その2 人質司法 ダメ 絶対
「…………」
「足止め? 俺たちを? いったい何のために?」
先崎の問いに、火箱は沈黙する〝青木〟を見据えたまま「さてね」と返す。
「理由まではしらんよ。ただ、おまえさんに謝罪するってことで、こんな立派な応接室にまで通されたというのに、ここの署長も副署長も顔を見せやしないというのは、いったい全体どういうこった?」
「……失礼ですが、火箱さん、それはかんがえすぎというものですよ」
相変わらず探るような目を向ける火箱に、〝青木〟は静かな口調で答えていった。
「署長はたまたま所要で出掛けているというだけのことです。かといって副署長や地域課長などは、われわれが管内で作業をおこなっていたこともしらなかったわけでして……。
そのためおふたりに謝罪するべく、私の上司がこちらにむかっているのですが、いかんせん鎌倉は常に交通渋滞をおこしているありさまでしてね。お時間を取らせてしまって申し訳ないのですが、いましばらくこちらでお待ち頂けると助かります」
「なーんだ、そういうことか。おいヒバ、聞いただろう? ぜんぶおまえの勘違いだってさ」
「あほう。なにをあっさり言いくるめられているんだ、おまえは?」
ひとを疑うことを知らないというか、何もかんがえなしに真っ直ぐに進むことしかできないと言うべきか。火箱は嘆息すると、噛んで含めるようにいった。
「それこそ、もっとよくかんがえてみろ。たしかに逮捕されるきっかけをつくったのは、こいつら公安だったかもしれない。けどな、じっさいにおまえさんを逮捕したのは、公安の私服警察官ではなく、ふつうの警官だったんだろう?」
「ああ、そう言っただろう。いわゆる交番のおまわりさんだって」
「つまりだ。今回の誤認逮捕について謝ることができるのは、実際におまえを逮捕した警察官とその直属の上司、もしくは所属の長である署長やら県警の地域課長といった、警察組織の縦のラインにある者だけで、こいつら公安は謝罪する立場にないどころか、本来、その権利すらもないはずなんだ。」
それなのに──と、火箱は〝青木〟に目線を移す。
「担当でもないおたくが俺たちの応対をしているってだけでも不自然なのに、おまけに謝罪のために上司がこっちに向かっているところだあ? 馬鹿も休み休み言ってくれ。警察って役所は、いつからそんなフレキシブルな対応ができる組織になったんだ?」
「待ってくれ。その話が事実なのだとしたら、 俺たちなんだってこんなところで待たされているんだ?」
「だから言ったろうが? こいつらの目的は、俺たちの足止めなんだって」
ようやく何の話か理解したらしい先崎に、火箱は肩をすくめていった。
「なんだったら、おまえさんの誤認逮捕ってのも、ほんとうに〝誤認〟だったのかもあやしいもんだぞ? それこそ最初から痴漢に仕立て上げるべく、自分のところの捜査員をわざと車道に飛び出させるくらいのことは平気でやる連中だからな」
「えっ、そうなのか!?」
先崎は目を丸くすると、一転して険しい口調で〝青木〟に詰め寄る。
「おい、あんた! いくら任務だからって女の子にあんな危ないことさせちゃあ駄目だろう!?」
「勘弁してください。男女関係なく、そんな無茶苦茶な命令をしたら管理責任が問われますよ」
さすがにムッとした面持ちで〝青木〟はいった。
「だいたい本気であなたがたを拘留するつもりならば、もっとスマートな手段で逮捕するやり方はいくらでもありますし、そもそも足止めだけが目的なのだとしたら、冤罪だろうが何だろうが釈放などせずに拘留期限いっぱいまで留置しておいて、そのあいだに別件で適当な罪状を見繕って送検するにきまっているじゃないですか」
「……えーっと、それもちょっとどうかと思うんだが?」
「いまに始まったことじゃないだろうが」
日本の司法制度の瑕疵を常日頃から利用していると吐露するに等しい〝青木〟の物言いにドン引きする先崎に代わり、火箱は確認するかのようにいった。
「ようするに〝青木〟さん。おたくはあくまでウチの先崎が
「ええ、そのとおりです」
「その上で、足止めだけが目的なら、拘留したままにしておけばいいと言うわけだ」
言葉を切り、火箱は身を乗り出してトンとテーブルの上に人差し指を立てて続ける。
「つまり、わざわざサキを釈放してだ、上司とやらが来るまでのあいだ、こうして俺たちの相手をしているのは、足止め以外にもべつの目的がある……と、そのように解釈しても良いってことだよな」
「さて、どうでしょう? じつのところ、その辺りの事情については、こちらも教えていただきたいくらいでしてね」
そう言うと〝青木〟も身を乗り出し、まるで受けて立つかのように火箱の視線を真正面から見据えていった。
「火箱さん、そろそろお互いに奥歯に物が挟まったような物言いはよしましょうや」
「同感だ。なんであれ素直なのが人間いちばんだからな」
「おたくらいったい何者なんです?」
「名刺を渡しただろうが。 ただの善良な探偵事務所だ。なんだったら公安委員に問い合わせてもらったってかまわないぜ」
「それならもう照会しましたよ。もちろん、
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