その3 陰謀謀略 ダメ 絶対

「公安課長が? 管理官を?」

「管理官というと、所轄の警察を〝支店〟呼ばわりする若手キャリアの? 登場シーンではかならず耳に残るギターサウンドのBGMが流れる、管理官?」

「ウチの管理官はキャリアではありませんし、そもそもはドラマですが……。まあ、管理官だというご理解で結構です」


 冗談とも本気ともとれない先崎の質問に大真面目に答え、〝青木〟は火箱の顔を見つめて続ける。


「管理官は警視の地位にある歴とした高級幹部です。こう申し上げては失礼ですが、本来、おたくのような零細探偵事業者の名前が出たところで、飛んでくるような安い立場ではないのです」

「零細事業者で悪かったな、零細事業者で」

「まあじっさい零細だけどな、ウチは」


 苦笑交じりにかぶりを振り、先崎は声を潜めて火箱にいった。


「なあ、ヒバよ。どうやら向こうは偉いさんが出て来るみたいだし、ここは事情を話しておいたほうがあとあと面倒にならないんじゃないか?」

「なにを言ってんだ? 事情もなにもこいつらの上司が出張ってくる理由なんて俺がしるわきゃないだろうが?」

「あれ? そうなのか? 俺はまたてっきりこの間のボンクラ学生の一件かと……。ほらあの仕事、いくらの依頼だったからって、いろいろ後始末に困るようなことしでかしちゃっただろう?」

「ばっ!? おま、なにいって──」

筋?」


 ギョッする火箱の向かいで、〝青木〟の目が鋭く光る。


「先崎さん。そのとは、もしや内閣のことですか?」

「ああうん、そうそう。その官房──」

「余計なことを言うんじゃないよ、おまえは!」


 火箱は口のなかで「クソ」と毒づいて〝青木〟を見やる。


「おい、言っておくが勘違いしないでくれよ? ウチの事務所はぜんぜん、そういうのじゃないんだからな?」

「ええ、もちろん。わかってますとも」


 したり顔で頷いて、〝青木〟はわずかに目を細める。


「ただ、これだけは教えていただけませんか? 調の外部エージェントであるおたくらが、なんだって神永の行方を追っているんです?」

「ぜんっぜん、わかっていないじゃないか!?」


 調こと内閣情報調査室は、その名が示すとおり内閣の政策に関する情報収集と分析を担う日本の情報インテリジェンス機関であり、対外的にはCIROサイロ(Cabinet Intelligence and Research Office)とも呼ばれ、米国CIAや英国SIS(MI6)など諸外国のインテリジェンス組織と同等と見做されている。

 しかし総勢二百名に満たない内調は、諸外国の情報機関とは異なり独自のオペレーション遂行能力を有してはおらず、その情報収集活動は警察庁をはじめとする他省庁のインテリジェンス部門や民間の調査会社等に委託する形をとっている。

 そのため〝青木〟がファイアー&アサルト探偵事務所を〝内調の外部エージェント〟だと認識したのも無理からぬことと言えた。

 だが、当の火箱に言わせればそれは誤解も良いところであった。

 

「頼むからエージェントあつかいはやめてくれ! このあいだのあれは、知り合いのツテで受けた案件がたまたま内調絡みだったというだけのことで、ウチは基本的にインテリジェンスだのエスピオナージだのといった陰険な仕事はいっさい受けない、まっとうな探偵事務所なんだからさ!」

「お、おいヒバ。言うに事欠いて公安の中のひとを捕まえて、〝陰険な仕事〟呼ばわりはないんじゃないか?」

「かまいませんよ。自覚はあるので」


 防諜活動カウンター・インテリジェンスと言う諜報活動エスピオナージュの一翼を担う公安警察官である〝青木〟は涼しい顔で流すと、確認するかのような口調でいった。


「つまり、おたく様の事務所はあくまで一民間事業者で、官房の紐付き業者ではないと、そうおっしゃりたいと言うことですね?」

「ああ、そうだとも。俺たちはあくまで個人の裁量で動くんだ。せっかく脱サラしたってのに、紐付きで上から命令されてたまるものかよ」

「たしかに。まあ、おかげで慢性的な財政難だけどな」


 胸を張る火箱の隣で、先崎は苦笑しながらも同意して頷く。

 そんなふたりを交互に見やり、〝青木〟は気持ちを落ち着けるように深く息を吸うと「それはよかった」と静かにつぶやいていった。


「つまり、今回の神永の件について、われわれの〝協力者〟になっていただける目がある……と、そのような理解でよろしいですね?」

「……はっ?」

「おっと、そうくるか」


 火箱が眉根を寄せ、先崎が目を見開くなか、応接室のドアがノックされる。


「ちょうどウチの管理官が着いたみたいですね。詳しい説明はそちらのほうからいたしますので、もう少々お付き合いください」

「クソ! なーんか企んでやがると思ったら、案の定……っ!」

「まあまあ、そう言わずに。話だけでも聞いてやってもらえませんかね?」


 血相を変えて立ち上がった火箱をなだめながら〝青木〟は、ソファに腰掛けたままでありながらもわずかに身構える先崎にたいして、敵意がないことを示すように両手をあげていった。


「それでなくともウチの管理官は、、と楽しみにしていたんですから」

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