第2話 鳥|バイト先のツンデレ
俺の通っているバイト先は個人経営の喫茶店だ。
温かみのある照明とシックなインテリアが居心地のいい空間を作っていて、俺はそれが気に入った。
ちょうどキッチンの手が足りておらず、俺も一人暮らしを始めて金銭に余裕がない頃だったので、迷わずバイトに応募。
面接も無事に通り、調理のレベルも店長から認めてもらった俺は、即戦力として週3くらいで働いている。
これからの時代、男子も料理できないとって料理を教えてくれた母様ありがとう!
『
『はい』
お昼のピークを越したあたりで店長の声がして、ホールから一人の女性が厨房裏の狭いスペースにやってきた。
レッドブラウンのウルフカット。
つり目つり眉おちょぼ口。
同じ喫茶店でホールを担当している女子大生だ。
「……なによ」
まずっ! 視線送ったの気取られた⁉
や、べつによこしまな心があったわけじゃないけど!
このバイト先で一番かわいいから嫌われたくないんだぁ!
えーと、えーと、何か言い訳を考えなきゃ。
「いや、そういえば
「んなっ⁉」
いい切り返しを思いついた。
と思ったんだが、
あ、あれ?
なんか地雷踏んだ⁉
怒らせるつもりなんてなかったのに⁉
「べ、別に! あんたの賄いが一番おいしいから時間を合わせてるわけじゃないんだからねっ!」
「どっち⁉」
「この話は終わり! 賄いの時間短いんだから!」
むぅ、煙に巻かれてしまった。
なんか好印象を持たれていた気がしたけど、気のせい?
気のせいなんだろうなぁ。
今日までそんな素振りなかったもんなぁ。
なんて、余計なことを考えながらも両手は調理の手を止めない。さっと賄いを盛り付け、
「……
「え?」
「勘違いしないでよねっ⁉ 普段見ている表情より今日は少しだけうれしそうに見えるとか、細かい表情の違いなんて全然気づいてないんだから! ただなんとなくそう感じただけで――」
「だ、大丈夫です。分かってるので」
「……それはそれでムカつく」
口を尖らせる
かわいいけど、俺にどうしろと⁉
かわいいけどもっ!
「ほ、ほら! 賄いの時間終わっちゃいますよ?」
「質問をはぐらかさないで」
「えぇ……?」
あなたが言うか。
という野暮なツッコミはしない。
というかさせてくれそうな雰囲気じゃない。
俺が正直に答えるまで解放してくれなさそうだ。
仕方ない、素直に答えるか。
「実は学科の女の子に恋人役を頼まれて、彼氏のフリをすることになったんですよ」
「……え?」
カランと。
信じられないものでも見たとでも言いたげな、大きく見開かれた目が俺を覗き込んでいる。
「そ、それで、受けたの⁉」
「え? はい」
「んなっ⁉ ちょっと危機感が無さすぎるわよ! いい? 世の中には悪い女がいっぱいいるんだからね⁉」
「はっはっは」
「笑い事じゃないんだけどっ⁉」
面白い冗談だ。
男を引っ掛けようとする女性より、女性を引っ掛けようとする男のほうがよっぽど多いだろうに。
しかも男は股間で物事を考えるからなおさらたちが悪い。
「大丈夫ですよ!
「絶対騙されてるからね⁉ 女が男に優しくする理由なんて下心ありきなんだからね⁉」
「男が女性に優しくするときも同じようなもんですよ」
「そんな裏事情知りたくなかった‼」
むしろこっちが表では。
いや、それも俺が男からの視点しか持ってないからなのかな?
蓋を開けてみれば性別の違いなんてそんなに無いのかもしれない。
「……なのよね?」
「え?」
「恋人のフリ、なのよね?」
「うっ、はい」
今はまだ、ですけど!
そのうち正式にお付き合いさせていただく所存ですけど!
……どうしよ。
これで舞い上がってるの俺だけだったら。
本気にした? 残念でしたーなんて言われたら。
えー、やだ。悲しくなる。
なんて、思案に暮れていた俺は、次の
「だったら! アタシとも恋人のフリをして!」
「……へ?」
だから思わず問い返してしまった。
いや、俺は難聴系主人公じゃないけど。
誰にだって聞き間違えることはある。
それが俺はたまたま今日だった。
そういう可能性もある。
「か、勘違いしないでよねっ。別に、アタシが先に好きだったのにぽっと出の女に盗られそうになって焦ってるとかじゃないんだから!」
「
「
「もはや本音を隠そうとすらしていない⁉」
この人こんなキャラだったの⁉
キレイな花には棘がある的な、近寄りがたいけどクールビューティーな人かと思ってた!
さてはぽんこつ寄りの人間だな⁉
これがギャップ……!
高嶺の花に見せかけてその実親しみやすいキャラクターとか最強属性か⁉
「それとも……嫌かな……アタシみたいな、素直じゃない女」
「ぐはぁっ!」
「
ちょ⁉
ここにきて可憐な一面を見せるのは反則!
危ないところだった。
どうにか致命傷で済んだぜ。
「全然嫌じゃないです! むしろすっげえ嬉しいです。嬉しいんですけど……申し訳ないですよ。俺なんかのために、
「べ、別に
おお……!
あたかも打算があっての提案という体を装って俺の申し訳なさを軽減させようとしてくれるなんて、なんていい人なんだ……!
「あはは。そういうことならぜひ」
「い、いいの⁉」
「はい! 俺も1回行ってみたかったんですよ! ミュージカルってやつ!」
――1回で済ませる気はないんだけどねっ。
まただ。またこの感覚だ。
なんだろう。今日はちょくちょく肌寒くなるな。
もしかして俺の体調が悪いのか?
『
再び店長の声がかかる。
そして盛大に喉に詰まらせた!
「
「ん――っ!」
慌てて水を汲んだコップを置くと、
その時手が触れて、俺はちょっとだけ脈拍が上がった。
耳とか赤くなってないかな……俺。
「……
コップを置いた
「アタシも、これから
言うだけ言い放つと、
(名前覚えててくれたんだー)
やっぱりいい人だなぁ、
「いや、
お互いに下の名前で呼ぶ……。
なんかすっげえ恋人同士っぽいな!
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