?


 ご用意させていただきますお嬢様。


 と、入力して送信前に思いとどまる。

 俺の座席は中央後方。

 後ろ側の入り口から入っても、少し遠い。

 入口付近に場所をとったほうがいいか。


 最後方の席は空いてるかと確認。

 ウェイ系が集まっているが、ちょうどひとつだけ空いてる長机がある。

 うれしくって涙がちょちょぎれるね。


「わり、俺後ろの席行くわ」

真々田まさなだ⁉」


 めちゃくちゃ驚いた顔をされた。

 なんで? と思ったがすぐにわかった。


 ははーん。

 さては嫉妬だな?


 俺は慰めるようにやつの肩を叩いた。


「お前にもいつかいい人ができるよ」

「何の話だ⁉」


 ……あれ?

 俺こいつに花守はなもりさんの話したっけ。

 僻むも何も無い気が。


 まいっか。


『教室後ろ側の出入り口付近で場所取りしてるね!』


 花守はなもりさんと一緒に受講できることと比べれば些細な問題である。



 講義が始まって5分ほど経って。


「(ごめん! ありがとー!)」


 教師が黒板を向いたタイミングで扉がすっと開いた。

 それから癒される、天使の声がする。

 花守はなもりさんが来た!


「(全然大丈夫! 出席も代筆しといた……よ)」


 うきうきしながら、横に腰掛けた女性のほうを向く。

 向いて、思わず息をのんだ。


 クリーム色の二つ結びの髪に、眼鏡をかけた文学少女。

 それが昨日までの花守はなもりさんの印象だった。


 だけど、今はどうだろう。


 胸ほどまであった髪を肩口くらいに短くし、眼鏡を外してコンタクトレンズにしている。

 ファッションも大人しめのものから、少し大人びたものに変わっている。


 垢抜けた。

 一言で表現するなら、そんな言葉が適切だった。


「(う、変、かな……やっぱり)」


 顔を赤らめながらも、視線はきっちり俺に向けられる。


「(そんなことない! めちゃくちゃ似合ってるよ! タイプ過ぎて心臓止まるかと思った!)」

「(タ、タイプだなんてそんな……えへへ)」


 可愛すぎんだろぉがよぉぉぉ!


 あー、周りの奴らに自慢してえ!

 俺、彼女の恋人なんだぜ? って!

 今はまだフリの上予約だけどな!


 言ってて悲しくなってきたぞ?


「(あれ? もしかして今日遅れたのって)」

「(うぅ……、その、やっぱり恥ずかしくって)」


 はいかわいいー。最強。

 俺が守らねば。


「(そ、それで! よかったらなんだけど!)」


 ずい、と。

 花守はなもりさんが席を詰める。


「(今日の講義って真々田まさなだくんもこれが最後だよね?)」

「(うん? うん)」

「(だ、だよね! だから、その……)」


 揺れる瞳に覚悟が灯る。


「(一緒にカラオケとか、どうかな……?)」


 ただでさえヒソヒソ声量を落としていた声を、さらに消え入りそうに。

 花守はなもりさんは口にした。

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