その3 ヒバサキ探偵事務所によるファクトチェック(実例)

 神永のXのプロフィールとフェイスブックのプロフィールは後者が本名の〝神永由一朗〟となっている他は『年齢:38歳。職業:会社員。趣味:筋トレ、サーフィン、サバゲー。元自衛隊。』と当たり障りのないことが記されていた。

 ただ目を引くのは、文中のそこかしこに日章旗のアイコンと、なぜかロシア国旗のアイコンが無闇矢鱈とちりばめられていることと、Xのアカウントが〝脱☆従米マソ〟になっていることだった。

 これはもしやと思ってXのDMを開けば、まっさきに目に飛び込んできたのは『あなたが返信、いいね、またはリポストしたポストに、他のユーザーがコミュミティノートを追加しました』という通知の洪水だった。




『このポストは、ワクチンに関する科学的に根拠のない主張を含んでいます。ワクチンには、人間の遺伝子を操作するナノマシンや、脳を洗脳するマイクロチップなどの危険な物質は含まれていません。これらは、ワクチンに反対する人々が広めるデマや陰謀論です。参考リンク:[厚生労働省:新型コロナウイルスワクチンについて]──』


『このポストは、DS陰謀論と呼ばれる極端な思想に基づいた主張を含んでいます。DS陰謀論とは、匿名のインターネット掲示板に投稿されたメッセージを信奉する人々の集団です。参考リンク:[NHK:DS陰謀論とは何か?]──』


『このポストは、ロシアの政治や外交に対する偏った見方を含んでいます。ロシアは、世界の平和と安全を守るために正義の行動をとっているというのは、ロシア政府のプロパガンダです。参考リンク:[国連人権高等弁務官事務所:ロシアの人権状況に関する報告書]──』




 はたして画面をスクロールすればするだけ、このような内容のコミュニティノートが追加されたポストが延々と表示される。

 もちろん、Xのコミュニティノートは所謂ファクトチェックではない。X社のサイトにあるように「誤解を招く可能性があるポストに、Xユーザーが協力して役に立つノートを追加できるようにすることで、より正確な情報を入手できるようにすることを目指し」たものにすぎない。

 しかし、結果として「誤解を招く」ような内容のポストには、あきらかな嘘や間違いがおおく含まれていることには違いなく、これだけ連続して記述の内容に信憑性のおけないポストにばかりに「いいね」をしたり、または引用リポストしているということは、神永個人がなにかしら偏ったかんがえをする傾向にあるようにしか見えなかった。


 実際、フェイスブックのほうに目を移せば、神永が友達限定で投稿している内容は、それこそXのタイムラインに流れてくるポストの引き写しのようなものばかりであった。




『ワクチンが不要なのは、もはや自明の理と言えよう。たしかにコロナに感染して重篤な症状になる者がいることは否定しないが、それは遺伝子組換え食材を使ったジャンクフード、農薬にまみれた野菜や抗生物質とホルモン剤漬けの肉が身体の抵抗力を損なわせるからだ。』


『ウクライナ戦争を煽るDSの策謀を知りながら対露強硬姿勢を崩さぬ現政権は売国政府というべき存在!! 今こそ憂国の志をもつ現代の侍は立ち上がるべき!!』


『豊葦原の瑞穂の国たる日本を守るためなら、自分の命など鴻毛が如きもの。特攻に散った靖国の若き英霊たちの想いを、後の世に生きる吾らが無駄にしてはならない。奴らとの戦いに備えよ!!』




 火箱の目からは見事なまでのエコーチェンバー現象にしか見えなかった。

 ちなみにエクスクラメーションマークはフォントではなく赤い絵文字。怒り顔や泣き顔、青筋の絵文字を多用した文面に、やたらめったら日章旗とロシア国旗の絵文字が貼り付けられているというのも特筆すべき点である。


「ははぁ、なるほどー? 人ってのは見かけによらないもんだなー……」

「なーにのんきなことを言ってやがんだ、おまえは?」


 神永が瑠理に言い遺した「部隊に裏切り者がいる」という言葉──火箱はそれを、特戦群内部の個人的なトラブルか、せいぜい何かしらかの問題行為をおかしている隊員が特戦群内部にいると神永が示唆しているだけだと見ていた。

 その場合、もし神永の失踪に件の「裏切り者」がかかわっていたとしても、その動機はあくまで個人的なものであり、どんなに悪い結果に終わろうとも刑事事件の範囲で済むことになるだろうと予想していた。

 しかし、神永という男が極端な思想──有り体に言ってしまえば、いわゆる陰謀論に嵌まった歪んだ認知の持ち主であるのだとしたら、その予測は根本からかんがえなおさなくてはならない。


「ったくよー。あんな子どもと身重のカミさんがいるってえのに、こいつはいったいどこで何をやってやがるんだ?」

「それで思い出したわ。なんか妙なログがゲームの方に残ってたぜ」

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