反省会

 短剣に気を取られ過ぎた。蹴られた腹がすごく痛い。

 まさか短剣を躱した後の隙を突いてくるとは思ってもみなかった。気づいた時には蹴りが入る瞬間で、あっという間に吹っ飛ばされていた。


 てか、やばい。追撃が来る。

 倒れている俺に向かって、デビルゴブリンは短剣を構えて突進して来ていた。

 この軌道は顔に突きを入れる形だ。

 さっきから攻撃パターンが増えて嫌になるな。

 俺は身体強化で短剣を躱そうとするが、


 ブシュッ


 ギリギリの所で致命傷は避けたが、頬を掠めて血が飛び散る。

 さらにデビルゴブリンの蹴りが来る。


 ちょっと待て。

 次から次へと。

 態勢を立て直せないだろ。


 俺はデビルゴブリンの蹴りを避けたかったが、無理そうなので防御することにした。

 身体強化は解いてないので、ダメージは少なそうだが、さらに短剣が俺を襲う。


 短剣を受ける訳にはいかない。


 必死に短剣の攻撃だけは躱す。

 しかし、短剣と蹴りの交互な攻撃で俺は徐々にダメージを負っていく。ダメージの確認をしたいがステータスを確認する余裕さえ、与えて貰えない。


 勝ち筋が見えない。それどころかこの状況をどうにかする方法さえ思いつかない。

 攻撃を躱しながらでは、思うように思考も働かない。

 ダメだ。このままじゃ負ける。いや、負けるだけならいい。負けたら殺される。

 死にたくない。折角この世界に転生出来て、やりたい事もたくさんあるのに。

 死ねない。まだ家族に何も返せていない。


 セーフティーゾーンだ。あそこまで行ければ助かるはずだ……


 次の短剣を躱すと同時に、一気に走りきろう。最悪後ろから短剣で刺されたとしても、セーフティーゾーンまで行ければハイポーションで治せるはずだ。

 デビルゴブリンが短剣を切り付けてきたタイミングで横をすり抜けるように避けながら、セーフティーゾーンを目指して全力で地面を蹴った。

 速く。速く。速く。

 デビルゴブリンに追いつかれる事のないように、全力で走った。

 10メートル程あった距離は、あっという間にすぐ近くまで来ていた。

 だが、すぐ後ろに気配を感じる気がする。俺の方が敏捷力が高いのについて来れているのか……


 あと少し。俺はセーフティーゾーンに向かって、全力でダイブした。

 デビルゴブリンの攻撃を受けることもなく、セーフティーゾーンに辿り着いた。

 ダイブで倒れていた身体を起こし、すぐにボス部屋を振り返った。


「はぁ、はぁ、はぁ……デビルゴブリンが…いない……」


 ボス部屋を見てみると、先程まで後ろを追いかけていたと思われるデビルゴブリンが見当たらない。

 いない事に対して気にはなったが、セーフティーゾーンにボスが入ってこないと分かったので、ようやく安堵した。

 まずは回復だな。その前にステータスオープンでダメージの確認をしておく。

 体 力:198/293

 魔 力:127/1235


「まじか。あれだけやられたのにダメージ的には思ったよりも少ないな。ただ、魔力の残量がやばい。あと2分判断が遅れていたら死んでたかもな……」


 生きて出られて本当に良かった。正直ここで死ぬんじゃないかと本当に思った。それぐらい剣が折れた後の攻防、主に防御だけだったがジリ貧状態だった。時間が経てば経つほど心臓がバクバクしていたと思う。

