11 下っ端はツライよ
「ちょうど良かったわぁ。最近、事務方に引っ込んでいたから、欲求不満だったのよぉ」
入口で仁王立ち状態のホリーさんが、怖いくらいの笑顔と共に、舌なめずりをしている。
何も知らない人が見れば、僕でなくてもホリーさんは美女だと思う筈で、見惚れる事必至だ。
だけどここ冒険者ギルド内においては、ホリーさんが喋れば喋るほど、カタカタと身体を震わす冒険者が続出していた。
多分あの人たちは、以前にホリーさんに痛い目にあっている人たちだ。
「なっ……⁉」
そして冒険者ギルドに所属していないらしい貴族のお坊ちゃん、自称「ルブレヒト侯爵の子」は、思い通りにいかない怒りで顔を真っ赤にしていた。
「まあでも、何にも知らないお坊ちゃんに、一度くらいはチャンスをあげても良くてよ?」
そう言ってウインクしているホリーさんは完全にこの状況を楽しんでいる。
この段階で、お坊ちゃん以外の護衛の顔色が、段々と悪くなってきていた。
何故、この女性を誰も止めないのか。
もしかして
そんな風に思い始めたのかも知れない。
「そんな話は知らなかった、って言う部分だけは考慮して、教えてあ・げ・る」
お坊ちゃんは多分10代後半。
だけどホリーさんの口調は、僕以下の、何なら就学前児童に言い聞かせているかの様な口調だ。
「あのね、お坊ちゃん? 冒険者ギルドに限らず、各ギルドすべて独立機関なの。分かる? お貴族様の指図を受けて動くような場所じゃないワケ。イマドキ子供でもガッコで習うコトの筈なんだけど、おかしいわねぇ……?」
「なんだと⁉」
「だいたい、ロック鳥の話をどこで聞いてきたのかしらねぇ~? そのナントカ侯爵サマが、ここに行けとでも言ったのかしら?」
「ナントカ侯爵じゃない! ルブレヒト侯爵だ! 父上を馬鹿にするなっ!」
これで馬鹿にされていないと受け取れたら、それはそれで凄い神経を持っていると思ったけど、さすがにお坊ちゃんも、そこまでではなかったみたいだ。
「あー、ハイハイ。ごめんなさいねぇ? それで、どこで聞いてきたって……?」
口調は軽いけど、ホリーさんの目は笑ってない。
あれだけ叫べば皆に「ロック鳥」の単語は届いているし、それは本来、迂闊に口出して良い話じゃないと言う事も、ある程度のランクの冒険者たちは、職員同様に把握しているからだ。
ロック鳥自体がランクの高い魔物と認識されているから、普段からでも、発見された情報が入った時点で、外に出る情報が制限される。
下位D級やE級と言った初心者クラスは取扱不可、C級でもパーティーを組まないと携われないと言った、非常に扱いが繊細な案件となるのだ。
だからホリーさんがお坊ちゃんを煽って誘導尋問をかけようとしている事にも、周囲のギルド関係者や冒険者たちは当然気が付いていて、皆が固唾を呑んで様子を窺っていた。
「父上の執務室だ! 本来ならとっくに食せていた筈だったのにと嘆いておられたのだ! そんな貴重なモノなら、父上に献上するが道理であろう⁉ それに毒見も必須。万一のコトがあったらどうする! 分かったなら料理を出せっ‼」
「…………へえぇ」
お腹の底から響いたみたいな、ホリーさんの低ーい声を聞いたせいか、もう、お坊ちゃんに付いて来た護衛連中の顔色は、青いどころじゃない。
冒険者ギルドに貴族の威光が通用しない事を、忘れていたわけではないだろうけど、もしかしたらそれはただの建前で、実際には脅せば言う事を聞くものだとの認識がどこかにあったのかも知れなかった。
さぞ、今すぐ回れ右をして立ち去りたい心境でいる事だろう。
「ふん! 所詮庶民の女、侯爵家の価値が分からないんだな? おい、お前たち! この女に身の程を思い知らせてやれ! ここにいる連中とて、それを見ればすぐに身分をわきまえて、むしろ侯爵家の人間が来てやった事に感謝するだろう!」
「⁉」
……ナニか、ブチって切れる音が聞こえたのは空耳だろうか。
「ぼ、坊ちゃん、それは……」
周囲の空気が読めている護衛が、何とか止めようとしているけれど、多分もう手遅れかも知れない。
「すげぇ……ギルド長をガチギレさせた奴って、久々に見たかも……」
うん、ニールスがそう言いたくなるのもよく分かるよ。
「マレクさん呼んで来た方が良いかな……?」
僕の方も、動揺が声に出ている。
いくらギルドが独立機関であっても、さすがに死人が出ると治外法権を主張しづらくなる気がする。
ほどほどのところで、ホリーさんを止めて貰う人がきっと必要だ。
叔父さんやギルさんがもう出発してしまった以上は、次に頼りになるのは恐らく副ギルド長のマレクさんだろう。
「いいから、行け! こういう時の為に、おまえたちに金を払っているんだ!」
腰が引けている護衛をお坊ちゃんが怒鳴りつけているけど、いくら雇い主が命じているとは言え、護衛たちだって命は惜しいだろう。
かと言って、お
「わ……わあぁっ」
そして結局、義理だけでも果たそうと考えたのか、ビックリするくらいの棒読み声で、やる気のない拳がホリーさんに向けて振り上げられるに至った。
「もう、しょうがないわねぇ……今回は気絶程度にしておいてあげるから、次からは仕える相手をもうちょっと考えるコトね」
僕でももうちょっと真面なパンチは出せるだろう。
猫パンチ以下じゃないか、とその場の皆が思った拳を、当然ホリーさんは軽々と躱した。
そして腰に差してあった剣を、刃を抜く事なくそのまま上にずらすと、柄の先端の部分を相手の胸骨のところに勢いよく叩きつけた。
「ぐ……っ⁉」
しかもそれを、三人立て続けにやってのけ、護衛の男たちは全員、胸を押さえながら床を転がる羽目になっていたのだ。
僕でさえ、一人目しか動作を追えなかったくらいだから、お坊ちゃんは多分、何が起きたのか全く分からなかっただろう。
「お坊ちゃんも、おしおきは必要よね?」
そう言ってニッコリ
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