第3話 思い出

 ヒサイシさんは公園でハトさんたちにコーンフレークをあげたあと、自宅へ帰った。


 ヒサイシさんの自宅は元々、ヒサイシさんの遠い親戚の家だった。二階建ての家で、もうローンは払い終わっていた。もちろんローンはヒサイシさんの遠い親戚が払った。


 ヒサイシさんには父と母と兄がいる。

 ヒサイシさんはひとり暮らしだ。

 事情があり、実家から追い出されてしまったのだ。実家には今でも父と母と兄が住んでいる。



 ヒサイシさんは子供の頃から今でも、正直で嘘がつけなく、クラスメイトたちのからかいや、老人の冗談も真に受けるところがあった。


 そんな自分に対し、特になんとも思わなかったが、世間の人たちからだいぶ、自分がズレているというのは最近よくわかった。


 ヒサイシさんは26歳だが、今まで一度も女の人と付き合ったことがなかった。


 女の人と話すことはできるのだが、どうやって仲良くなるのかがわからない。


 世の中の男の人たちは、いつの間にか恋人ができたり、結婚したりするが、ヒサイシさんにとって、そのような人々は本当にすごい存在だ。自分にはそのようなことは縁のないことだ。


 ヒサイシさんは時計を見た。時計の時針は10を指していた。時刻は10時だ。


 ヒサイシさんはリビングルームのグレーのソファーに腰を下ろし、テレビをつけた。


 通販番組でアナウンサーが掃除機の宣伝をしていた。なんだか胡散臭そうだなと思ったので、テレビを消した。


 ヒサイシさんはソファーに寝転び、そっと目を閉じた。そして深く瞑想した。


 小学校のときの記憶が脳内に映し出された。


 市内対抗の音楽発表会。ヒサイシさんたちのクラスは合唱するため、控室の前の廊下でみんなで黙って順番を待っていた。


 ヒサイシさんはやっと合唱の順番がやってきて、わくわくし、ニヤニヤしていた。そこへクラスの番長がやって来た。ヒサイシさんは番長を優しく見た。しかし番長はなぜか機嫌が悪く、ヒサイシさんの頬を打った。ヒサイシさんはその時はじめて人の前で泣いた。


 それはつらい記憶だった。


 ヒサイシさんはそっと目を開けた。まるで深海魚の目覚めのようだった。


 ヒサイシさんはその番長のことを別に嫌いではなかった。ただ殴られただけだ。


 それよりも現実の方がもっと怖い。


 この世の現実は、この世界の人間は、かなりおかしい。


 ヒサイシさんは人間に対し、人間がムカデを嫌うように嫌っていた。


 昔は人間が好きだったのに…

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