25 気合いを入れて張り込み!(後)

 日が暮れた。

 黒妖犬ヘルハウンドの仔犬は、部屋の中のちょっと離れた所で昼寝?中だ。


 今のところは、素通りしていく人ばかりで、張り込みにこれと言った進展はない。


 まあ、こう言ったことは大抵夜中に起きると叔父さんも言っていたから、僕もまだそれほど焦ってはいなかった。




 ――そして、廊下を灯す灯り以外薄ぼんやりと暗くなってきた頃。


 特有の、カチャカチャと腰の剣のつばが鳴る音が耳に飛び込んで来た。

 それも、複数。


 何なら「おい、ちゃんと周り見とけよ」なんて声も聞こえる。


 僕は一瞬、叔父さんを呼ばなきゃと思ったけど、まだ廊下を通りがかっただけじゃどうしようもないと、すぐさま思い直して、そのままじっと身を潜めた。


 目を凝らして見ると、扉の前には三人立っていて、二人が辺りをキョロキョロと警戒していて、一人が手にしていた鍵で扉を開けようとしていた。


 叔父さん、わざと鍵を盗ませたんだろうか……なんて思っているうちに、一人ずつがあっと言う間に中に入っていく。


 部屋の中からそっと扉が閉められたところで、もう良いかと、僕は叔父さんから渡されていた腕輪を片手でギュッと掴んだ。


 僕には仕組みのよく分からない道具だけど、暗い部屋の中で一瞬だけ淡い光が滲んだのが見えたから、叔父さんには伝わっているんだろう。


「おぉい、そろそろ起きろー?」


 僕は念のため、それまでぐーすかと寝ていた黒妖犬ヘルハウンドの仔犬に近付くと、お腹のところを軽く揺さぶって、小声で起こした。


「あの部屋から出て来る連中を『がうっ』と威嚇して捕まえてくれたら、辺境伯エイベルさまがきっとごはんを豪華にしてくれるぞ?出来る?」


 なんかもう、首長竜ギータ見てたら言葉が通じるに違いないと思った僕は間違ってない筈。


 案の定、黒妖犬ヘルハウンドの仔犬はじっと僕の目を見た後で、任せろと言わんばかりに「がうっ」と吠えてみせた。


「しぃっ!今はもうちょっと声、小さくね?とりあえず、あの部屋から誰か出て来るまで待とう」


 そうしたら今度は「がうっ」が「わう」になった。

 うん、まあ、それでいいよ。





「――なあ、コレいくらくらいで捌けるだろうな」

「オレは何でも良いよ、賭博の借金がチャラになればそれで」

「俺もコレで婚約破棄の慰謝料が賄えれば、せいせいする」


 やがて暗がりの奥から、僕でも下衆じゃないかと思う話し声が聞こえてきた。


 それと同時に、廊下の曲がり角から見慣れたが見えて、僕はちょっと胸を撫で下ろした。


 よかった、間に合った。


 とっとと抜け出そうぜ、なんて言っているくらいだから、ここを見逃せば明日には姿をくらましている可能性があったってコトだ。


 僕は声の主たちが部屋から出て来て、音を立てないように扉の鍵を閉めているタイミングで、黒妖犬ヘルハウンドの仔犬のお尻をポンっと叩いた。


 よし、出番だ!と言葉を添えることも忘れずに。


「――がうぅぅぅぅっっ!!」

「「「うわぁっ⁉」」」


 あれ、なんか「がうっ」とかそんな可愛らしい鳴き声じゃなかったんだけど。


 え、なんかものすごい威嚇の気配が黒妖犬ヘルハウンドの仔犬からダダ洩れてる?


 ……僕が張り込みをしていた扉の内側で唖然としている間に、その威嚇に驚いた連中が、手にしていた剣やら宝石付の装飾品やらを、一斉に下に落としていた。


 日が暮れて静かだった筈の廊下に、犬の鳴き声やら石の廊下に剣が落ちて鍔が鳴った音やら、不協和音も甚だしい音が鳴り響いた。


「な、なんだよ、おまえまた脱走してきたのか。脅かすなよ……」


 しどろもどろになって、黒妖犬ヘルハウンドの仔犬を見た男に、僕は見覚えがあった。


 一人分かれば、あとの二人もだ。


(……この三人、夕方ここですれ違った新人たちだ)


 もしかして、さっきは下見にでも来ていたんだろうか。


 僕がそんなことを思っている間、三人は落とした品物を拾い上げようとしていたけれど、その都度黒妖犬ヘルハウンドの仔犬に威嚇をされて、それを遮られていた。


 うん、これはちゃんとエイベルさまに食事のグレードアップを交渉しないと!


「くそっ、どうすんだよ!このままだと誰か――」


 ここでカッコ良く出て行ければいいんだろうけど、残念ながら相手は新人とは言え軍人。

 どう頑張っても僕では太刀打ちが出来ないのが歯がゆい。


「――手遅れだ、ヒヨッコども」

「「「⁉」」」」


 だからこの後は、リュート叔父さんの出番なんだ。


「言い訳は聞かん。一部始終ここで見ていたからな。もしどこかでコレらを手放せば、多少の口は利いてやっても良かったが、最後まで盗み出す気満々だったようだからな。諦めろ」


「くっ……!」


 カッとなった一人が腰の剣を抜いて叔父さんに斬りかかろうとしていたけど、軍の新人と、ブランクがあるとは言えS級冒険者とが向かい合えば、実力差はお話にもならない。


 叔父さんは手ぶらのまま「出直してこい」と、見事な回し蹴りで、相手を壁に吹っ飛ばしていた。


 足が長くて羨ましい……とか思ったのはヒミツだ。


 残った二人のうち、一人はそれを目撃したことで、腰を抜かして座り込んでいたんだけど、ふと気が付けばもう一人が、それらの隙を突いて、逆方向に走り出そうとしていた。


「――!ソイツ逃がしちゃダメ、追いかけて!!」


 黒妖犬ヘルハウンドの仔犬の名前を聞いていなかったんだけど、多分理解わかってくれるんじゃないかと思った僕は、扉の隙間から顔を出して、逃げる男の背中を指さしながら適当な名前を叫んでみた。


「がうっ」


 え、マジか……などと言う叔父さんの呟きはさておき、黒妖犬ヘルハウンドの仔犬は僕の声を聞いた瞬間、くるりと身を翻して、逃げた男のふくらはぎ部分に遠慮なしに噛みついていた。


「……ってぇぇっ!!」


「だがよくやった!辺境伯エイベル殿にはメシのグレードアップを口添えしてやる!」


 そしてほとんど僕と似たり寄ったりなことを叫んだ叔父さんが、あっと言う間に倒れ伏した男に追いついて、その背中を思い切り踏みつけていた。


黒妖犬ヘルハウンドの仔犬はちょっと想定外だったが、ハルトもよくギリギリまで見極めて、知らせてくれた。ケガはないか?」


「ぼ、僕は大丈夫!叔父さんがいてくれれば不安なんてなかったから!」


 なぜか僕の言葉に、叔父さんはちょっと複雑そうな表情を見せていたけど。


「ハルト……そう言うのは、ピンチを救われた美女ヒロインのセリフなんだ……あちこちで言うんじゃないぞ?」


 

 それはないよ、叔父さん!

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