その4 ひとを見た目で判断する ダメ 絶対
「待て。なんだその〝久しぶりに会える〟ってえのは? まるでその管理官は俺たちと面識があるみたいな言い草じゃねえか?」
「ヒバはともかく、俺は公安の偉いさんに知り合いなんかいないけどなぁ?」
「詳しいことは私も聞かされてはいませんが、お目にかかればわかるとのことでしたので」
そう言うと〝青木〟は「どうぞ」と応接室の外に声をかけた。
はたしてドアを開いてあらわれたのは、ダークスーツに身を包んだ長身で痩せぎすな男であった。頬はこけ尖った顎をした男は、まるで蛇を想わせる眼光鋭くも冷たい目であたりを睥睨すると、一歩一歩たしかめるようにゆっくりとした足取りで部屋のなかにはいってくる。
そんな一種独特なオーラを纏う男をまえに、しかし火箱と先崎は、ともにポカンとした顔を見合わせた。
「……なあサキ。あれって、おまえの知り合いか?」
「いいや、ぜんぜん。ヒバのほうこそ昔の仕事仲間とかじゃないのか?」
「しらねえよ、あんな見るからに何か企んでいそうな怪しいヤツ」
「すみません。それはウチの巡査部長です」
如何ともしがたいといった顔で〝青木〟が割って入っていった。
「管理官はそっちのほうです」
そっち? と、図らずも声を揃えて火箱と先崎が聞き返すのと、長身の男の背後に潜むように立っていた人物がひょっこり顔を覗かせるのは、ほぼ同時だった。
「げっ……!?」
「あれ? あんた、たしか──」
「あらあらまあまあ! すっかりご無沙汰しておりましてぇ〜! その後、おふたりともお変わりありませんでした〜?」
火箱が呻き、先崎が目を丸くするなか、甲高い声で言いながらちょこまかとした足取りで近づいてくるのは、小柄でふくよかな中年女性であった。
一見すると人が良さそうな丸顔に、腹の底を読ませないような笑顔を浮かべた様は、警察の幹部というより〝保険外交員のおばちゃん〟といったほうがしっくりときた。
それもそのはずで、火箱と先崎が知る過去の彼女は警察官ではなく〝外交官〟のはずだった。
「ええっと、たしか現地情報の担当だった二等書記官の──」
「まあ嬉しい! 憶えていていただけましたの? ええ、そうです。小松原ですわ!」
小松原と名乗った女性は先崎の言葉にパッと顔を輝かせていった。
「ほんとうその説はたいへんお世話になりまして〜。じつは一昨年、外務省から出向元の県警に復帰いたしまして、この春からは公安課管理官の任を拝命しておりますのよ」
そう言って差し出した名刺には「神奈川県警警備部 警視 小松原可奈子」と書かれていた。
「あー、そうそう。小松原さんでしたね。だいじょうぶ、憶えてますよ。もちろん」
「光栄ですわ。先崎さんとは、例の政変のとき、一度だけお会いしただけですし、それもほとんどお話しませんでしたのに」
「いやまあ、あのときはお互い担う役割がちがいましたから……。って、ヒバ? どこへいくんだ?」
「ああクソ、ほんと勘弁してくれ」
こっそりと席を離れて部屋から出ていこうとしていたところを見つかった火箱は、心底嫌そうな顔でいった。
「悪いがな、小松原さん。俺はもう退職したカタギの人間だ。頼むからそっちの世界のゴタゴタに巻き込もうとしないでくれ」
「まさかそんな。巻き込むだなんて滅相もない!」
小松原は心外だと言わんばかりに大仰な仕草でかぶりを振っていった。
「ねえ、青木警部補。そうですわよね?」
青木警部補と呼ばれた〝青木〟は、当然のように「もちろんです、管理官」と頷いていった。
「われわれのほうから、そちらの探偵事務所に接触を図ったことは一度たりともございません」
「このやろ、いけしゃあしゃあと……!? じゃあついさっき〝公安の協力者〟になって欲しいと言っていたのは、あらいったいなんなんだ?」
「ちがいます。〝今回の神永の件について協力者となっていただきたい〟と、申し上げたのです。間違っても〝公安の協力者になってもらいたい〟と、お願いをしたことはございません」
「そう! ここでいま問題なのは神永の件なのです」
小松原はツカツカと火箱へ近づくと、ほぼ真下から見上げるようにしてズイと詰め寄っていった。
「いいですか、火箱さん? こっちの世界に通じていらっしゃるあなたならばとっくにお気づきなのでしょう? われわれがなんで神永の住居を監視下においていたかを……」
「知らん知らん! 俺には関係ないね!」
「関係ないとはご挨拶ですわね? 中東の一件での借り……わたくし、まだ返していただいてませんのよ?」
「……っ!」
とっさに言い返そうとした火箱はしかし二の句が継げず、視線を逸らして「クソ!」と毒づくと、なかば殺意にも似た感情のこもった目で小松原を見下ろしていった。
「それで? あんたは俺たちにいったい何をやらせようと言うんだ?」
「うふふ、話が早くて助かりますわ」
語尾にハートマークでも付きそうな口調で言って、小松原はくるりと先崎に向き直って続けた。
「じつは神永と同じ自衛隊の特殊部隊にいらした先崎さんに、潜入捜査のお手伝いをしていただきたいんですの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます