お兄様は天才だった
少し冷たい空気が流れている青空の下、目の前には真っ白な建物が立っている。
シンプルな作りの建物の周りは芝生が広がっており、遠目からでもこの建物が目についた。
「お兄様、ここが初級ダンジョンですか?」
「そうだよ、この建物が初級ダンジョンの戸惑いの森だよ」
「リオンちゃん、ダンジョンはね、どこも建物の中から転移陣で移動するようになってるのよ」
そういって、建物の近くまでやって来た。ダンジョン名は戸惑いの森ダンジョンという。
ダンジョンの中が森になっていて、進むのは初級ダンジョンの中では難しいらしい。特にボスがとても強いとの事だ。
森以外のダンジョンは、草原や洞窟、遺跡や山脈などがあるらしい。全部行ってみたい。
建物の入口の前まで来て、アルスがこちらを振り返った。
「では、お母様、リオン行ってきます」
「アルスちゃん、気を付けてね。無理はせずに危なくなったら、魔法袋に入ってるポーションを使うのよ」
「お兄様、気を付けて下さいね」
どうやら、ここまでのようだな。転移陣は見れなさそうだ。
それにしても、ポーションもやはりあるのだな。
アルスを見送った後は、マリーと二人で、ゆっくり話しながら1時間かけて町まで帰った。
フラグがたったかと思ったが、盗賊は出ず無事に帰ってこれた。そうそう盗賊とは出くわすことはないかもな。
帰ってからは昼食を食べて、一息ついてから庭で剣の素振りをした。
コウガは昼食を食べに一回帰ってきたが、食べて少ししたらまた出て行ったので、1人で素振りをしている。
素振りの後は庭を1時間程走った。庭の奥の見えないところでは、たまに魔力消費の為、身体強化をこっそり使ったりしている。
持久力は戦闘ではもちろん必要なものだが、ダンジョンに潜る時にも重要な要素だ。
これはスキル上げと同様に重要なことと考えており、ステータスでは測れない要素であると思っている。
俺は走り終わってお風呂に入った。
出てくるとアルスが帰ってきていた。
「お兄様、おかえりなさい。1人でのダンジョンはどうでしたか?」
「ただいま、1人だと最初は緊張したよ。森の奥に進むにつれて魔物がどこから出てくるかわからないからね」
斥候とか仲間にいればいいけど、1人だとそうも言ってられないし、どこから来るかわからない状態で進むのは結構勇気が要りそうだな。
そう思うとアルスは、かなり頑張っていると思う。
「リオン、もうご飯だよ。食べながら話をしよう」
「はい」
こないだ程の疲れは見えないな。
2回目で早くもダンジョンに慣れたのかな。
しかも今日は1人だったというのに、アルスはすごいな。
「今日はいい勉強になりました。ダンジョンで1人になって、はじめて分かった事がたくさんあります」
「この前入った時と、今日とで違うことがあったのだな」
保護者がいる状態と1人でダンジョンに行くのとでは、確かに安全度が全然違うよな。いくら初級ダンジョンが安全だからといっても。
「はい、この前はお父様とお母様がいたので、森を進む時も魔物と戦っている時もそこまで気にしていなかったのですが、1人だと常に魔物の気配を探らなければいけないなと思いました」
「そうだな、常に魔物の気配に注意することは大事だ。初級ダンジョンでは戦闘中に他の魔物が割り込んで来ることはほぼないが、中級ダンジョンやダンジョンの外では普通に起こることだからな。」
「そうね、学校で中級ダンジョンに行くこともあると思うけど、その時はパーティーを組んでると思うからお互いでフォローしあうといいわよ」
初級ダンジョンは初級だけあってかなり優しい感じの作りだな。
そして、学校から中級ダンジョンへ行くことがあるかもしれないのか。
「お兄様、今日はゴブリンも倒されたのですか?」
「ゴブリンは5体だけ倒したよ。それ以外はイモムーで戦闘の経験を積んでいたんだ」
まだ2回目のダンジョンだというのに、1人でもう2層まで行ったのか。
「今度ダンジョンに行く時はゴブリンを多めに戦闘するつもりだよ」
「頑張って下さいね」
「アルスならゴブリン相手でも問題ないと思うがボスだけは相手にしてはいけないからな」
「お父様、わかっております。学校があるまではボス部屋には行かないようにします」
「わかっていれば、問題ない」
そういえば、前もボスがかなり強いって言ってたっけ。
初級ダンジョンでも戸惑いの森ダンジョンのボスは別格って話だったな。
そういえば、レベルは上がってないのかな?
