その5 耳が潰れて圧が強い奴 だいたいこれ説(偏見)
火箱が声をかけるとパーカーに短パン、スニーカーといったサーファー風ファッションに身を包んだ茶髪の兄ちゃんはあわてて視線を逸らした。
その様子だけ見ても、尾行はもとより秘匿作業全般に不慣れであるのがまるわかりだった。
無理もない、と火箱は思った。サーファーらしからぬ
「あーあ、言うに事欠いて、そっちのほうかよ。めんどくせぇなあ……」
嘆息し、寄りかかった門柱から背中を離した火箱は、そのままずかずかと似非サーファーの間合いへと近づいていく。
「てめ──!?」
「あー、こらこら。こんな場所で捕り物をはじめようとすんな」
とっさに半身になって身構える似非サーファーを牽制し、火箱はあくまで友好的──すくなくとも当人的には──な笑みをもって言った。
「おたがい面倒事になるのはごめんだろう? とくに、おまえさんのような国家の仕事をしている地方公務員は、さ」
「なっ、なんの話だ? お、俺はただの通りすがりだ、へんな言いがかりはやめろ!」
「お? いいぞ。監視対象に追尾を見破られても絶対に認めないってのは、この手の活動の基本中の基本だもんな。わかるわかる。俺も学校で習ったもん、なつかしー」
うんうんと頷き、火箱は「でもよ──」と眉根を寄せていった。
「もうすこし上手く惚けられないもんかね? そんな大根芝居じゃあ仕事に支障をきたすだろうに?」
「よ、余計なお世話だ! ……あ」
ハッとして口をおさえる似非サーファーを見やり、火箱はにんまりと唇の端を持ち上げる。
「ほっほーん? 否定はしないか? なるほど、なるほどねー」
「……クソ。付き合ってらんないぜ」
「待て。そう邪険にすんなよ。たしか〝丁寧な市民対応〟てえのが、おたくらの基本方針だったはずだろう?」
立ち去ろうとする似非サーファーのまえに先回りして、火箱はいった。
「てなわけで、その市民である俺からの提案だ。どうだい? ここはおたがい怪我をしないうちに、見なかったことにして手打ちにするってえのは?」
「……できれば、それがいちばんなのでしょうけれどもねぇ」
そう答えたのは似非サーファーではなかった。
鎌倉別荘の横の路地から出てくるなり、ごく自然と会話に加わったのは火箱たちの後を尾行していた男のひとりだった。
火箱と同世代だろう。これといって特徴のない四十がらみの中年男で。ポロシャツにスラックス、落ち着いた色合いのジャケットという出で立ちは、見ようによっては観光客のようでもあるし、同時にビジネスカジュアルに身を包んだ勤め人のようでもある。
一見して没個性的だが、言い方を変えればどのようなシチュエーションにおかれても目立たぬ格好ともいえる。その意味において、記憶に残りそうもない凡庸な顔だちも、まさに秘匿を持って旨とする組織の要員としては理想的であった。
すくなくとも、潰れた耳に、顔は日焼けをしているのに首回りはいっさい焼けていないという、じつにわかりやすい似非サーファーと比べたら、それっぽさは皆無と言えよう。
そんな没個性な中年男はチラリと似非サーファーを一瞥すると、火箱にぺこりと頭を下げる。
「とりあえず、うちの若いのを弄るのはそろそろ勘弁してやってもらえませんかね? そんなのでも、ウチの期待のホープなんですわ」
「冗談だろう? 若手不足はどこの業界も深刻だって言うけど、おたくらのところも相当だな、こりゃ」
「なんだと、この野郎!?」
「おい、いい加減にしろ」
顔を真赤にする似非サーファーを、没個性な中年男が静かな口調で諭す。
「分が悪い。ここは我慢しておけ」
「なぜです!? どうせもうこっちの正体はばれてるんだ。だったら公妨でパクってやりゃあいいじゃないですか!?」
「あイタタタ……」
「あ、あのなぁ、おまえ……」
没個性な中年男は困ったように嘆息しつつふたりのあいだに割ってはいると、一転、けわしい顔と声で似非サーファーにささやいた。
「露助の目の前で警察の身分を晒す気か? てめえだけでなく班の全員が顔を押さえられることになるんだぞ!?」
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