その2 謎の尾行者を追い詰めろ
火箱が尾行に気づいたのは、神永のマンションを出た直後のことだった。若宮大路に出る手前の橋でなにげない動作で川面を見下ろした際、似合ってもいないサーファー風のファッションに身を包む青年があわてた様子で脇にはいる姿を視界の隅で認めたのだ。
いったん尾行の存在に気づいてしまえば、あとは簡単だった。言葉をかわしながら周辺視野を目一杯つかって注意深く伺えば、こちらが通り過ぎるのをまって動き出す者が次々と出てくる。いまのところ判明しているのは前述の四人のみだが、おそらく他にも人員は配置されていると警戒したほうがいいだろう。
そうかんがえた矢先、白いワンボックス・カーが横を通り過ぎて交差点を直進していった。
「……どうにも嫌な感じだな」
先崎がわずかに顔をしかめてつぶやく。
「さすがのおまえさんも気づいたか?」
「気付かないでか」
車種とナンバーから通り過ぎたワンボックス・カーが、神永のマンションの駐車場の一角に停められていた車であることは一目瞭然であった。
それだけならば
何者かはわからないが、どうやら神永のマンションは彼等の監視下にあったようだ。
「どうする? いったん捲いて、逆に尾行しかえしてやるか?」
「たしかに連中が何者か知りたいところだが……。ぶっちゃけ面倒だな、それは」
そう言いながら火箱は交差点を渡ったところで右に折れ、鎌倉駅のほうへと向かう。
「おいヒバ、ここ真っ直ぐだぞ? どこ行くつもりだ?」
「なに言ってやがる。得体の知れない連中を引き連れたまま、年寄りと子どもしかいない神永の実家まで行くつもりかよ?」
指摘されてはじめて気づいたのか、先崎は「なるほど」といった顔をして火箱のあとを追う。
「これからどうする? 八幡宮あたりで捲くか? それとも小町通りの人混みを利用するって手もあるぞ? ああ、せっかくだから人力車でも乗って逃げてやろうか?」
「やめろ、気色悪い。何が悲しゅうて野郎同士で鎌倉デートをせにゃあならんのだ?」
火箱が心底嫌そうに返せば、先崎は「なら、どうする気だ?」と訊ねる。
「教えろよ、なにかプランがあんだろう?」
「まあ、プランと言うか、ほとんど思いつきみたいなもんだけどな……」
火箱は答えながらスマートフォンの地図アプリをたちあげると、二、三度タップしてからひょいと示していった。
「あんま気乗りはしないが、ここならば人目もすくないし、何より
「ははあ。なるほど、そうきたか」
前屈みに覗き込んだスマートフォンから顔をあげ、先崎は悪戯を思いついた子どものようにニヤリと笑って見せる。
「いいアイデアだと思うぜ。ガッツリ敵勢地域みたいなもんだが、ロケーションとしては理想的だし、後ろの連中が何モンにせよ、あわてまくることだけは間違いないしな」
「いやまあ、それはそうなんだが……。サキよ、たのむから穏便に事を済ませてくれよ?」
「わかってるって。むしろおまえこそ、後ろの連中に逃げられたり、逆にとっ捕まったりするなよな? 俺とちがって徒手格闘とか苦手なんだからさ」
「待て。おまえ、穏便って意味わかってないだろう? 暴力はナシってことだからな? そこんとこ理解している?」
「任しておけって。本来、俺は暴力とはもっとも無縁な人間なんだ」
これほどまでに説得力に欠ける言葉もないだろう。火箱は低く呻くと半ば哀願するようにいった。
「頼むぜ、おい。場所柄、下手したら外交問題になりかねないんだからな?」
「心配すんなって。あちらから仕掛けてこない限り、こっちからは何もしやしないから」
「やり返すのもナシな!? ほんと、だいじょうぶ!?」
一抹の不安を覚えるものの、もはや時間はなかった。
「じゃあ頼むぞ。くれぐれも穏便に、穏便にな?」
「そっちこそ、下手打つなよ」
そう言うと、火箱と先崎は若宮大路を左に曲がって一気に駆け出したのだった。
※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます