その4 ヒバサキ探偵事務所の推理活動(対テロ関連)
先崎が言うには、神永のゲーム機には一本のゲームしかインストールされていなかった。それも誰でも知っているようなトリプルAタイトル作品ではなく、『トロイア作業』という見たことも聞いたこともない国産インディーズ・メーカーのオンラインRPGだった。
試しにプレイしてみると、案の定というべきか過疎もいいところで、サーバーの同時接続が自分だけという有り様であった。
いったい、何を好きこのんでこんなマイナーなゲームをやっているのか。不思議に思ってプレイ・ログを漁った先崎は、ここで奇妙なことに気がついた。この『トロイア作業』というゲームのサーバーに初ログインしたのが一年前。にもかかわらず、それからの総プレイ時間が、わずか六時間弱しかなかったのだ。
むろん最初は単にプレイする時間が作れなかったり、面白くないのでそのまま放置していただけかとも思った。だが、さらによく見れば神永は最低でも週一回、多いときは毎日のように決まった時間にログインして、かならず「ハムエッグ」と名乗るプレーヤーと、ボイスではなくテキストチャットで会話を交わしているのだ。
「この〝ゴドナガ〟ってえのが神永のキャラな」
そう説明して差し出されたスマートフォンには、先崎が物理的に撮影したテキストチャットのログ画面が映し出されていた。
ゴドナガ:大菩薩峠における作業承認を求む
ハムエッグ:許可できない
ハムエッグ:リスクが高すぎる
ゴドナガ:承服しかねる
ゴドナガ:千載一遇のチャンスだ
ハムエッグ:だめだ
ハムエッグ:君の身の安全を保障できない
ゴドナガ:日本の危機だぞ
ゴドナガ:俺ひとりの命なんて軽いもんだろう
ハムエッグ:落ち着け
ハムエッグ:命を軽んじる奴等に取り込まれるな
ゴドナガ:糞食らえだ
ゴドナガ:覚悟という点だけは奴等のほうが立派だ
ゴドナガ:これより独自の判断で動く
ゴドナガ:以上通信オワリ
ハムエッグ:待て早まるな
──ゴドナガはログアウトしました──
「どうよ? 内容はわけわからないくせに、なんとなく焦臭そうなフインキが伝わってくる会話だと思わない?」
「……これ、もっと古い会話のログは残されていなかったのか?」
「残念ながら」
先崎は肩をすくめていった。
「ただ気になるのは、この〝ハムエッグ〟ってやつと神永はパーティーどころかフレンドでもないってことだな」
「なのに、会っていきなり本題に入って会話が成立している……か?」
「しかもこのチャットが十日前。神永が失踪する直前だぜ?」
「まあ、ふつうにかんがえれば偶然なんかじゃねえよな、こりゃあ」
頭痛ぇわ、とぼやいて目頭を揉む火箱を見下ろし、先崎はスマートフォンをポケットに仕舞っていった。
「そういうや、パリのときだっけか? プレステでテロの実行犯が連絡とりあってたのが話題になったのは?」
先崎が言うパリの時とは、二〇一五年十一月十三日にフランスの首都パリで起きた同時多発テロ事件のことだ。当時、テロリストたちがゲーム機を使って連絡を取り合っていたのではないかという憶測が流れたことがあった。
しかしその後、現場から回収された携帯電話を解析したところ、実行犯は暗号化されていないSMSでやりとりしていたことが判明した。ゲーム機は純粋に個人の娯楽として使っていただけというのが当局の最終結論である。
だが、テロ組織がゲーム内で連絡を取り合うことは絶対にないのかといえば、もちろんそのようなことはない。ゲームだろうが表計算ソフトだろうが、ネットに繋がっている以上、やろうと思えば誰でもいくらでも通信ツールとして利用することは可能だからだ。
であるならば、次に調べるべきは「ハムエッグ」とのチャットで語られた「大菩薩峠における作業」とやらが、いったい何なのかについてだ。火箱はすぐさまPCでGoogleマップを開いた。
「サキ。手が空いてんなら、何か手がかりになりそうなものがないかこの部屋を調べてくれ」
「いいけど、何かってなんだ?」
「知るか。ともかく手がかりになりそうならなんでもいい」
そう言いながら検索履歴を呼び出せば、やはり直近に鎌倉から大菩薩峠までのルートが調べられた痕跡があった。どうやらルート検索は電車ではなく自動車を利用する設定でおこなわれたようだ。
しかし神永は失踪した際、普段の出社時と同じように徒歩で家を出たことはわかっている。実際、マンションの駐車場に家の車が残されているのは確認済みだ。
となれば、どこかで車を借りたのか、誰かの車に同乗して大菩薩峠まで向かったのか? もし同乗して向かったのだとしたら、その車の持ち主は誰か? ゲームで連絡をとっていた「ハムエッグ」が疑わしいが、しかしチャットの記録を読む限りでは「
どうしたものかと心のなかでひとりごち、さらなる手がかりを求めて今度はブラウザの検索履歴を確認しようとしたとき、部屋のなかをガサゴソと漁っていた先崎が「おおっとーっ!?」と驚きの声をあげた。
「どうした? なにかあったか?」
「いやあ……なにかあったと言えばあったけど、なかったと言えばないって言うか……」
どうにも歯切れの悪い言い方をしながら、先崎は押し入れを改造した衣装棚の奥からちいさめの鞄のような金属のケースを引っ張り出してきた。
「これさ、大菩薩峠でソロキャンプしてるって可能性は……ないかな、やっぱ?」
「……ほんと、そうであったらと思うよ、俺も」
蓋が開かれたケースを覗き込み、火箱は苦々しげにつぶやいた。
先崎が持ち出したケースには何も入ってはいなかった。ただ、ケースの硬質なスポンジには本来そこに収まるべき物の形を象った弧状に湾曲した窪みと、さらに一回りおおきい長方形の窪みがあるばかりだった。
「野郎……カランビットナイフなんて物騒なもん持ち出して、いったい何をしでかすつもりだ……!?」
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