 というか、折れた剣の柄を持ったままだったみたいだ。鞘に折れた剣を納めてから魔法袋にしまった。


 ついでに魔法袋からハイポーションを取り出して、傷を癒すことにした。

 ハイポーションを飲むと身体が光り出した。そして、頬の傷とその他に蹴られた箇所や擦り傷なども治っていく。


「思ったよりもハイポーションすごいな。頬の傷も触った感じ治ってると思うし。それにスポーツドリンクみたいに飲みやすい」


 俺はその場に背中から倒れ込んだ。


 ハイポーションを使うと身体が光ってファンタジー感満載だが、今は楽しむ余裕が全然ない。

 今回は武器が壊れた事が原因で敗北まで追い込まれた。

 戦略的撤退と言えば、聞こえはいいがそんな気分ではない。

 とりあえず反省会だ。こういうのは、時間がある場合すぐにやった方がいいと思う。


 まず、剣が折れる前までは良かったはずだ。剣が折れなければ、身体強化でかなり優位を取れてダメージを与えていたと思う。

 問題は剣が折れてからだ。折られた事に動揺したが短剣だけは何としてもさけなければと思って、そちらに気を取られ過ぎたのがいけなかった。

 短剣の切りつけ後の蹴りに気づいた時には、綺麗に腹を直撃していたからな。


 その後も態勢を立て直そうと思ったが、その前に攻撃が次から次へと来るから、どうしようもなかった。

 身体強化は切らしてなかったから、もっと集中していたら攻撃を躱して、体術でカウンターで反撃できたかもしれない。

 実際はダメージを受けて、怖気づいたのかもしれないが……


 それよりもまだ2階層でこの強さなんだよな。ここで上手く倒せたとしても3階層で間違いなく負けただろう。

 魔物らしくない思考というか戦術がやばい。思えば短剣からの蹴りって俺の行動を真似たんじゃないのか。

 それだと長期戦になればなるほど、危険になるんじゃないのか。

 だめだ。負けたせいか、マイナス思考になっているな。


 思えばこの世界に来て楽しい事ばかりだったから、こんな感情はこの異世界では初めてだ。

 前世では、上手くいかない事や理不尽な事なんて、生きていればいくらでもあったのにな。

 なんかやりたい事や楽しい事ばかりさせて貰えてたんだな。

 それで、スキルや魔法のレベル上げが楽しくて、強くなった気になって調子に乗って、スペステに挑んだら実際は最終階層に辿り着けずに敗北なんだよな。


「はぁ、情けないなぁ……しかも負のスパイラルに陥ってるよな、これ」


 俺は上体を起こし、両手で頬を叩いて気合を入れる。

 大丈夫だ。死んだわけじゃない。まだやり直せるんだ。1回負けても死ななければ、また挑戦できる。

 今回は相手のステータスが自分より低くても、危険だという事が分かったんだから、大きな収穫だ。


 それより、次戦う時の事を考えなければ。

 鉄の剣は折れてしまった。また作り直して貰ったとしても鉄の武器では折られる未来しか想像できない。

 ホストンさんの店にある一番強い武器を買うとかかな。あの白銀の剣なら対抗できそうだけど、いくらだ?帰った時に聞いてみるかな。


 武器以外には、デビルゴブリンの剣士の基本とも言えるような剣と盾の扱いと立ち回り方だ。

 おそらくだが、スペステ限定で魔物の思考能力が人と同等ぐらいになっていると思われる。

 もし、この予想が外れた場合は、ダンジョン外にいるデビルゴブリンとポイズンパピヨンは相当厄介だという事になる。

 もしかするとスペステ限定魔物という線もあるのだが、それは今はいいとして。


 やはり、勝てそうな戦略を考える必要があるかもな。

 主に弱点は何かだな。うーん、何かあるか?正直、隙がなさすぎるんだよな。

 いや、弱点は短剣のリーチの短さだな。

 それなら、槍で攻撃するのはどうだろうか。

 例えば、身体強化で横移動とバックステップを巧みに使い、相手の右側、デビルゴブリンの盾とは反対側を軸に攻めるのは有りな気がする。短剣側から攻撃すればリーチの差で攻撃し放題だ。盾側だと防がれるからな。

 これなら鉄の槍でもいけるんじゃないのか。

 気をつけるのは、やはり武器破壊だな。なるべく短剣とぶつからないようにしないといけない。


 待てよ。セーフティーゾーンに魔物が入って来れないなら、入って遠くから魔法を打ち込んでデビルゴブリンが近づいたら、すぐにセーフティーゾーンに逃げ込めば楽に倒せるんじゃないのか。まあ、ハメ技は勝った気がしないから今度復活する時にリベンジするとしても、勝つだけなら何とかなるかもしれない。


 一瞬そう思ったが、先程ここに逃げ込んだ時の事を思い出して、まさかと思い俺はボス部屋に入った。


 黒い霧が渦を巻いて集まり、デビルゴブリンが現れる。

 俺は鑑定でデビルゴブリンの体力を確認する。

 体 力:350/350


 俺は無言でセーフティーゾーンに戻った。

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