前の話からして学校始まるまでにレベル2になるようにコウガが言ってたけど、1上げるだけに1年もかかるのか?
というか、レベルが上がったかはどうやって確認するんだ?おそらく鑑定使える人いないよね?
教会でステータスプレートを更新するのか?
「お兄様、どうやって確認するかわからないですが、レベルは上がりましたか?」
「まだレベルは上がってないよ。確認の仕方はね、ステータスプレートに自分の魔力を流すことによって内容が更新されるんだって」
なるほどね、ステータスプレートに魔力流すとアプデされるのか。
鑑定を使わなくても、レベルはいつでも確認ができるな。
あとはアルスが今日どれだけの魔物を倒したかだな。ゴブリン5体は聞いたからイモムーを何体倒したか聞いておくか。
「レベルはなかなか上がらないのですね。今日はゴブリンを5体倒したと聞きましたが、イモムーは何体倒したのですか?」
「イモムーは30体は倒したよ。倒すのよりも見つけるのに時間がかかるんだよ」
「30体もですか。すごいですね。そんなに倒してもまだレベルがあがらないのですね」
マジですごいな。2回目の探索で30体以上倒したのか。
これは敬意を込めてアルスお兄様と呼んだ方がいいかもしれないな。いや、既にお兄様と呼んでいるから、略してアル兄(にい)と呼ぼう。心の中でだけね。
それにしても、それだけ倒したのにレベル上がらないのか。この世界のレベル上げはきつそうだな。
スキル上げはそこまでだと思うけど、レベル上げはハードモードだな。
アル兄の話でレベル上げが大変だと考えていた横で、コウガとマリーが驚きの顔をしていた。
「アルス、今日だけでイモムーを30体も倒したのか?」
「すごいわ。やっぱりアルスちゃんは天才だったのよ」
「お父様、魔石を交換したのが38個だったので、間違いないと思います。それとお母様、ありがとうございます」
コウガとマリーが久しぶりにかなり驚いてるな。
ここ最近は新しいことを学んだりしてこなかったからな。アルスが短期間で疾風突きを覚えた時もそこまで驚いていなかったし。
「お兄様はやはり天才だったのですね!!」
「リオンの方が天才だと思うけど、ありがとう」
フフフ、アル兄すごく嬉しそうだな。褒められて伸びるタイプかもしれないな。昔は褒め過ぎて努力を怠るかもと思って一緒に努力する方向へ変えていたが、アル兄がそんな事ないことはもう分かっているので、これからはもっと褒め称えよう。
「えっと、普通は親と1ケ月ぐらい初級ダンジョンに付き添って貰ってから1人でダンジョンに行くようになるんだ。そして、初めて1人で行った時に魔物を10体でも倒してくれば多い方なんだぞ」
「本当にね、30体何て過去最高かもしれないわね。パパも20体倒してその年の学年でトップだったものね。アルスちゃんに抜かれちゃったけど」
なるほどな。元騎士団副団長のコウガでさえも、20体でトップだったということは、アル兄のやったことはとんでもない成果になるな。
コウガとマリーが親バカになるのがわかるよ。本当の天才だったのなら仕方ない。
「この調子なら1ケ月ぐらいでレベル2になるかもしれないな」
「本当ですか?頑張ります」
この後、アルスはコウガとマリーにべた褒めされ、煽てられるというのを寝る前まで行われた。
もちろんアルスはすごく嬉しそうにしていたし、俺とミランダとリカルドも影ながら微笑ましく見ていた。
そして、月日は1年近く流れ、アルスが学校へ行く1週間前まで進むのだった。
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